彼女、葛城ミサトは、アスカと違い、内心に隠さずに、不機嫌さを表していた。
 会議、会議、会議と、連日会議が続いている、その議題は人を取り込み、完全体となった、エヴァンリオンの処遇を、どのように取り扱うかというものだった。


「危険過ぎる!」
 ダンッと拳を打ちつけられて、机の上のものは飛び上がった。
「処分すべきだ!、今すぐに解体してっ、エヴァンゲリオンは生命体として重要な機関が欠けていたからこそ、人に扱える存在だったのだぞ!?」
「人を取り込み、完全体となったエヴァは、使徒と同じだからな」
 認識が甘いと叫びを上げる。
「使徒以上だ!、死海文書に記されし最強の使徒でさえも『撲殺』しうる狂暴性をなんと捉える!、その上、特殊な能力も秘めているのだぞ、人に御し切れるものではない」
「だが」
 静かに、誰かが意見する。
「そこに込められているのは、人類の一人だ、その意識……、意思は、人類にとって好ましい方向に傾くものではないのか?」
「無用に傷つけることに対する危機感も足りんな」
「そうだ、今おとなしくしているのは、ただ眠っているからに過ぎん、下手に傷つけようとすれば抵抗を示すやもしれん」
「そればかりか、我々を敵として認識し直す可能性もある」
 サードチルドレンと誰かが言った。
「身上書は読んだよ」
「かなり、対人関係に、問題があるようだな」
 人々の視線は、自然と碇ゲンドウへと向かった。
「総司令の息子さん、でしたな」
「ああ」
「いかがするおつもりですか」
 見事なほどに、皆の期待は二つに別れた。
 一つはやはり、親としての対応を求めるものだった。
 人道的に、見捨てるなかれと、それが結果的に、最強のエヴァンゲリオンの保護という願いに、通じるものになるからだ。
 そしてもう一つは、冷血人種、碇ゲンドウとしての判断だった、この総司令のことだと、必ずやリスクを避けるために犠牲に、生贄として捧げてくれるだろうと。
 ──我が子ですらも。
 そんな中、赤木リツコはオブザーバーとしての出席であったが故に、何も言うわけにはいかずに黙っていた、そして……
「待って下さい!」
 椅子を蹴って立ち上がったのはミサトだった。
 その身に視線を集めて訴える。
「お考えは分かります、しかしいま結論を下すことは」
「それは、サードチルドレンの保護者としての意見かな?」
「……本部長としての意見です」
 蔑むような目を、一つ一つ睨み返す。
「お考え下さい、確かに、エヴァゼロワンは誰にとっても危険な存在となりました、しかし、その価値については、飛躍的に増大しております」
「そんなことは分かっている!、だからこそ」
「ですが」
 言葉を遮り、意見を述べる。
「エヴァゼロ及び、ゼロツーの破損状況は深刻です、ですが本当の問題は、この二機では抗し切れない使徒が、既に数体出現しているという事実です」
 それは皆に息を飲ませるに十分だった。
「続きを聞こう」
 ゲンドウの後押しに勢いづく。
「……使徒は、一種一体ではありません、遺跡の発掘を続ける以上は、いつかはまた戦闘を迎えることになります、そのための準備を整えて行くにしても、過去、いえ、『太古』において自己進化を行っていないと言う保証がありません」
「能力のばらつきや、進化による獲得によって、さらに強力に、能力に富んでいる使徒が現れることもあり得る、と?」
「はい、それを考えた時、切り札であるゼロワンを切り捨てることは、あまりにも早計であると言わざるを得ません」
 ううむと唸りがあげられる。
 セカンドインパクト、次はサードインパクトだが、その可能性がある以上、遺跡の発掘が中断されることはあり得ない。
 ならば、ミサトの言葉ももっともなのだ、中心に近づけば近づくほど、どのような防衛機能が残されているか分からないのだから。
 使える力は、捨てるべきではない、これは保険だ。
「ゼロワンの行動は、無差別には見えなかったな」
「ふむ」
 誰かがスイッチを押して、投射映像を呼び出した。
 そこに先日の、なぶり殺しの様子が映される。
「害意を持つものに対しての暴力行為、か」
「赤木君の意見は?」
 リツコは小さく答えた。
「蜂は……」
「蜂?」
「はい、蜂は、攻撃を受けると、ある種のフェロモンを発し、敵性体に臭いを付けます」
 年嵩の男性がそうだったなと頷いた。
「その臭いのするものを、共通の敵として認識し、集団で襲うんだ、わたしの家は田舎でね、そういったことも教えられたよ」
 それがとリツコに続きを求めた。
「エヴァも、そうだと言いたいのかね?」
 リツコは大真面目に頷いた。
「仲間であるエヴァンゲリオン……、ゼロとゼロツーの『悲鳴』のようなものを聞きつけ、急行し、そこで犯人だと知るや襲いかかった……、とも考えられます、なら、ゼロワンの扱い方も見えて来ます」
 誰かがリツコの考えに気付いて危険だと漏らした。
「二機のエヴァを投入し、わざと破損させ、ゼロワンを誘導し、用いるというのか?」
「それは……」
 ちらりとミサトを見やる。
「作戦部の判断次第です」
 迷いが広がり出す前に、ゲンドウは場を強引にまとめた。
「ゼロワンについては現状を維持する」
 静まり返らせる。
「作戦部はナンバーズの強化と実戦投入の計画を立案、実行せよ、4号機の開封を許可する、それから、これだ」
 ミサトは目の前に開かれた映像に驚いた。
「トライデント?」
「生徒会より提出されたものだ」
「子供たちが?」
「これは既に、ナンバーズによって骨格の作成に入っている、パイロットの選出と訓練を任せる」
「はい……」
「赤木君」
「はい」
「君はゼロワンの分析と解析を急ぎたまえ」
「分かりました……」


 リツコの不自然な態度に気がついた者が、果たしたあの場に居ただろうか?
 リツコには仕事があった、シンジを救うという重大な使命がだ。
 しかし、問題はその手段だった、過去の例から言えば、シンジを助けるためには、決定的に足りていないものがある。
 それは……
「やはり、無理なのではないかね」
 会議より戻って来たゲンドウに、コウゾウは自分の懸念を問いかけた。
「レイに現代人の肉体を与えたのはユイ君だ、その方法はユイ君の卵母細胞を培養したクローン体による補完だった、シンジ君には失った肉体を修復するための『部品』なぞあるまい」
 だが、過去において、一つだけサルベージに完全成功している事例があった、それは……
 ──碇ユイ。
 彼女自身のサルベージである。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。