幸せの泉があるのなら、それは世界に求めて、浸かる場所を探すようなものではなく、自らの中に源泉を見付けて、掘るものなのだ。
だからこそ、幸せに満ち足りることができる、浸るだけでは、泉から離れることができなくなる。
いつも沸き出しているからこそ、溢れているからこそ……
──そこに集められた面子を眺めて、ピンと来たのは惣流アスカだけだったかもしれない。
「どういうメンツよ、これは……」
相沢ケイコや、霧島マナと言った顔も見えれば、尚更だ、そして圧倒的な女子の多さ。
男子はかなり居心地が悪そうにしている。
アスカは先程から、床板の先にあるプールのことが気にかかっていた、記憶が正しければ、あの底には例の『モノ』が沈んでいるはずなのだ。
子供たちの周囲では、今も忙しく人が働いていた、何人かが例の『行方不明』の人だと気付いて、不安からか身を寄せ合った。
明らかに異常な雰囲気に包まれている、緊張感も伝わって来る。
そうして脅えに似たものに焦らされていると、ようやくリツコが姿を見せた。
「悪いわね、急な呼び出しで」
「ホントよ!」
アスカは何かに急かされるように口にした。
「なんなのよ、なんのつもりで、こんな」
「あの……」
横からアスカの知らない少女が口を挟んだ。
「あたしたち、帰してもらえるんですか?」
リツコはきょとんとしたが、すぐに周囲へと落ちつかない視線を漂わせていることに気がついた。
「大丈夫よ」
フッと笑う。
「良くも悪くも……、そうね、今日の晩には帰ってもらえるわ、みんなね」
「悪くも……、ってなんの話よ?」
「今日、ここで、これからとても大事なことをするのよ、あなたたちにはその手伝いをお願いしたいの」
「手伝いって……」
「あたしたちにですか?」
「そうよ」
ますます一同の困惑は深まった。
ナンバーズである者がいれば、そうでないものもいる、能力も専攻も、まるで統一性が無い。
想像がつかないのだ。
「あなたたちにやってもらいたいのは、これよ」
リツコは数歩歩くと、そこにあった観測機械の画面に灯を入れた、ざわりと皆がうろたえる。
「なによ……、これ」
リツコは冷徹な目をして彼女らに告げた。
「シンジ君よ」
そこ映し出されたものこそは、先日ミサトが見せられた、あの無残なシンジの様子であった。
──サルベージ。
失われた人の姿を再び取り戻させるための作業。
それはあまりにも抽象的な概念に則った作業であり、真っ当な理論とも呼べぬ概念によって成り立っていた。
「つまり、天岩戸になぞらえるということよ」
自らの内に篭ってしまった心の光を連れ戻すために、宴を開き、意識をこちらへ引き寄せるのだという。
「なんたるアバウト、それが最先端の科学ってやつなの?」
「胡散臭いのは否定しないわ」
アスカの物言いも受け流し、リツコは説明の先を続けた。
「要はあなたたちの思念、思考波といったものが必要なのよ、あなたたちがイメージする碇シンジ君という客観的な偶像が、彼の自我意識を刺激するの、そして刺激を受けた意識は急速に覚醒しつつ、元の形状を取り戻そうとする、誘導を受けてね」
「概念は分かったけど、実際にはどうするの?」
リツコは、思念を束ね、伝えるためには、ガイドが必要だと説明した。
「ガイド?」
「そうよ」
一同の顔を順に見ていく。
「人の感情、波動を集約し、シンジ君へと導き届ける『うずめ』役」
リツコの視線につられて、彼ら、彼女らは、遅れてやって来た人物に気がついた。
「ヒカリの……、お姉さん?」
「そうよ、洞木コダマさん」
アスカの目には、彼女の雰囲気がどこか『コワイ』ものに変わっていると受け取れた。
──コダマは確かに変わっていた。
以前の野放図なものが陰を潜めていた、かといって神聖なものを身につけたわけでもなく、ただ、興味のあるものだけを目に入れているように感じられた。
その他の情報を、無駄なものとして一切切り捨ててしまっている。
実際、今のコダマは、プールの水面だけを見つめていた、凝視に近い。
波が起こっているのはリリスの鼓動ゆえのことだろうか?、あるいは胎動なのだろうか?
