「ちょっと待ってよ!、なんでそんな話になるのよ!」
「だってそうだろうが!」
 なんだろう?、教室の前にまで来て、ケイタとシンジは顔を見合わせた。
 とにかくと入ろうとする。
「もう良い!、馬鹿!」
「待てよマナ!」
 騒然としている、クラスの人間は何事なのかとマナとムサシの二人を見物していた、その人垣を分けてマナは外に出ようとする。
 シンジはそんな最悪のタイミングに飛び込んでしまった。
「あ」
「え?」
 ぶつかりかける。
「シンジ君!」
「は?」
「行こ!」
「ええ!?、ちょ、ちょっとぉ!」
 引きずられるように拐われる、それを見送ってしまい、ああっと絶望的な声を発したのはケイタであった。
「放課後、どうするのさぁ」
 人間、見捨てられると憐れな声を出すものらしい。
 ──ハンバーガーショップ。
「まったくもう!、ムサシの馬鹿!、なんにも理解ってないんだから」
 はぐはぐとハンバーガーを消費していく、そんなマナを唖然として見守りながら、シンジはなんで自分がここに居るんだろうと考えていた。
「あの……、さ」
「なに!?」
「……なんでも」
「良くない!、気持ち悪いのよね!、聞いといてさ!」
「はぁ……」
 だめだと悟る、こういう時は何を言っても突っかかられると。
 だからシンジもブスッくれることにした。
「僕に当たらないでよ」
 その様子に、さすがにマナは頭を冷やした。
「あ、ごめん……」
「謝るくらいなら、理由聞かせてよ」
「別に……」
「別にってねぇ、気持ち悪いんだけど?、授業サボらされてるのにさ」
 むぅっと唸った。
「シンジ君って優しくないねぇ」
「あのねぇ……」
「こういう時!、男の子ってのは黙って愚痴聞いてくれれば良いのよ!」
「そんな無茶苦茶な……」
「良いの!、大体ねぇ!、シンジ君が原因なんだからね!」
 はぁ?、っとシンジ。
「なんだよそれ……」
 結局話してしまうマナである。
「あのさ……、アスカから聞いちゃったんだけどね?」
 そう前置きをして語り出す。
 アスカの話とは当然、あの時アスカがこぼしてしまった愚痴であった、過去の確執と今の不満、不安、それらを想像と誇張を交えて披露していく。
 シンジは途中から頭痛を感じ出してしまった、明らかに調子に乗って創作を加えるマナのいい加減さに呆れたからだ。
「……で」
 これ以上は聞いていられないとシンジは遮った。
「それがどうして喧嘩の原因になるんだよ」
「だからねぇ、ムサシの奴がさぁ、シンジ君に味方するから」
「はぁ?」
「だってそうじゃない!、前にそんなことがあって苦手になってるって言うのは分かるけど、どんなことがあったってやっぱり『話したくない』なんて言われて辛くない奴なんて居ないのよ?、アスカだって」
「それはそうだけどさ……」
「でしょ?、でしょ!?、なのにムサシの奴ってば!」
 鼻息荒く。
「シンジ君が避けたりしたのも仕方ないなんていうんだもん!」
「……」
「あったまきちゃってさぁ!」
 頭が痛いのは僕だよと思った、それよりも問題は……
「まさかアスカって、そこら中でそんな話してるんじゃないだろうね?」
「さあ?、どうだろ」
「やめてよねぇ」
 頭を抱える。
「勘弁してよぉ」
 恐る恐る顔を覗きこもうとするマナである。
「シンジ君って、おしゃべりな子って嫌いだった?」
 やばいなぁと考えているのが読み取れた、これでアスカが嫌われるようなことがあったら自分の責になってしまうと。
「そういうことじゃないよ」
 シンジはようやく顔を上げた。
「そんなのもうどうだって良いんだよ、僕は気にしてないんだから」
「アスカは気にしてるみたいだけど?」
 シンジは言葉に詰まってしまった。
 実際、シンジにとってはどうでも良い話だった、きちんと話せなかったのは本当だ、それは裏の事情に関って来るので、説明できずにそのようになってしまっていた、口をつぐんでいるしか無かったのだ。
 言い換えれば、アスカとの確執が原因で素直な態度を取らなかったわけではないのだ、本当にそのことについてはもう隔意は持っていない。
 だがそのことを説明するのは難しい。
「とにかくさぁ、今はもうアスカとは上手くやってるんだから、掻き回されたくないんだよ」
「それは分かるけど……」
「だから変な噂を広めないでよね」
 過去のことだし、大体他人に騒がれたくも無い、だが少々遅かったようだった。
 憤慨したムサシが、盛大に不満をぶちまけてしまっていたからである。


「ふわぁああああああ、あ」
 大口を開けてあくびをするアスカである、ついでに口をむにゅむにゅと動かして目をこすった。
 学校、登校中である。
「まったくもう、こっちは学生だっつーのに、朝まで会議だなんて冗談じゃないってのよ」
「それで遅くなったんだ?」
「二時間しか寝らんなかったわ」
 ちなみに、結局シンジとアスカは別々の部屋に住んでいる。
