──知ってます?、スーツも、いつかは着られなくなるものなんですよ?
それはこれまでの実験結果にこだわるあまり、行き詰まってしまった時の言葉であった。
苛立ったゲンドウは、妻に対して、険のある言葉で答えた。
「なにが言いたい」
「……いくら繕い直しても、いつかは無理が来るものです、例えば法律も、規律も、常識や、道徳でさえも」
ゲンドウは色々と言い返そうとして、込み上げたものにおかしくなって、そのまま笑ってしまったものだった。
「大袈裟だろう、例えが」
「そうですか?」
「ああ」
微笑みを浮かべて、コーヒーでもどうですかと口にされた、かなわない、ゲンドウはそう思った。
憎めない、気を削がれてしまって、言い負かされてしまうのだ。
それがまた、腹が立つよりも、呆れてしまう方法で。
彼女の言葉に照らし合わせれば、この狂ったシステムも、放棄すべき時に来ているはずなのだ。
そして次なる形を、一から構築すべき時に来ている。
なのに旧来のシステムが存在しているために、それができないでいる。
ならばどうするというのか?
「壊すしかないのさ」
彼、渚カヲルの言葉である。
「あれが碇シンジか」
「あれが……」
まだ登校許可が下りるほどではない、シンジが向かっているのはネルフだった。
今日の検診は、主に能力についてである、やはり『上』も、シンジの状態には関心を払っているらしい。
そんなシンジを、ゲートの柱にたむろして見送ったのが、先日こちらへやって来た子供たちだった。
「へぇ、あれがぁ……」
「僕たちの一つ上だっけ?」
「あたしより二つ上のはずだけど」
「じゃあ、俺の一つ下だな」
不可思議なことに、口から出ている言語はばらばらで、なのに意思の疎通に齟齬は無い。
言葉以外の部分で、念話でも行われているらしい。
「冴えないのぉ、あんなのがサードチルドレン?」
「三番目ってのは、確かどこかの国じゃ、相当不吉なナンバーじゃなかったか?」
「そうだよ」
「死神を現す数字よね、確か」
「あれが死神ねぇ……」
もちろん、シンジはそんな具合に噂されているなど気付かず、首筋をただぽりっと掻くにとどまった。
(見られてる?)
漠然とだが、注目されているような気がする。
(自意識過剰なのかな?、色々あったし……)
迷惑もかけてるしと、ずれた発想で諦める、それを注意したのはリツコであった。
「様子を見てるのよ」
完全にシンジの主治医と化してしまっている。
昔からそのきらいはあったのだが、最近完全に固定されてしまっていた。
「あなたが、どんな人間なのかってね」
「どんなって……」
「だってそうでしょう?」
実験室だ、準備のために助手が忙しく駆け回っている、それを待つ間の暇つぶしと聞いた内容に、リツコは深い関心を抱いた。
「あなたは、負け知らずのサードチルドレンなのよ?、その力も人柄も、何もかもが分からないとなれば、興味を持たない方がおかしいわ」
そんなものかとシンジは思った。
「じゃあ、あの人たちも、学校に?」
「さあ?、行くか行かないかは、個人の選択に任せてるけど……」
「なんです?」
「あなたが戻るなら、行くんじゃない?、だって学校なら、他の干渉無しに、あなたに接近できるわけだしね」
シンジは妙な想像をして、嫌だなぁと感想を抱いた。
勘違いした上級生や下級生に呼び出され、ケンカを吹っ掛けられたり、因縁を付けられたりと、ろくな予想にならなかったからだ。
告白……、というのは自然と排されていた、幼少の体験が、そんな発想を許さなかったからだ。
ろくな目に合ってこなかったのが、よくわかる。
「ヤだなぁ……」
「嫌なの?」
「だって、そうじゃないですか……、僕になんて関ったって、ろくなことにならないのに」
妙な言い回しではあったが、リツコはなんとなく言いたいことが読めてしまった。
(そうね……)
アスカや、レイ、他にもだ。
シンジに深く関ろうとすると、必然的に、その運命とも呼べるような大きな波に拐われることになってしまう。
揉まれ、沈められ、溺れるしかないのだ、それが嫌なら、トウジのように、去るしかない。
関って来るのが嫌なのではない、関ろうとすることで、不幸とまでは言わないが、苦悩を抱えることになっていく人間を見たくないのだと、気持ちを察する。
(わりと身勝手なのよね、シンジ君も)
そういうところは、実に父親に似ていると思えてしまう。
こちらは勝手にやっているのだから、気にせず、放置しておいてくれれば良いのだと思っている、考えている。
だが、周囲は逆に、見捨てることが、捨て置くことができないのだ、何故か。
(カリスマとは、違うものだと思うけど)
リツコは最近、常備することに決めた聴診器を、白衣のポケットから取り出した。
「それじゃあ、胸を出してくれる?」
「はい」
リツコも、シンジも、いつものことだから自然に頼み、自然に応じてしまったのだが、やってしまってから、そう言えばと考えてしまった。
今日は、能力に関するチェックを行う予定であったはずで、だからこのような体調のチェックは別段必要のないことなのだ。
(習慣っていうのは、恐いものね)
気恥ずかしさから、念のためよと、強引なことを言ったリツコであった。
「それじゃあ、始めます」
クスッとマヤが笑ったのは、そんなシンジとリツコのやり取りを、しっかりと見てしまったためだった。
他にもクスクスと笑いが聞こえる、皆が見ている前での失態だけに、リツコには取り繕うことができなかった。
「測定器のチェック!」
「はい」
それでも迫力なく怒鳴ってしまう。
応じたマヤは、全て異常なしと報告した。
「じゃあ、シンジ君、始めてちょうだい」
「はい……」
(と言われてもなぁ……)
力むでもなく、ぼんやりと立つシンジには、複数の電極が張り付けられている。
下着だけの格好で、計器の中央のに立ち尽くしている、数十秒……、待ってみたのだが、結局なにも起こらなかった。
暫く待って、沈黙を破る。
「どうですか?」
「変化無しね」
そこに落胆の色は見られなかった。
「やっぱり、ダメみたいですね」
「マヤ、やっぱりって言い方はないでしょう?」
「あ、すみません……」
「謝るなら、シンジ君にでしょ?」
「良いですよ、僕も多分そうだろうなって思ってましたから」
だが、それでは済まない連中も居た。
「シンジ君の実験結果か」
「ええ」
コウゾウの元に、その報告を届けたのは加持だった。
「ま、今のところはってやつですがね、赤木博士の話では、シンジ君自身がだめだろうなと思っていたと」
「ふむ……」
「エヴァ能力は、本人の意思力、無意識領域の発現ですからね、本人がだめだと思っている以上は……」
「回復の見込みはなしか」
「それでも望むのなら、精神科医の分野になると言ってましたよ」
肩をすくめる。
「余所がこの結果を知ったら、大事になりますね、トライデント、開発が促進されるのでは?」
「いや……」
コウゾウは、机の下から極秘と判の押されたファイルを取り出し、放り出した。
見てもいいのかと、加持は目で問いかけた。
「これは?」
「素案だよ」
「エヴァ……」
「そうだ」
そこにあるのは……
「五号機以降の、建造計画」
4号機をベースに、弐号機の細胞を培養した生体組織で各部を補った新型の機体。
それはそれらを作り、どう運用するか。
そのことをまとめた、文書であった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。