「はい、それじゃあ……」
ジオフロント、訓練施設。
ここもまた人が増えたことで、急遽急造された場所であった、空き区画を改造し、チルドレンのための専用訓練場として、体裁が整えられている。
実験室同様に、対爆仕様となっている、直径百メートルの円形のホールで、中央に向かい、すり鉢状になっていた。
リツコがいるのは、その外壁の、さらに天井際にある、『教官室』であった。
「チーク君、ウェルズ君」
その鉢の中、まばらに腰かけていた少年少女たちの中から、ふたりの少年が立ち上がった。
一人はアジア系の少年で、一人は北欧系の青年だった。
「でも良いんですか?、ナンバーで呼ばなくて」
疑問をぶつけたのはマヤだった。
「良いのよ」
リツコは目で叱りながら口にした、マイクを切る前だったのだ、幸いにも流れなかったが、不用意な発言が彼らの耳に入った場合、面倒なことにもなりかねない。
それだけ、各自が背負っているものが違うのだ。
「世界中で、公認ナンバーは増えているのよ?、あなたは一千番、二千番なんて呼んでいくつもり?」
「はぁ……」
「人権団体もうるさいしね」
もっとも、とリツコは思う。
(人権保護だなんて、動物愛護と同じで、蔑んでいるのと同じなのに)
結局、誰も彼らを、同じ人間として認めていないのだ。
少数派の、社会的な弱者である、そう位置付けている。
だからこそ、保護や擁護、愛護などと言った発想が沸いて出る。
「始め」
マイクをONにして、命じる、直後閃光と爆音が室内を支配した。
「うわ……」
「凄いですね」
見せられた記録に驚いたのは、シンジとアスカのふたりであった。
場所はリツコの私室である、ひとりが閃光を発すれば、同じく光で相手も返した。
衝突した光同士が、爆発し、空間を震わせる。
その震動が、壁を、床を、天井をふるわせていた。
「でもね」
リツコは、モニタの映像に、解説をくれた。
「双方共に、光量のみで、熱量はゼロだったのよ、ほんと、興味深いわ」
え?、っと、アスカは驚いた。
「熱量がないのに、爆発したの?」
「そうよ」
アスカとリツコの間では通じている話も、シンジにはなんのことだか分からない。
「ねぇ、なにがそんなに凄いの?」
ばかっと、アスカはなじった。
「良い?、物質ってのはね、運動すれば熱量が発生するものなの、わかる?、爆発が起こったってことは、大気が弾けたってことでしょう?」
「うん」
「じゃあ大気って何?、これも原子とか分子とかでしょうが!」
う〜んと悩む、やはりわからなかったらしい。
アスカは溜め息を吐くと、説明を諦めてリツコに振った。
「で、こいつらは?」
素直に応じる。
「今は各自待機中よ、と言っても、実質は自由行動中ね、ほとんどは観光じゃない?、街の」
アスカは呆れた顔をした。
「お気楽なものねぇ……」
しょうがないわと肩をすくめる。
「あの子たちのほとんどは……、ろくなところで生まれ育った子じゃないから」
「……」
「日本ってね、セカンドインパクト前は、経済崩壊の直中にあったし、セカンドインパクト以降も、物不足に悩んだ時代があったけど、それでも異常なくらい、質の良い製品に囲まれていたでしょう?」
「……例えば?」
「そうね、家電製品、世界中を見ても、テレビに、コンポに、洗濯機と、普通なら、余程凝らない限り手を出さないような代物ばかりが、一般用の下級製品として販売されていたわ、今でもね」
「テレビ、か……」
「ええ、液晶に、プラズマ……、だけじゃないわね、普通のブラウン管ですら、高性能、高画質だったわ、他の国では、14インチが標準の頃に、この国では21インチを越えてた」
「そんなものなの?」
「そうよ、だから日本の製品は、たとえ中古でも高く売れたのよ、外国ではね」
話の間も、シンジは画面を見続けていた、模擬戦と称するには過激すぎる戦いが繰り広げられている。
「あ」
「え?」
「ATフィールドだ……」
金色の干渉光が、閃光の剣を弾き返した。
「そうよ」
リツコは教えてやった。
「彼らは、ここに来てから、まるで最初から使えたかのように、ATフィールドに目覚めたわ」
「ちょっとぉ……」
眉をひそめる。
「それじゃ、あたしより上だってことじゃない」
渋い顔になってしまうのも当然だった、たとえどれだけ力に長けていようと、ATフィールドの有無は絶対的な差となるからだ。
アスカの炎は、決してATフィールドを透過することはできない、これは致命的なことだった。
リツコの誘いに乗って、新たな『仲間』の様子を映像で知った後、シンジとアスカはジオフロントを出た。
退院である、その前にと誘われたのだ。
「でもま、だからって、シンジの代わりになるとは限らないしねぇ」
頭の後ろで手を組みながら、そんな具合に評価したアスカに、シンジは苦笑交じりに言葉を返した。
「ごめんね、頼りにならなくて」
「そ、そんな意味じゃなくて!」
「え?」
「え?」
「なに?」
「あっ、なっ、なんでもない!」
「そう?」
変なアスカと聞こえたが、アスカは口答えしないことにした。
(意識し過ぎだってのよっ、このバカ!)
