今回の弐号機と3号機の戦いにおいて、ひとつ確認された事があった。
 ──恐ろしいまでの攻撃力。
 エヴァンゲリオンを開発したと言う『技術陣』は、果たしてこれほどまでの破壊力を期待して、生産に着手したのであろうか?
 強さを見越していたのであろうか?
 その問いに対する答えは、絶対的にNOであった。
 それは使徒の攻撃力を見れば明らかな事である、かつての世界で、エヴァは使徒に対して劣勢であったと、今に伝えられているからだ。
 では現在における、圧倒的なまでの『優位性』はなんなのだろう?
 それを考えた時に、赤木リツコはぞっとした。
 ──『人』、人類、それ以外に差を見つけられなかったからだ。
 実に考えたくもない結論だった。
 惣流アスカに、粒子砲などというものを構成することはできないはずだった、粒子砲というものが、どのような理論にもとづいた兵器であるのか、彼女は具体的な知識など、一切持ち合わせてはいないのだから。
 使用できる、はずなどない。
 なのに激情から理性を失い、彼女はそれを使って見せた、そこから分かるものは、人の想像力の可能性、あるいは限界の無さである。
 力を欲した、そのイマジネーションに沿って生まれたのが、あの結果だった、そこに科学知識など介在しなかった。
 エヴァが、答えたのだ、アスカの狂気に。
 理屈も、理論も、知識も、何もいらない。
 ただひとつ、想いの強さだけが、エヴァの限界を決定付ける。
 ──リツコの手元には、一冊のファイルが置かれていた。
 著者は『碇ユイ』、レポートの研究対象は『Rei−3』となっている。
「……あの子も昔は、感情の起伏が平坦で、お人形のようだったと言うものね」
 ファイルの下にもう一冊、こちらは『Reiー2』だ。
「強い想いが物理現象ですらも操作する、これが知恵の実の効力だというの?」


「悪いわねぇ、頼んじゃって」
「良いですよ、別に」
 ──ネルフ本部、医療棟。
 個室のベッドに上半身を起こしているのはミサトだった、額に包帯、右腕を吊っている、足首にも包帯、これはただ湿布を張っているだけなのだが。
 タオルなどの生活用品をバッグに詰め込んで、シンジはお見舞いに訪れていた。
「本当はアスカに頼みたかったんだけどねぇ」
 とほほぉと愚痴る、シンジも曖昧に笑った、それはバッグの中に詰め込んである『下着』がかなり関係している。
 さすがに頭の怪我が響いているのか、ミサトは『興奮しちゃった?』、などとはからかわなかった、元気なく、ただごめんねぇとくり返す。
「アスカ、どうしてる?」
「部屋に篭ってます、学校にも行ってません」
「そう……」
「あの……、何があったんですか?」
「え?」
「……緘口令かんこうれいが敷かれてるとかで、誰も教えてくれないんです」
 ミサトは答えて良いものだか迷った、話していいかどうかについては考えるまでもないことだ、話すべきだと思うのだが、いかんせん、ここに押し込められてしまっていて、詳しい事情が得られていない。
 今は『後方送り』と言った立場にあり、詳しい情報が手に入らないのだ、どういう理由で緘口令が敷かれているのか、今ひとつ掴めない。
 だが結局、ミサトは明かすことにした。
「アスカが……、3号機を処理したのよ」
「3号機?、ってトウジを?」
 頷いたミサトに詰め寄ってしまう。
「でもどうして!」
「……3号機はね、使徒に汚染されていたの、S機関の解放によって活動を再開した使徒が、3号機を操って、施設の破壊を、ね」
「それでアスカが……」
「アスカはよくやったと思うわ、かなり迷って、痛い目にも会ったみたいだし、結局はやるしかなかったみたいなんだけど」
 引っ掛かりを覚える。
「トウジは……」
「無事よ、生きてるわ」
「良かった……」
「そうね」
「ミサトさん?」
「生きてるわ……、鈴原君も、アスカも、わたし達も」
 でもねとシンジの目を覗き込む。
「それはベターな結果であったというだけなのよ」
「それじゃ、いけないんですか?」
「後からならなんだって言えるわ、ああしておけば、こうしておけばってね、ベターな結果に繋がったけど、綱渡りだった、もっと他にやりようはあった、例えばってね」
「そんな!」
「ベストなんてあり得ない、あたしはそう思ってる、状況によっては、どうするべきか悩むものだし、人間、即断即決で生きるなんてできないものね、だから人は、その時その時に、選んでいくしかないのよ、覚悟を決めてね」
「覚悟?」
「そうよ」
 シンジから天井へと視線を移した。
「何を言われることになっても、どう思われることになったとしても、あたしはあたしなりに、できることをやったって、自己満足をくり返すしかないのよ」
「ミサトさん……」
 シンジは言葉を失ってしまった、それはどこか悲壮さを感じたからだ。
「でも……、アスカにはね、そんな覚悟がないから」
「え……」
「アスカにあるのは、あなたのことだけよ、そうでしょう?」
「……」
「アスカを見ていてあげて、あの子はきっと、潰れそうになってるはずだから」
「……はい」


 シンジが頷くことにしたのは、ミサトの気持ちを汲み取ったからだ、同時に、その考えにも気付いたからだ。
(アスカのことだから、きっと……)
 もっとやれたのかもしれない、もっとちゃんとやれたはずだ、そうやって自分を追い詰めているに違いないと、気持ちを察する。
『あたしはちゃんとやってるわよ、自分の出来る範囲でね、……生憎と出来ない事を無理して傷口広げるつもりは無いの、次までにはまたスキルアップするけどね』
 過去にそう口にしているが、アスカは『シンジの離脱』を、甘く見ていたと反省していた。
 次までに自身を高めておけば良いなどという余裕は、誰かがフォローしてくれるからこそ持てるものなのだ、その観念が欠けていた結果、このような事態を引き起こしてしまった。
 ──何もできなかった。
 揚げ句にブチ切れて、殺そうとまで……、トウジが死ななかったのは、ただの偶然にすぎない、むしろ、辛いのは……
(アタシ、なんで生きてんのよって、思ってる)
 あの時、確かに感じたのだ、レイの心の言葉を押しのける、禍々しい感情を。
 ──お前も、わしを崇めんかい!
