──その言葉は、病人を苛めるに等しい言葉であった。
「一つ……、教えておいて上げる、あなたのどこがダメなのか、アスカのどこが良いのか、どうしてアスカで、あなたじゃないのか」
誰にとって?、それは問うまでもないことだった。
「あなたにはね……、どこかに甘えがあるのよ、碇さん、鈴原君、シンジ君……、あなたは常に、何かがあった時、どうにかしてくれる人を、必ず身近に置いてる、助けてと祈った時、手を伸ばしてくれる人を傍に置いてる」
ズルイと言ってるんじゃないとミサトは話した。
「普通……、なんでしょうね、それが、でも、それは、『出来る』人にとってみれば、うるさいだけなのよ……、出来るくせに、どうして助けてくれないのか、出来るくせに、どうして手を貸してくれないのか、そんなことを言われても、知るもんかって、関係無いって、言いたくなる人も居るでしょうね」
そして。
「特に、自分のことで精一杯の人間には、正直、足手まといなだけだわ、助けてやる理由なんてないもの、……嫌われたくない、波風を立てないようにしたい、それ以上の理由なんてね」
レイは顔を伏せてしまった。
それは違うと、勝手な言い草だと、自分はそんな考えでくっついていたわけではないと言い返したいのに、上手い言葉が見つからなかった。
「でもね、そんな逆恨みをぶつけて来そうな人間に比べれば、アスカはとても魅力的に見えるのよ、あの子は決して祈ったりしないわ、他力本願に、何かを与えてもらうことに、喜びを感じたりしない……、満足しない、何故だと思う?」
分からない。
「自分で掴んだものにだけ、価値を感じる子だからよ、だから神様がたなぼたで与えてくれるものになんて興味は無いの、あの子は……、戦っているのよ、泣きながら、壊れそうになりながら」
だからこそ。
「みんなあの子に惹かれるのよ」
──でも。
「気になることと、好きになることとは、違うんだけどね」
ミサトはどこか寂しげにして呟いた。
──自嘲とも取れる笑みを浮かべて。
レイはミサトの言葉から、確かに自分は何かに飢えて、与えてもらえることを、当たり前だと思っていたなと感じていた。
それで喜んでいたなと、満たされようとしていたなと。
──そうでないと、寂しくて堪らないから。
だからシンジの相手を務めていたのかもしれない、同じ孤独を抱えているような気がしたから、寂しそうだったから、父親に軽く扱われた憐れな姿が……
その前に見た、はしゃいでいたものと、あまりにも落差があり過ぎたから。
何かがあった時、助けてと願ったり、祈ったり、そんなこと知らない、教えてもらってない、そんな言葉は、自分が言ってしまいそうなものばかりだった。
だけど、アスカは決して、言い訳をしない。
その時々に、自分にできることで、自分なりに乗り越えようとする、自分一人で。
それは確かに高潔で、魅力的な姿なのかもしれないが、レイはどうなのだろうかと考えた。
(それって、あたしと変わらないじゃない……)
根底に置いては、自分の気持ちを優先している。
他人から与えてもらうばかりでは、飢えはしのぐことしかできないのだ。
満たされるためには、自らの手で、欲しいものを得るしかないのだ、そしてアスカは、それを得るためにこの街に来た。
(責めるつもりじゃないけど)
『たかが』と言い切るには辛過ぎるほどの代償をアスカは支払っている、自分はそのことを十分に知っている。
だから妬むわけではないが……
(羨ましい)
そこまで自分であるために、そこまで自分を捨てられることが。
レイにはとても羨ましかった。
──シンジが泣いていた。
あのシンジが泣いていた、そのことをどう受け止めればいいのか分からない。
いま触れ合えば、きっと内側を覗けるだろうに、なのにアスカはここに居た。
──エントリールームの中に。
「でぇえええやぁあああああ!」
マサカリを振り回して叩きつける、肩口にぶつかり砕けて散った、破片が舞う中、巨人と怪物は睨み合う。
「ちっ!」
アスカは素早く右手を向けた、腕部上層と手首の三つに仕掛けられた隠し銃を使う、三つの筒が同時に火を吹いた。
「やっ!」
効くとは思っていない、ただ離れるための時間が欲しかっただけだ。
背部にマウントされていた大筒を、脇の下に回すようにして前に出す。
「これは!」
電磁カノン、加速器はアスカの力によって加熱し、煙を吹いた。
放出されるエネルギー体、だがこれも……
「ATフィールドは中和してるはずなのに!」
平然と爆炎の中から姿を現す、使徒。
「ならこれは!]