自分で自分を戒める。
過剰に反応してしまうことで、軽い冗談も言えない雰囲気になってしまうことがある。
だがアスカが意識してしまうのにも理由はあった。
(エヴァは?)
シンジは、果たして力を取り戻したのだろうか?、それとも失ったままなのだろうか?
彼女には彼女なりに心配していることがあった、それはミサトから直接注意されていたことでもあった。
「シンジを?」
退院するシンジを迎えに行って来る。
そう伝え、出ようとしたアスカを呼び止め、ミサトは注意を促した。
「ええ」
「守れって、どういうことよ?」
物騒なと顔をしかめる。
そんなアスカに、ミサトは告げた。
「良い?、シンジ君については、かなりの範囲で、情報が規制されちゃってるのよ」
「え?」
規制?、と驚く。
「そんなの聞いてないけど?」
「言ってない……、っていうか」
笑ってしまう。
「隠すだけ無駄でしょう?、『あなたたち』には」
「ああ……」
どうせ暴くものなと、納得する。
「それで?」
「ん、つまりね、地下の『あれ』のこととか、シンジ君に絡んで来る事件っていうのは、公表できないことが多過ぎるのよ、それで、ね」
「なによ?」
歯に物が挟まったような言い方に険を強める。
「なんだってのよ?」
「だからさぁ」
ぼりぼりと頭を掻いて……
「言い方変えれば、シンジ君ってスペシャルなのよ、ATフィールドを操るし、他の誰とも比較できないほどの能力があるし、その上、エヴァにも乗れるでしょう?」
「ん?」
最後の一つは分からなかった。
「エヴァが?、絡んで来るの?」
「ええ」
大きく頷く。
「色々と調べて見たらしいんだけど、確かにナンバーズなら誰でもエヴァには乗れるわ、乗るだけならね」
「……」
「でも、ほとんどの子が、能力に『ブースト』がかかっただけで終わったわ、エヴァを自分の体のように動かすなんて真似、できなかったの」
「試したの?」
「あなたたちには内緒でね」
「なんで……」
「だって、自分のエヴァに他人を乗せるつもりなんて、ないでしょう?」
アスカはわずかに唇を尖らせた。
そんなつもりはないと口にしかけて、できなかったからだ、その程度には、愛着が沸いてしまっているらしい。
「それで……」
話を促す。
「シンジのことは?」
「だからね?、英雄……、とまでは言わないまでも、憧れではあるのよ」
「シンジが?」
「噂ってのは、脚色されるものだし、膨らむものなのよ」
そんなものかと納得しておくが、やはり解せない。
「じゃあ、当然、ライバル視してる奴も居るんでしょうね」
「当然ね……、そういう連中が、今のシンジ君を見たらどう思うか、失望?、それとも優越感?、歯止めを失ったナンバーズを止められるのは、同じナンバーズだけなのよ」
アスカは僅かに顎を引いた。
「それを、アタシにしろっての?」
「……そこまでは、言わないわ」
「じゃあ、どうしろってのよ」
ミサトは真剣な様子で口にした。
「あなたに、許可を上げるわ」
「許可?」
「ええ」
深刻に。
「監視員としての、厳罰の実行権」
「……良くわかんないんだけど」
「もし何かあったら、あなたの力でなんとかしてちょうだい」
「なんとかって……」
「……あなたの力なら、彼らを『飛ばす』ことができるわ、加速した粒子に乗せて、地球が無くなっている、数十億年先の世界に」
アスカは正に絶句した。
「ミサト!?」
「力も、なにも関係ない、たとえ『なにかしら』の身を護る術があったにしても、周囲ごと飛ばされては、抗うことなんてできないわ」
アスカは、シンジに気付かれないよう、数歩前を歩きながら考えていた。
(ミサトが言ってた身を護る術ってのは、ATフィールドのことだったのね)
確かに、自分の力は通じないだろう、だが、周囲の空間には、作用させることができる。
彼らは、ATフィールドの繭に包まれたままで、遥か彼方に消えることになるだろう、だが?
(最悪じゃない……)
それは、人殺しになるのと同じことだ、せめて彼らにATフィールドが無ければ、穏当な手段で、こらしめることができるだろうに。
……アスカは、ふと、今の自分の葛藤に、なにかが重なり、だぶって見えた。
(あ……、そっか)
肌の白い、友人のことが思い浮かんだ。
(カヲル、あいつだ……)
彼は自分のことを、裁定者だとうそぶいていた。
その役目が、いま、自分の元に回って来ている。
アスカは妙な感慨を抱くと共に、申し訳なさを感じてしまった。
──シンジに対して。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。