「大変なんだ、今」
「あったりまえよぉ、誰かさんの代わりをなんとかしようってんだからね」
「ごめん……」
「アンタが謝ることじゃないでしょうが」
 顔をしかめる。
「アンタはどう思ってるのか知らないけどさ、アタシはほっとしてんのよね」
「え?」
「アンタって、エヴァに乗るようになってから段々変になってったし……、それに」
「それに?」
「今のアンタって……」
 アスカは辛そうに顔を背けた。
「アスカ……」
 なんとなく気持ちは感じられた、自分もまた同じことを思っていからだ。
 今の自分は、アスカに蔑まれるようになる前の自分に近いと。
「ん、それよりさ」
 シンジは気を利かせたつもりで話題を変えようとした。
「会議って、なに話してたの?」
「……S機関のね、実験をやるかどうかって話し」
「S機関って……」
「02と03にもあるらしいのよね、でも使えない状態になってる、それを起動させるかどうかでもめたのよ」
「そんなことで?、でもどうして……」
「だって使えない状態だってのには理由があるかもしれないじゃない、欠陥とか故障とか、ものがよく分かってないだけに、動かしてみないと分かんないのよ、そんな危ないことができるかってね、でも」
「僕が抜けたから……」
「そう、やるしかないってのもホントのとこだし」
 シンジにはこう口にすることしか出来なかった。
「大変なんだ」
「そうよ!」
 だからとアスカは笑顔を向けた。
「アンタもぼけぼけっとしてないで!、出来ることで良いから助けてよね!」
 分かったよと曖昧に応えてアスカと別れる。
 しかしシンジは教室に向かいながら、自然と足どりを重くしてしまった。
(ヤな雰囲気だなぁ……)
 途中で気がついた、視線がいやらしく絡み付いてくるのだ、理由など想像がつく、どうせ昨日のことだろうと。
 一方、アスカは理由が分からずに、好奇の視線に戸惑っていた。
「アスカ」
「え?」
「頑張ってねアスカ、あたし、応援してるから」
「へ?」
「大変だなぁ、惣流……、でも負けるなよ」
「はぁ?」
 ということがあり、ちょっと待ってよとその情報源をつきとめるに当たって、アスカは限界領域で激怒した。


「アンタはぁあああ!」
 マナの首を締め上げる。
 ごめんと謝るがもう遅い、シンジとの確執は学校中の人間の知る所となっていた。
 一方で中学から付き合いのある連中は、そういうことだったのかと納得していた。
 転校以前の学校では仲が悪かったと暴露されたことがある、ならばどうして態度を改めたのか?、その理由がようやく明らかになったからだ。
 そしてその中でもおそらくは一番付き合いが濃い彼はこう口にした。
「でもなんやなぁ……、シンジもケツの穴の小さいやっちゃで、さっさと許したったらよかったんやないか」
「でもちょっと安心したかな」
「なんでや?」
「うん……、だって碇君も普通の人なんだなぁって」
 洞木ヒカリの言葉に同意した者は多かった、今でこそ人付き合いはいいが、シンジは基本的に気に入らない人間に対しては冷たい奴だ。
 普通は仲間から外されることを寂しいと感じて迎合しようとする、それが人だが、シンジは長く独りでいる境遇に慣れてしまっていたからか、平然と輪から外れることを選ぶようなところがあった。
 その方が気が楽であると。
 シンジにとって自分達は付き合うほどの価値のある相手ではない、そうも読み取れる行動に憤慨したこともあった、だがその理由がそのような意固地さから来ていたのだとすれば、やせ我慢であったのだと理解できる。
 ──同情できた。
 かと言って、シンジがそんな扱いに堪えられたわけではなかった。
「お前さぁ、惣流さん、いい加減許してやったら?」
「可哀想じゃん」
 教室、自分の席で皆に取り巻かれ、シンジは俯きポケットに入れた拳を震わせていた。
 なんでこんなことを言われなければならないんだろうと鬱になる。
 許すも何も拘束するようなことをした覚えは無いし、命令したことも無い、なのに無理に付き合わせている様な、傍に居させて縛り付けているようなことを言われる。
 不本意だった。
 表情を消したくなって来るが、そうもいかない、以前に戻ることは出来ない、それこそアスカは自分のせいだと責任を感じてしまうだろうから。
 消す代わりに、仮面を被る。
 それしかなかった。
 その日、シンジは久しぶりに一人で帰ることにした、誰も彼もがそのように言うし、詳しく話を求めようと、土足で心に踏み入ろうとする、気持ちが悪く、気分も最悪に落ち込んでいた。
 しかし反面、落ち着いたものを感じてもいた、アスカを中心にした社会の中で弾かれ、蔑まれ、誰とも関り合いにならずに暮らしていく平穏さ。
 それは非常に、懐かしいものであったから。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。