左手を向けて、先日覚えたばかりの大技を使う、粒子ビーム、だがまたしても効果は得られなかった。
「曲げられた!?」
アスカの放ったエネルギーは、何かに沿って曲がり、使徒を避けて流れてしまった、背後に着弾して、使徒の姿を浮き彫りにする。
「なんなのよ!」
答えたのはリツコであった。
「凄いわ、なんて使徒なの」
「敵を褒めてどうするのよ!」
ヒステリックにミサトは喚く。
「アスカっ、ATフィールドの中和なしじゃ無理よ!」
『わかってるけど!』
粒子ビームを放つためには、ATフィールドの中和を解かなければならない。
同時には上手く使えないのだ、第一、バッテリーの問題もある。
「無駄ね」
「リツコ!」
それでも無駄だとリツコは説いた。
「存在がね、違い過ぎるのよ、圧倒的なくらい、ATフィールドがどうのこうのなんて問題じゃないわ」
「どういうこと?」
「見て……、使徒の周囲、重力歪みが発生してるでしょ?」
「ビームが曲がるのはそのせい?」
「魔法のマントを着ているようね、あの使徒は、でもそれは二次的な話に過ぎないの、存在としての『格』が違い過ぎるのよ、手が出せないほどにね」
例え目に見えて、手が届いたとしても。
「まるで神様とちっぽけな人間……、ほどじゃないにしても、大人と子供ほどの差があるわね、殴られてるのに、痛いとは感じてないんじゃない?、だから相手をしてくれない」
「だからって、このままじゃ」
ミサトの焦りは、アスカも同じようにして感じていた。
「効かないなんて……」
ギリと歯を食いしばる。
(シンジ……)
弱気がその名を紡がせる。
だがアスカはかぶりを振って払いのけた。
泣いても、喚いても、シンジはもう来てくれないのだ、あの強かったシンジは、いや、エヴァンゲリオンはもう居ないのだ。
「祈ったって、誰かが助けてくれるわけじゃない……、誰かが代わってくれるわけでもない」
うっすらと危険な笑みを浮かべる。
そう、誰かに慰めてもらえばいいのなら、渚カヲルに抱かれていたし……
守ってもらいたいのなら、鈴原トウジを選んでいた。
甘えたければ、加持リョウジが居た、他にもだ。
カヲルの誘いを蹴り、トウジの暴虐を跳ね付けたのは何故だったのか?
答えは簡単なところにある。
「あたしはぁ!」
駆け出す、アスカと叫び、ミサトだった。
「負けるわけにはいかないのよ!、このアタシはぁ!」
ミサトの制止は、届かない。
「ていやぁあああああ!」
ナイフを抜いて突進する。
そう、負けてはいられないのだ。
自分が嫌になったから。
満たされなかったから。
羨望の眼差しを幾らかき集めたって、ちっとも満ちはしなかったから。
だから。
──戦って、戦って、戦い抜いて、そして手にすると決めたのだから。
「!?」
使徒の両腕の部位にあった蛇腹状のシートが開いた。
帯となって、ゆらぎ、伸びる、そして……
『アスカぁ!』
02の両腕が斬り飛ばされた、一歩、二歩と、躓くような姿勢で前に出る、そして使徒の真正面に来て……
『シンクロカット!』
──間に合わず、弐号機の首は、刎ね飛ばされた。
結果から言えば、アスカの戦いは我を貫き通したことで勝ちに終わった。
しかしその勝ちも、アスカにとってのみ意味のあるものに過ぎない。
「アスカは!」
「生命反応は確認取れましたが、意識が……」
シンクロカットが間に合わなかったのだ。
「フィードバック、で……」
嗚咽を堪えようとするマヤ、マコトが叫ぶ。
「使徒が!」
弐号機を無視して、侵攻を再開する。
「とどめをささずに?、いえ……、蝿を振り払った、その程度ね」
癪な奴と舌打ちする。
アスカには貧乏くじを引かせたことになる。
「どうするの?」
急かすリツコに、苦々しく吐き捨てる。
「選択は三つよ、一つ目はチルドレンを集めての総攻撃」
即答だった。
「無駄ね、一瞬で蒸発させられて終わるわ」
「二つ目はここの爆破」
「上の街を巻き込むことになるわね、死者は二百万を越えるけど?」
「……どうせ責任を取らされることはないわ」
死ぬんだし、と口にする。
「一応聞くけど、三つ目は?」
「それは……」
あっとシゲルが叫んだ。
「00が起動しています!、現在シークエンスの三分の一をクリア!」
なんですってとミサトは喚いた。
──三つ目の選択肢は、自分からその選択を実行したのだ。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。