──全てが終わった。
「事の顛末については、了解した」
──擬似会議。
「3号機は破棄、フォースチルドレンについても同様だ」
「うむ、心神耗弱、その精神にこそ問題があった」
「君に責は無い、以上だ」
ゲンドウは無言でその言い草を受け入れる。
真っ暗な家。
誰も居ない寂しい空間。
リビングの中央にアスカ。
ストンと腰を落としてへたり込んでいた。
『あああああ!』
その瞬間、何が起こったのか、誰にも解らなかった。
「エ、エヴァ弐号機が……」
重力崩壊という名の核爆発に囚われ、誰しもが弐号機の蒸発を思い描いた、だが。
実際に半身を消し炭に変えて吹き飛んだのは、3号機だった。
ゆらりと弐号機が立ち上がる。
折れていた腕の骨がごきりと繋がる、伸びていた筋が修正される、回復していく。
その様はまるで、折られた時の逆回しだった。
『はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……』
アスカの荒い息遣いが、発令所の人間に生唾を飲ませる。
──死ぬのは、嫌!
アスカの叫びが、心が、感情が、力に転嫁し、発露を促した、結果、力は代謝活動の加速という結果で発現した、重傷のはずの体が、早送りで癒される。
さらにはエヴァそのものにまで、影響は反映された。
それだけではない。
弐号機の両手が、それぞれに球体を掴んでいた、光の玉だ、ほのかなものが散らされている。
計測されたデータを読んで、マヤは叫んだ。
「粒子ビーム!?」
両腕を突き出し、弐号機は手首を合わせて、二つの玉を一つに合わせた、直後、エネルギーの奔流が放射され、3号機を直撃した。
──グルゥオオオオオオオ!
黒いエヴァが悲鳴を上げてもがき苦しむ。
閃光の中、ふらつき、逃げようとするが、弐号機はその動きを追いかけ、光を浴びせ続けた。
──呟きが聞こえる。
『……ろしてやる、殺してやる、殺してやる』
淡々とくり返される言葉の意味に、マヤは、あるいは誰しもがゾッとした。
正気を失ってしまっているのが、明らかだったからだ。
『殺して!』
あるいはそのままであれば、本気で殺していたかもしれない。
トウジも、エヴァも。
唐突に、ぶつりと通信が途切れた、何が起こったのか、誰も理解できなかった。
「あ……、弐号機、活動限界、です」
──エネルギー切れ。
電源の値が、『LOW』から『EMPTY』へと、切り替わっていた。
がくりと膝を突き、弐号機が倒れる。
──ドォ!
そしてほぼ同時に、3号機まで倒れ伏した。
全身を焼かれて、煙を上げている。
「救助隊を編成」
呪縛を破ったのはゲンドウだった。
「冬月、後は任せる」
「ああ……」
コウゾウは特に不満を述べなかった。
ゲンドウがこれから行うだろう、気の重くなる連中への報告に比べれば、それは楽なものだったから。
「無事かぁ!」
「生きてるかぁ!」
衝撃によって歪んでしまい、扉は開かなくなっていた、レーザーカッターで焼き切られる。
壁にもたれて、座り込み、朦朧とする意識をかろうじて繋ぎ止めていたミサトは、遅いじゃないと悪態を吐いた。
その前にしゃがみ込んだのは加持だった。
「しぶとく生きてるじゃないか」
「っさいわねぇ……」
弱々しい声で返す、だが眼球は左右おかしな方向を向いていた、頭の中で出血しているのかもしれない。
加持は救護班の男に目配せをしてから、続けて話し掛けた。
「お前だけだぜ?、気を失ってないのは」
「リツコは……」
「死んじゃいないみたいだけどな」
「そう……、3号機は」
「弐号機に処理されたよ」
「ああ……、そうだっけ、戦ってたんだ、アスカが、トウジ君と……」
顔色が悪くなっていく。
再度の目配せ、かぶりを振られて、加持は諦めた。
「ゆっくり休んで来いよ」
頭を一撫でして離れる。
力の源は、過剰な反動。
心の色が、大きさになる、なら、純然たる殺意ほど、これに相応しいものはないだろう。
アスカはそれを証明して見せた、S2機関を解放していたエヴァンゲリオンの障壁、ATフィールドすらもものともしない破壊の力を振りまいて。
鈴原トウジは、かろうじて息をしていた、回収され、救護班の手によって搬送された。
治癒能力者が大勢集められ、その治療と看護に回された、彼らの動揺は激しかった。
いくら使徒に乗っ取られていたとは言え、味方が乗っていた機体に、アスカは……
一歩間違えば、殺してしまう所だった、ではなく、アスカは明確に、殺してしまおうとしたのだ、その差がしこりとなって、のしかかる。
碇ゲンドウの苦しみを理解した者は、コウゾウを除けば、赤木リツコ、彼女だけだった。
気を失いはしたが、怪我自体はミサトよりも軽かった、擦り傷と打ち身だけで済んでいる。
何があったのか、一部始終を記録で知って、彼女はふぅっと、胸の内にわがかまろうとするものを吐き出した。
(あの人も、大変ね……)
ついつい同情してしまう。
仕方の無い事なのかもしれない。
エントリールームへの爆薬の設置は、上からの絶対命令だった、それを使えばエヴァを止めることは出来たのだ。
これだけの被害も、出さずに済んだだろう、だがもし命令を発せずに、放置したとなれば、一体どうなっていただろうか?
どのようなペナルティが課せられたか、分からない。
(マヤで良かったわ……)
きっとゲンドウは、祈るような気持ちで命じただろうと考えた、伊吹マヤなら、きっと押せずに悩むだろうと。
罪悪感に囚われながらも、命令だからと仕方なく実行する、日向マコト辺りならそうしただろう。
押すな、頼む、どれだけ反対の願いを込めて、命令を発したか、想像も付かない。
総司令としての地位を、他人に明け渡すわけにはいかない、そのためには必要な措置だった。
代わりに、減棒を受けることになったマヤには可哀想だが、それは暫く、仕事を減らしてやる事で、勘弁してもらおうと思うリツコであった。
……別にリツコが労ってやる必要は無いのだが。
経過に問題は多々あったが、それでも結果は最良だった、誰も死なず、誰も殺さずに済んだのだから。
(綱渡りね)
しかし、それでは収まりのつかない問題もある。
『アスカは、よくやったわ』
そんなことない。
『鈴原、助けてくれたもの』
違う、あたしは殺そうとしたの。
『レイが言ってた、アスカ、殺されててもおかしくなかったって』
そうよ、だから先に殺してやろうって。
『みんなが無事で、良かった』
ぽつりと呟く。
「誰がどう……、無事なのよ」
心の崩壊が起こり始める。
──果たして呑気に帰宅して、ただいまと口にしたシンジに罪はあったか?
「あ、アスカ、大丈夫だったんだ、事故があったって放送が流れてたから」
爆発する。
「うっさいわねぇ!、放っといてよ!」
「あ、アスカ?」
「一人にして!」
「あ、うん……」
何があったんだろう?、シンジは訝しく思いながらも、リビングを離れた。
何故、アスカが部屋ではなくて、リビングに居たかも考えないで……
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。