シンジが感じているものを理解するのは、そう難しいことではないだろう。
「苦手なんだよな、慰めるのって……」
 今まで無視される側だった、無視されるよりも先に、関係を疎遠にして来た人間でもある。
 そういった意味で、シンジは自分が、下手な触れ合いしかできないことを自覚していた。
 ──臆病なのだ。
 失敗してしまいそうで。
 言ってしまえばそれだけのことで、だから誰かが手助けしてやればすむことなのだが……
 シンジは誰にも話さなかった、恥ずかしかったからだ、知られてしまうのが、情けなくて。
 かと言って、下手に慰めの言葉をかければ、逆効果になりかねない、この点に置いては、シンジは自分の経験から判断して、無駄に慎重になっていた。
 落ち込んでいる時は、どんな言葉にもささくれた反応をしてしまうものだと、考えて。
 そんな風に、悪循環へと陥りながら、シンジは葛城邱へと帰宅した。
 ──同じ頃。
「リッちゃんも、面白い物を書くよなぁ……」
 ネルフ本部内の一室において、勝手に他人のファイルを覗いている人物が居た、加持リョウジである。
 彼が開いているファイル、そこに書かれているのは、使徒と人類の類似性についてのレポートであった、大枠はATフィールドに言及されている。
 ATフィールド、それは単純な次空間の断層や障壁などではなく、彼女はある種のエネルギーの放射現象だと結論付けていた。
 大破した3号機は、初号機と同じく化石化してしまい、もはや手の付けられぬ状況へと変わり果ててしまっていた。
 これはサンプルとして確保していた使徒の死骸もそうだった、この遺跡で朽ち果てている者達と同じように、『固化』してしまうのだ。
 S機関、リツコはこれを生命の実と呼称した、生体が生き続ける限り体内において自然生成される電流、エネルギー。
 つまり、活動の終焉と共に、彼らは『終わって』しまったのだ、だからこそ枯渇して、石化する。
 死と共に、滅するのだ。
 これに対して、人類、いや、シンジやアスカの力が何なのかを考え、リツコはそれを『知恵の実』からくるものとした。
 生物は死したとしても、決して滅びることは無い、他の生物の糧となり、血肉となって在り続けて行く、少なくとも、魂の死滅は、あり得ない。
 生き物は無駄に他者を殺さない、生き物は命の尊厳を尊重し、けいけんな気持ちを込めて、殺戮を行う。
 殺戮は、糧への昇華儀式であるのだ。
 死に逝く者は、生きている者に何かを残し、あるいは託す。
 生者はそれを胸に受け止めて、生きていく。
 こうして、魂は受け継がれていくのだ、完全な消滅は、あり得ない。
『生き続ける限り』、絶対無敵であり続ける使徒、そして『死してなお』、消滅することのない脆弱な人類。
 死が終わりである物体と、死を糧として伸びる存在、力は圧倒的に前者が高く、後者が低い。
 果たしてどちらが上と言えるのか?
「はてさて……」
 加持はわざとらしい言葉を吐いた。
「しぶとさで人の勝ち、ってのはゴキブリ並みってことだよな」
 低く笑う。
 あまりのくだらなさにだ。
 圧倒的な存在として物理的破壊力を有する現実的な『生命の実』と……
 不確かな揺らぎによって創造的な非現実を現出させる『知恵の実』、その両方を兼ね備えた『エヴァンゲリオン』、いや、と加持は考えを改めた。
「そう……、だな、人を取り込まない限り、そうは言えないか」
 今の『接続方法』は、あくまで擬似的な物、フェイクだ。
 だがそれでもアスカが起こしたように、奇跡的な発現もあり得る。
「報告は、もうちょい待つか」
 誰に対する報告なのか?
 加持は口にはしなかった。


「ただいま……」
 シンジはキッチンのテーブルを見て溜め息を吐いた、ラップをかけた皿が、出かけた時と変わらぬ姿をさらしていたからだ。
 おにぎりの数は四つ、減っていない、念のためと冷蔵庫を開けて、やっぱりかと顔を歪める。
 ミネラルウォーターが一本、減っていた。
(水だけ飲んで……)
 お腹は空かないが、ストレスのために喉が渇くのだろう。
 シンジは一応、アスカに声をかけることにした。
「アスカ、居るの?」
 ノックする、返事は無い。
「……入るよ?」
 恐る恐る、それから思い切って戸を開ける、アスカは……、居た。
 引っ越して来た時、あれほどはしゃいで片付けていたと言うのに、見る影もなく荒れ果てていた、それらの向こう、ベランダに出て、黄昏ていた。
 気配に気付いたのか、振り返り、彼女は眉間に皺を寄せて、口にした。
「なによ……」
「……大丈夫?」
 はっ!、っと鼻で笑って、また外へと向いた。
「大丈夫ですよ!、おかげさまでね……、アタシは大丈夫よ、アタシは」
「アスカ……」
「……」
 ──アタシは無事と聞こえた。
 なら、誰が無事ではなかったのか?、それは当然、アスカ以外の全員だ。
「ミサトさん……、思ったより怪我、軽いんだってさ、だから、すぐに帰って来れるって」
「そ……」
「レイも、見た目ほど酷くないって言ってた、でも一人暮らしで不便だから、入院しておくことにしたんだって……、アスカ?」
「なによ」
「アスカが……、悪いわけじゃないよ」
「分かってる!、そんなことは!」
 外に向かって、強く大きく放たれる。
