──バン!
 両手を固いテーブルに叩きつける。
「どういうことなんだよ、父さん!」
 開口一番、けんか腰にシンジは問いかけた。
「3号機を……、トウジを殺そうとしたって、どういうことなんだよっ!」
 だが危機迫る剣幕でさえ、彼を揺さぶるには力の足りないものだった。
 小揺るぎもせずに、ゲンドウはシンジへと言い放った。
「必要だから指示を下したまでだ」
「必要?、トウジを殺すことが!?」
「そうだ」
 机の上で拳を作り、震わせる。
「どうして……」
「……俺にできることをしたまでだ」
「父さん!」
 憎しみ、いや、悲しみをもって見上げる、だがそこに居るのは見知らぬ男だった。
「俺には俺に架せられた義務がある、子供の駄々に付き合っている暇は無い」
「ダダ?」
「そうだ」
「殺そうとしておいて!」
 ふんと鼻であしらった。
「遊んでいた人間に、口にされる覚えは無い」
 顔を強ばらせる。
 なん、だよ、あるいは、とう、さん、そう呟こうとして、どちらもできなかった。
「幸い、死者は出なかった」
 ゲンドウの計算の中に、鈴原トウジのことはあるのだろうか?
「だがあの状況が長引けば、『彼』は多くの人間を死へと追いやることになっていただろう、彼が人殺しとなるのを止めるには他に方法が無かった」
 それともと訊ねる。
「彼に人を殺したと言う現実を背負わせてやった方が好かったとでも言うつもりか?」
 周りを救うためにではなく……
 鈴原トウジの将来のためにこそ、殺してやるべきだったと言う。
「そんなの……、酷いよ」
「だがそれが現実だ」
 もし、あのまま破壊が長引き、そしてエヴァが止まったとしても、鈴原トウジは殺人犯としての誹りを受けることは、まぬがれなかっただろう。
 例えそれが使徒による汚染であったとしてもだ。
「わたしが選択し、『セカンド』が反抗している間、お前は何をしていた?」
 顔を上げることができない。
「遊んでいただけだ、違うか?」
 反論できない。
「出て行け」
「父さっ……」
「『戦わぬ者』に用は無い」
 シンジは言い返すことができずに、すごすごと引き下がった。
 俯き、悔しげに唇を噛み締めたまま、退出していった。
 ──そして。
 入れ代わりに、冬月コウゾウが姿を現した、隠れて聞いていたのだろう、顔には批難の色が窺える。
「あの言い方はなかろう」
「ふん……、遊びでやっているわけではない」
「せめて言い方を選んでやれ」
「必要な言葉は、既に伝えてある」
 始めて、ふうと緊張を抜いた。
「忘れているのは、逃げている証拠だ、今の自分には都合が悪いとな」
「そうか……」
「つまらんし、くだらん」
 コウゾウは、そんなゲンドウにこそ、溜め息を吐いた。
(よほど失望しているのだな)
 だからこそ、口数が多くなっているのだろうと……
 妙な親馬鹿ぶりに、呆れ返った。


「ちくしょう!」
 ガンッと通路に拳の音が響き渡る。
 しかし総司令の執務室へと通じる道だ、人の気配など見当たらない。
 もう一発、憤りをぶつける、確かに今の自分は無力だった、許可を与えられなければトウジにも会えない、いや、それ以上に……
(なにもできないからって!)
 関係のないことと、見向きもしなかったことへの言い訳にはならないのだと、自分を責める。
 言い返せなかった、友達を傷つけようとした父に対して、何も言うことができなかった、むしろ後ろめたくて、口にする権利など無いのだと、思い知らされただけだった。
「ちくしょう……」
 肩を落として、その場から歩き出す。
 向かった先は病棟であったのだが……
 ──鈴原トウジは、耳障りな音に薄目を開いた。
(なんやぁ、シンジやないかぁ……)
 うすぼんやりとした景色に、涙を堪えている姿が見えた。
(悪かったなぁ……、わしぃ、ほんま、成長せぇへんわ……)
 混濁して、意識が遠のく。
 そして同じ耳障りな音に、今度はより明瞭に意識を浮上させた。
 音は電子音だった、ピッピッと、規則正しく刻まれている、心音だ。
「鈴原?」
 隣を見る。
「なんやぁ、委員長やないかぁ」
「うん……」
「お見舞いに来てくれたんかぁ?」
「あっ、あたしは!」
 赤くなって、そっぽを向く。
「あたしは、委員長として、代表だから」
「そうかぁ……」
 まだ意識がはっきりとしていないのだろう。
 そんな言い訳にもならない言葉を鵜呑みにしてしまう。
「どうしたの?」
 トウジはうつろな目をさ迷わせていた。
「さっきなぁ……、シンジがおったような気がしたんやけどなぁ」
「うん」
 神妙な面持ちで、ヒカリは頷いた。
「碇君、泣きそうな顔してたよ」
「なんでや……」
「ごめんって、謝ってた」
「なんでや」
「わかんない、けど」
 目を背ける。
「あれじゃあ、まるで……」
「なんや?」
 ヒカリは言葉を紡げなかった、まさかと言う思いと、そんなはずは無いと言う感情が入り乱れたからだ。
(力を使えないふりをして、遊び回ってたから、反省してるなんて)
 あるはずがないのだ、ないのに……
 きゅうっと唇を引き結んでしまう。
(もし、そうなら……)
 碇君は卑怯者だ。
 そう思う。


「シ、シンジ!」
 帰宅したシンジを出迎えて、アスカは焦った声を荒げた。
 着ている物は、シンジが飛び出していった時と変わらない、しかし若干汗の臭いがきつくなっていた。
 捜し回ってみたのだろう。
 アスカは無言で立ち尽くすシンジの顔を覗き見て後悔した。
 ──泣いていたからだ。
 こんな顔を見るのはいつ以来だろうか?
 幼い頃は泣くこともあったが、大きくなってから泣かなくなった、シンジは心をすり減らして、何も感じなくなったから。
 笑う事を知っていたから……、泣く事もあった、感情の起伏がそうさせた、だから何事も虚しく捉える事で、泣く事も、笑う事もしなくなった。
 そのシンジが泣いているのだ。
 ──声が聞こえるようだった。
『僕は、ズルくて、臆病で、卑怯者だ!』
 それさえも口に出せば、同情を引くための卑怯な行為になってしまうと、堪えている。
 そんな風に感じられる。
「シンジ……」
 手を差し伸べようとした、だができなかった。
 拒絶されてしまったからだ。
 すっと避けて、通られてしまった、自室へと……、物置の改造部屋へと歩いていく、その背中に追いすがれない。
「シンジ!」
 叫ぶが、振り返らせることもできない。
「シンジ……」
 アスカは胸の前を手で掴んだ、服に皺を寄せる、しぼられた胸が窮屈に歪む。
「なにがあったのよ……」
 何も分からない、そう、何もだ。
 シンジは話すような人間ではないから。
 詮索することもできなかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。