「よっ」
「コダマさん……」
『いつも』のように、一人で下校しようとしたシンジであったが、待ち伏せしていたらしい彼女に捉まってしまった。
 校門から帰宅方向へ少し離れた路上、コダマは車をそこに停めていた。
「どう?、これ」
「買ったんですか?」
「支給品だってさ」
「支給?、こんなのを?」
「そ、ま、乗ってよ」
 身を乗り出して助手席のドアを開く。
 シンジは人目があるのも気にしないで乗り込んだ、ひそひそと噂を立てているのが感じられる。
「ちょっとは警戒した方が良いんじゃない?」
「警戒って?、ああ……」
 車の中から見える生徒達の様子にふてくされる。
「なに言っても無駄ですから」
「噂は聞いてるけどぉ?、新しい彼女が出来たんだって?」
「誤解ですよ」
「ふうん?、そうやって彼女連中に言い訳してるわけ?」
「そんなわけな……」
 いじゃないですか、とは続けられなかった。
 不意に顔を被せて来たコダマに唇を奪われたからだ。
「……」
「ふふぅん」
 外の連中が目を丸くしている。
 これでまた噂に尾鰭がつくだろう。
「ま、彼女としては、これくらい当然の権利よね」
 ギアを入れて、車を出す。
「怒った?」
「驚きました……」
「こういうのには慣れてないんだ?」
「慣れませんよ……」
「キスくらいしてるでしょう?」
「……僕、片手で数えられるくらいしかしたことありませんよ」
「マヂ?」
「はい」
「そりゃあ……」
 言葉を失うコダマに対して、シンジは冷めた目をしてやり返した。
「コダマさんはあるんですか?、そんなに」
「そりゃそれなりに経験はありますよぉ?。フケツだと思う?」
「さあ?」
「気にしてよね」
 腕を伸ばし、こつんと殴る。
「ほんと、執着心ってのが薄いんだから……」
「欲しいと思わないようにしてますから」
「欲しいものを?」
「……」
「欲しいわけだ、お姉さんが」
 だから葛城ミサトさん?、と問いかけた。
「いきなりなに言い出すんですか……」
「不思議だったのよねぇ、他人をウザッたがるシンジ君が、どうして同居なんてのを了解したのかって」
「仕方ないじゃないですか、選択肢なんてなかったんだし」
「監視されるって分かってたのに?」
「……」
「この車だって、シンジ君とのデートに使えって『命令』で貰ったんだけど?」
 コダマはくつくつと笑った。
「またそうやって黙る、ほんと、都合が悪くなるかもしれないって感じると黙るんだから」
「そんなことは……」
「あるね」
 まるで男の声だった。
「ある、下手な言葉は後々都合が悪くなる、だから言質げんちを取られないように黙り込む、本当のことを知らない癖にって馬鹿にして、殻の中に閉じこもって、外を眺める位置に逃げる、面白い?、それ」
「でも……」
 言い負かされて、口を開く。
「でも僕は……」
「たまには迷惑を懸けたって良いんじゃない?」
 手を伸ばし、頭をくしゃりといじってやる。
「今までさんざん助けたり、庇ったりしてあげて来たんでしょう?」
「でもそれだって、僕があんなことをやってたからで」
「アスカのこと?」
「……」
「レイの事じゃないんだ」
「笑わないでよ……」
「ごめんごめん」
 話を戻す。
「でもそれだって、傍に居たいってあの子の我が侭だったわけじゃない、迷惑が懸かってたのはシンジ君の方でしょう?、なら、今くらい迷惑懸けたって良いんじゃないの?」
「僕には……、無理ですよ、そういうのは」
「だったら普段、出来る事をあの子にしておいて上げれば?、そうすればたまには甘えさせてもらえるんじゃない?」
 もっとも、と。
「そんなことしなくたって、甘えさせてもらえるはずだと思うんだけどねぇ」


「ふぅ……」
 そんなアンニュイな溜め息を漏らしたのはマナであった。
 何やら誤解が広がったために、友達連中から距離を置かれてしまい、暇になってしまったのだ。
 ──やめてよ、やめてってばぁ!
 くすぐり倒した、初めて見るような顔でシンジが笑った。
 思わず楽しくなって、呼吸困難に陥るくらいに笑わせただけなのだが……
 いや、問題はその後のことにあったかもしれない。
 図書室でのことだった。
「シンジ君ってさ、節操ないよね」
「そっかな?」
「そうよ、誰にでもこんなことしてるんじゃないの?」
「誰にでもってわけじゃないよ」
 がたたんっと音を立てて現れたのはムサシであった。
「ムサシ?」
 呼び掛けると、ううっと涙を溜め込んで、逃げ出していった。
 残されたのはケイタである、彼はマナとシンジの双方を見て、問いかけた。
「それ、なに?」
 二人の手には、ケーブルで繋がったゲーム機が……
「恋愛じゃんぐぅ、知ってる?、恋愛シミュレーションゲームなんだけど」
「対戦出来るんだよね、これ」
 ところでと二人もまた問いかけた。
「ムサシ君、どうかしたの?」
 ケイタは呆れて答える事ができなかった。
 マナの甘えるような紛らわしい声も問題であったが、ムサシの態度と自分達の会話の内容、それに人気の無い部屋というシチュエーションがもたらす効果に、まったく気付いていなかったからだ。
「いや、シンジ君が好きとか嫌いとかっていうんじゃなくて」
 マナは憤慨する。
「あたしはね!、ムサシを振ったって、ムサシと付き合ってたって誤解されてたってことがショックなの!」
「そりゃないよぉ……」
「ケイタもよ!、ムサシとケイタのおかげで、あたしモテたことないんだから!」
 くうっ、っと泣く、くうっとだ。
 確かに三人組の形が確立されてしまっていたために、他の男子より声を掛けられたことがない。
 遠足でもなんでもだ、暗黙の内にこの三人で、一括りとして扱われて来た。
「でもマナもマナだよ、生徒会サボって碇君に付き合ってたんだもん、誤解されたって仕方ないよ」
「そっちの誤解は別に困らないんだけどぉ?」
「……」
「なにぃ?」
 ケイタは処置無しとかぶりを振った。
「ムサシが憐れだなぁって思っただけだよ」


「ただいまぁ」
 靴を脱ぎ、リビングへ。
「あれ?、アスカ、珍しいね」
 リビングにはアスカが膝を抱えて座っていた。
 不機嫌そうにテレビを見ている。
「悪かったわねぇ、帰って来ててさ」
「なんだよ、なに怒ってんの?」
「なに怒ってる?、本気で言ってんの?、それ?」
「うん」
 ちっとアスカは吐き捨てた。
 アスカにはそれ以上攻撃的になることは出来なかった、元々現状では横恋慕に近いのだ。
 シンジが、付き合ってる子とキスをしていた。
 そんな話を聞かされたからと言って、当たるのは筋違いになるのだから。
「時計を見ろって言ってんのよ!」
「時計?」
 八時である。
「お腹減ったの!、どうせ家に居るだけなんだから、ご飯くらい作ってよね!」
「分かったよ」
 そんなに疲れたのかなぁと、シンジは素直に従った。
 今ネルフでなにが行われようとしているのか、知っているだけに余計なストレスは掛けられない。
(そういうつもりで、ミサトさん、アスカを引っ越しさせたのかなぁ?)
 自分の役割はアスカのケアなのかもしれないと……
 シンジは妙な誤解を持った。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。