「アタシが悪いんじゃない!、アタシはちゃんとやったもん!、レイを守って、みんなを助けて、鈴原だって!」
 順番が変な気がして、シンジは訊ねた。
「トウジ?」
「そうよ!、なんで!?、分かんない!、アンタの代わりにみんなを助けて、エヴァだって、自爆させるなんて言うから、そんなことさせないように、なんとかって!」
「自爆って……」
「司令が言ったのよ!、コクピット爆破して止めろって!」
 アスカははっとして振り返り、シンジの顔を始めてはっきりと捉えた。
 蒼白になっていた。
「自爆って……、それ、自爆装置のこと?、エントリールームに仕掛けられてる」
「シンジ……」
「あれを……、使おうとしたの?、父さんが?」
 自分の迂闊さを呪う、『だからこそ』の緘口令だったのに、と。
 ネルフの総司令がそのようなことを命令した、これが外に漏れてはまずいとの判断であったというのに。
 最も知られてはならない相手に、漏らしてしまった。
「シンジ!」
 飛び出していってしまった。
「シンジ待って!」
 考えれば、ベランダから飛び下りれば良かったのかもしれない、力を使えば、マンションの入り口に先回りできたのだから。
 だが、やはり、後天的な能力は、咄嗟の判断には組み込まれなかった、自然な選択として、アスカは反射的に後を追い……、散らかしていた、何かを踏ん付けて、足を挫いてしまった。
「イタッ!」
 何かが刺さった、壁に手を付いて堪える。
「シンジ!」
 叫んだが、届かなかっただろう。
(アタシは!)
 シンジの代わりとか、頼まれてもいないことを、勝手にしておいて。
 感謝されないからと、感謝させようとして、自爆して。
 この家に来たのも、シンジのためだったはずなのに。
 ──どこかで、自分本意に落ち着いて。
「ちくしょう……」
 アスカは俯き、口にした。


「あ〜、つらいぃ〜、つらいのよぉ〜」
 うだうだとくだをまいているのはミサトであった、何故だかリツコの研究室に居た。
「抜け出すために、シンジ君に服を運ばせたのね?、呆れた」
 コーヒーの香りを楽しみつつ、からかう。
「大人しくしてないと、治るものも治らないわよ?」
「だってぇ」
 唇を尖らせる。
「嫌いなのよ……、病室って」
 何かを感じたのか、リツコは表情を改めた。
「まだだめなの?」
「そうね、多分一生……」
 それはミサトの過去の因縁に関係している事だった。
 南極の『災害』の後、自衛のために心を閉ざした、でなければ数週間に渡る『漂流』には堪えられなかっただろう。
 プラグと呼ばれる筒の中で、一人、過ごした。
 真っ暗な中、ビスケットを齧り、波に揺られて、本当は沈んでいるんじゃないかと脅えて、震えた。
 救われた時には、堪え切れずに、自閉の状態に陥っていた。
 それから回収されて、治療と称して真っ白な部屋に閉じ込められた、黒と白、その二つはミサトにとって、もっとも苦手なものとなっていた。
「トラウマ、PTSDなんて言い方もあったわね」
「言い方なんて、どうでもいいわ」
 自分で自分の両肩を抱いた。
「嫌なのよ、寒くて……、凍えそうだから」
「そう……」
「それで」
 ミサトは自分から言い出した、話題を変えようと。
 あまり暗くなるのは嫌なのだろう。
「どういう使徒だったか、わかったの?」
「ええ」
 リツコはあえて付き合うことにした。
「これを見て」
 写真を渡す、それは回収された3号機の、調査解体中に撮られたものだった。
「なにこれ?」
 焦げ付いた兜を撤去したシーンだった、クレーンに吊られて兜が浮いている、その下、素体の頭には、黒いスーツの特殊素材が溶けて癒着していた、が、問題はそれでも無い。
 目、耳、鼻、口からもだ。
 白いものが、どろりと流れ出していた。
「げぇ……、エクトプラズムみたい」
「その方が夢があっていいわね」
 ずずっとリツコはコーヒーをすすった。
「それが使徒よ」
「これが?」
「ええ、粘菌のような使徒、それが3号機の全体を犯していたのよ」
「寄生していたってこと?」
「ウイルスと同じね、S機関の活動によって発生した莫大なエネルギーに触発されて、活動を再開したのよ、それまでは栄養不足から休眠していたんだわ」
「良く倒せたもんねぇ」
「電子レンジ効果ね」
「なにそれ?」
「粒子砲による電磁波攻撃、これでチン!、というわけよ」
「マイクロ波が水分子を震動させるんで、熱が発生するんだっけ?、違った?」
「……あなたに説明するだけ、無駄でしょう?」
「なによー」
 ぷーっとむくれる。
 ちなみに当たっているのだが、教えてやらないリツコである。
「体内の血液が沸騰して殺菌、っと言ったところね」
「……アスカ」
「ええ」
 神妙な面持ちで頷いた。
「あの子自身が、本気で望んだのかどうかはともかくとして……、間違いなく殺そうとしたのよ、パイロットごと」
「でも鈴原君は助かった」
「引き換えに、エヴァを失ったみたいよ」
「そう……」
「シンジ君と同じね」
「え?」
「力を引き換えに、命を得る……、なんだと思う?、この『システム』は」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。