──彼女の目には、エヴァの中で起こっているなにかしらのことが視えていた。
──その時、彼女は思い悩んでいた。
「ふぅ……」
大学の、学生食堂のテーブルである。
彼女は一人頬杖をついて、せっかく頼んだ天丼に手もつけずにいた。
「ここに居たのか」
「ゲンドウさん」
学内をうろつくにしては目立つ風貌をしているからか、彼は複数の好奇の視線をまとわりつかせていた。
「どうしたんですか、大学に来てくれるなんて……」
「いや、冬月先生に呼び出されてね」
苦笑する、もっとも、それが苦笑だと分かったのはユイだけだったが。
彼は客観的には、むっすりとして彼は告げた。
「君から付き合っていると聞かされたと、釘をさされたよ」
「釘を?」
「ああ、わたしについては、よからぬ噂を聞いているとね、君を弄ぶつもりで近づいたのではないかと、それとなく探りを入れて来たよ」
あれは君に惚れているなとゲンドウは茶化した。
「君はモテるからなぁ、俺も敵が多くなる」
「冗談を言ってないで」
ゲンドウは目をそらすようにして笑いを堪えた。
彼女に謎の黒服集団が付いているのは周知の事実だ、故に一部では姫と呼ばれてもいる、実際、名目だけとはいえ、そう呼ばれるに値する家系の末に置かれているのだから、あながち間違った評価でもない。
そんな彼女に興味を持たない者は少ないのだ、悪く言えば酷く目立つのである。
人として魅力的であることだけが、人にモテる要素ではない、モテるとは興味の尽きない要素を持っているということだ、一目で普通でないと知れる彼女の立場は、人には奇異に写るだろう。
「それで、なにを悩んでいた?」
この言葉を命令ではなく、気づかうものだと感じられる辺り、ユイの精神は繊細なのかもしれない。
「はい……」
ユイは正直に気持ちを吐露した。
「こんなに幸せで、良いのかって」
は?、とゲンドウは強ばった。
「幸せ?」
「はい……」
頬を赤らめ、指をもじもじと遊ばせながら、ユイは口にした。
「付き合う人ができて、みんなに祝福してもらえて」
それはどうだろうかと思ったが、ゲンドウは言わなかった。
「何もかもが上手く行き過ぎているような気がして」
そうかなと首を捻る。
「しかし、付き合う相手が得られただけで幸せだというのなら」
ちらりと視線を走らせる。
「この学内だけでも、相当な数に上るはずだが?」
「はい」
「だが、わたしにはそれほど満ち足りている者が多いようには見えないな」
「満ち足りる?」
「そういうものではないのか?」
食わないのなら貰うぞと、ゲンドウは天丼を奪い去り、歯に挟んで箸を割った。
「君は今まで、よほど満たされてはいなかったのだな」
「満たされる……、?」
「そうだろう?、だからこそ、この程度の手軽なできごとで、充足している」
しかしなと、米粒のついた箸先を向ける。
「興奮は、やがては冷めるものだ、そしてそれを寂しいと感じる、だからこそ更なる刺激を求める、そうだな、有り体に言えば」
まるで昔なにかあったと言わんばかりに自嘲した。
「浮気だな」
「そんな!」
「だが刺激的だろう?、『あの頃』の興奮をもう一度と、過去を邂逅して、燃えるような情熱に身を焦がそうとする、もっと、もっととな、その結末に待つのが破滅だとしても、刺激の究極を求めれば、それこそ恍惚とできる絶頂の……、なんだ?」
ぷっとユイは膨れていた。
思いっきり頬を膨らませていた。
「ゲンドウさん?」
「あ、ああ?」
「つまりゲンドウさんは」
彼の手から箸を奪うと、べしっと握り潰した。
「いつかはわたしがあなたを捨てて別の男に走ると、そうお考えになった上で、付き合って下さっているというわけですね?」
「い、いや、そうではない、そうではなく」
これはあくまで一般論だと……、言ってみたのだが、無駄だった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。