「くっ!」
 ベッドの上、アスカは枕を持ち上げると、ばんっと壁に叩きつけた、落ちた拍子に棚の上のものが巻き込まれ、アクセサリーの類が床の上に散らばった。
 あんな奴、死んじゃえば良かったのに!、確かにそう憤っている自分が居るのだ、抑え切れない。
 許せなかった、あんな人間が、許せなかった、こんな『自分』が。
 ──シンジに責めて貰いたかった。
 戦いが終わって、トウジが搬送されていく、肩にタオルを掛けて、それを見送りながら、アスカは気が付いてしまったのだ。
 ──あれは自分だと。
 肥大化した自己顕示欲と、身勝手な渇望、かつてシンジに強いて来たものを求められた時、我がぶつかった。
『なんでアタシが!』
 だから平伏すことができなかった。
 だからトウジに屈伏することはできなかった。
 ──同じことを、シンジも思って来ていたはずなのだ。
 ずっと小さな頃から、ずっと。
 アスカは唇を噛み締めた、だから責めて欲しかった、アスカの生き方は間違っているよと、許すのでも、受け入れるのでもなく……
 ──傷つけて欲しかった。
 だがもう遅い、今は冷静さを取り戻し、殻を作ってしまっている、今の自分では感情を素直に吐き出せない。
 きっと屈折したものを持って当たり散らしてしまう、そう考えると、怖くて、部屋からは一歩も出られなかった。
 壁に背を預け、気怠く横にある戸へと目をやる。
(アタシ、何やってんだろう……)
 シンジの代わりをしてやって、感謝されてやろうなどという思い込み自体が、既に思い上がりだったのだ。
 頼まれたわけでもない以上、感謝されなくても仕方が無い、なら、自分はなんのためにこんなにも辛い想いをしなければならなかったのか?
「みんなシンジが悪いんだ……」
 つうっと、頬を涙がつたった。
 ──だが、そこまでのことは分からない。
 シンジはもう一人の患者の元を訪れていた。
「思ったより元気そうだね」
「ぷんだ」
 ぷくっと頬を膨らませるレイである。
「ど〜せ、アスカじゃなくて良かったぁ、なぁんて思ってるんでしょ、いいもんいいもん」
「いじけないでよ」
 否定しない、まあ、からかっているだけなのだが。
「大変だったみたいだね、ミサトさんから聞いたよ」
「うん……、アスカが頑張ってくれたから」
 この程度ですんだと、レイは首のギブスに触った。
 ベッドの上、首と右腕、それに腰を固められている、骨に異常は無いのだが、筋を傷めつけられてしまっていた。
「ムレて痒いの、湿布臭いし、汗臭いし……、女の子の臭いじゃないよね、これ」
 曖昧に笑うシンジである。
「レイでも気にするんだね、そんなの」
「むぅ〜、どういう意味?」
「そのままだよ、あんまり女の子って感じ、しないから」
 そっぽを向いて拗ねられないので、レイは唇を尖らせるだけにしておいた。
「どうせあたしは、ミサトさんとは違いますぅ」
「はい?」
「ふんだ!、ミサトさんのパンツ握っちゃって、赤くなって」
「み、視てたの!?」
「べぇ〜、っだ!」
 仕方ないだろう?、とシンジは慌てた。
「ミサトさんが持って来てくれって言うんだから」
「うん……」
 レイは覗き見していた本当の理由を明かした。
「ねぇシンジクン」
「なに?」
「アスカ、どうかな……」
「え?」
「落ち込んでる?」
 シンジはかぶりを振った。
「分かんないよ、アスカは何も話してくれないから」
「……話すようなアスカでもないもんね」
「うん……」
 下を向くシンジに、レイは少しだけ胸を傷めた。
「やっぱり嫌?、アスカが落ち込んでるのって」
「まあね」
「じゃあどうして慰めてあげないの?」
「慰めるって……」
 シンジはレイの考えが読めてしまい、狼狽えた。
「何考えてんだよ」
「でも……、アスカ、きっと期待してるよ?」
「そんなこと言ったってさ……」
 レイは無理をしてシンジの顔を覗き込んだ。
「やっぱり、コダマさんが居るから?」
「え?」
 きょとんとして、次にああと意味に気付いた。
「コダマさんは関係ないよ」
「そう?」
「うん……、たぶん、ああ、そういうことになっちゃったのって、それで終わりにされちゃうと思う、そんな感じの人だから……」
 コダマという人の性格を考えるとそういうものかも知れないと思うが、レイは微妙に引っ掛かりと覚えた。
 それはコダマが見せた、あの妙な雰囲気のことが、気になっていたからだ。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。