衛星からの映像では、ビルの屋上に青年が仰向けに倒れ伏し、その傍に立っているカヲルの姿が見て取れた。
 何を話しているかは分からないが、戦いの激しさに反して、互いに無傷のようだった。
 エヴァ能力保有者の戦いというものは、形式的にはそれで終わらせられるものなのかもしれない、力を失った者は、ある者には敵わない。
 それ以上傷つけることは無意味なのだ。
「僕は知ったんですよ」
 見せられた記録に、カヲルはそう口答えした。
「昔の僕なら、彼を警察なりに引き渡していたでしょうね、その後のことなど考えずに」
 ほとんどが、刑務所や施設の預かりとなって、酷い扱いを受けることになっているだろう。
 傷つけられているだろう。
 己の境遇に嘆いて、偶然手に入った力に溺れた末路が、それだった。
「だけど、知ったんですよ、力に溺れているのなら、それに気付かせてやればいい、考えさせればいい、そして彼は知っていたから」
「力のすべては奪わなかったというのか?」
 ええとカヲルは頷いた。
 彼らの境遇を考えれば、仕打ちとしては酷過ぎるのだと、今は寛容になっている。
 ──変わって、青年の姿が映された、どこかの病室だ、ベッドに寝かされている。
「彼の様子は?」
「命に別状はないが、エヴァを奪うということは、生命力を削り取るということだ、暫くは倦怠感を訴えるだろう」
「そうですか……」
「エヴァについては、失われていないことが確認された、だが発動には危険を伴うだろうな、それは本部の、サードチルドレンのことからも良く分かる」
 カヲルはサードの名前が出た瞬間に、僅かに目に反応を示した。
「それでも、僕には必要な能力だったんですよ」
「なぜそう思う?」
「……じきに、その理由については分かりますよ」


 ──本部。
 ジオフロントの中にある医療棟の一室。
 うっすらと瞼を開けば、そこは暗闇に近かった。
「う……」
 呻き、一度目をぎゅっとつむる、再び開くと、そこにはコダマの顔があった。
「あ……」
「生きてる?」
 ぴしゃぴしゃと頬を叩かれる。
「はい……」
「そう、良かったわね」
 顔が消えた、隣にある椅子に腰かけ直したのだ。
 シンジは起き上がろうとして、体中に走ったしびれに悶えることになった。
「ああ、『再構成』がどうのこうので、筋が固まってるから、しばらくリハビリが必要だろうってさ」
 シンジは恨めしげに涙目を向けた。
「……先に、言ってくれたって」
「言う前に動こうとしたじゃない」
 シンジはがっくりと力を抜いた。
「冷たいんだから……」
「シンジ君ほどじゃないでしょう?」
 その頭をぽんぽんと叩く。
「思ったより、しっかりしてるみたいね、頭」
「どういう意味ですか」
「医者が言ってたのよ、精神とか魂ってのはどうなんだか分かんないけど、記憶に限れば脳とかの化学物質が記録してるわけでしょう?、エヴァに取り込まれた君にそれが残ってるのかどうか分からない、元のシンジ君に戻ったからって、元通りの記憶を持ってるかどうかは分からない、ってね」
 そうですかとシンジは答えた。
「心配してくれたんですか?」
「ちょっとはね」
「……」
「なんにも覚えてなかったら、引き取って、適当に刷り込みしようとかね」
「……残念でしたね」
「そうでもないけどね、これはこれで」
 彼女はシンジの体の下に手を差し込むと、正しい形に寝かせてやった。
「コダマさん?」
 さらに動けないのをいいことに、顔を近づけ、キスしようとする、しかし。
 ──プシュッと扉が開いて、ああっと衝撃の声が叫ばれた。


「エッチ、バカ、ヘンタイ、このスケベ!」
 早口でまくしたてているのはアスカである。
「ミサトから、もうすぐ起きるかもしれないって連絡があったから来てみてたのに、なによっ、なにしてたのよ!」
 シンジは耳を塞ぎたいなぁと、露骨に顔にあらわしていた。
 電気は点けられ、人口密度も上がっていた、来ているのはアスカにレイにコダマにミサトだ。
「まあまあ、アスカ、落ち着いて」
「なによミサト!」
「死の縁から生還した恋人に、感極まって口付けを、ってね?、それくらいアリでしょう?」
 こいつがっと、コダマを指差す。
「そんな女なわけないじゃない!」
 これに対して、失礼なと口にしたのはコダマだった。
「あたしをなんだと思ってんの」
「変な女!」
「シンジ君の彼女だっての」
 わざとらしくシンジの隣に腰かけ、彼の体に覆い被さり、抱きつくようにしてみせた。
 むぅううううっと赤く膨らむアスカ、それを面白がるミサトに対して、レイだけがぽつりと自分の中に閉じこもって見えた。


「……」
 その一部始終をカメラで眺めて、赤木リツコは力を抜いた。
「ふぅ……」
 ぎしりと椅子の背をきしませる。
「まあ、これで、一安心というところね」
「別の問題が出て来そうだけどな」
「加持君、あなたね……」
 不吉なことは言わないでと目で責める。
「どうしてそういうことを言うの?」
「ドイツからの報告、聞いてるだろ?」
「……ええ」
「渚カヲルの新たな能力……、いや、渚カヲルの成長とみるべきかな?、彼が求めたのものの本当の意味、リッちゃんなら分かるはずだ」
「……そうね」
「二柱、渚君の考えはまだ掴めないが」
 加持はシンジを写すモニタを見て、笑みを顔に張り付けた。
「まあ、今はシンジ君を見ているべきだな」
 そんな横顔を、リツコは観察する目で見る。
 加持の顔には、明らかに邪なものが宿されていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。