──忙しくなる。
「こうなるともはや学校というより、職業訓練校……、いや、軍事関係の特殊養成所か、開発研究施設だな」
ざっくばらんな男言葉なのだが、つかっているのは女だった。
米国の、チルドレン保護育成所から来日した女性である。
ネルフ本部に幾つもある会議室の一つに、チルドレンと共に訪れた保護管理官が集められていた、彼女もその一人である。
「なにか?」
彼女はコウゾウの視線に気がついてか、顔を上げた。
「いや、誰に日本語を習ったのかと思ってね」
ああと彼女は答えた。
「父が日系の企業で働いていたもので、その同僚の方の言葉を聞いて覚えました、父の会社には、日本人の女性が居なかったもので」
「いなかった?」
「その理由は、幼い頃にはわかりませんでしたが、今はわかります」
男尊女卑と、彼女は難しい言葉で答えたが、コウゾウには少々的外れな見解に聞こえた。
(日本の言葉に詳しいというわけでもないようだな)
それが感想になる。
会話に熟達しているからと言って、単語に通じているとは限らない、それが表現のずれに繋がっているのだろうと適当に察する。
コウゾウは改めて彼女の容姿を観察した。
髪は短く切ってしまっている、目は釣り上がり気味で、性格のきつさを想像させる。
椅子に座っていても、背筋を伸ばしているからか、精悍さを覚えてしまう。
さらに言葉がこれなのだから、男は付き合い難さを感じるだろう。
これならまだ、葛城ミサトの方が女らしさを感じるなと比較して、コウゾウは内心でかぶりを振った、失礼にあたると。
──もちろん、ここにいる彼女、マリア・サーフェイスに対してである。
一同が目を通しているのは、日本本部がチルドレンに対して、どう接しているかを説明している資料であった、そこには当然のごとく、スクールの資料も添付されている。
特に驚いているのは、ドイツから来た男だった、ゲイザーと言う、妙に体躯の良い男だった。
赤ら顔で、口のまわりに、濃い髭が生えている。
(これではフィフスが感化されたのも、無理はないな……)
欠けているのは緊張感だった、危機感と言っても良い、妙に呑気な空気が漂っていると想像できる。
ナンバーズは異分子である、同じチルドレンであったとしても、その性質は大きく異なる。
チルドレンは、元々、実験のために集められただけの、ただの子供たちに過ぎなかった。
ナンバーズという呼称は、その中に現れた能力者を、区分するために付けられたものだ、この差別化によって、軋轢が生まれなかったはずが無いのだ。
彼が懇意にしている精神分析医はそう伝えている。
これは必然でもある、ナンバリングは、ただの人間である子供たちには、気持ちの悪い存在として捉えるための基準となり、逆にナンバーズにとっては、特別視されることになるという、心理的圧迫感を感じさせるものになる。
番号付けが人間に与える心理的影響は大きい、管理されているという認識は精神的な鬱屈を生む。
揚げ句、常に特別扱いされることになるのだ、普通に接しては貰えない、普通に話しては貰えない、慰めては貰えない。
これは心を歪ませる元凶になる。
その結果、特別視される者達は、心の均衡を保つために、周囲の期待通りに、特別な存在に変わろうとする。
それは傲慢になったり、尊大さを身に付けたり、あるいは卑屈さに身を小さくしたりと様々なのだが、そのままでいられるわけがないのが当たり前である。
そして、周囲もまた、これまでと同じように触れ合っていくことはできなくなる。
(希有な例か)
この街では、それが、非常にバランス良く『運営』されているらしい、そこには注目するべきところがあるのだろうが、生憎と、資料を見る限りではわからなかった。
「……」
今日も実験は行われる。
電極を張り付けられたシンジの格好は、実に酷いものだった。
黒のスパッツを穿かされている、上半身は裸だ、胸、腹、背中とコードが繋がれている。
腕、手首、指先にもだ。
頭にはコードの繋がる冠のようなものが被せられている、それを見て、アスカは忌憚のない意見を吐いた。
「どうしてこう、前時代的なの?」
振り返ると、そこにはリツコが居る、アスカは気がつかなかったが、彼女が立ち会っているのは、妙だった。
未だシンジが力を取り戻すかもしれない兆候は見つかっていない、なのにエヴァ関係の主任研究員である彼女が、暇を惜しむどころか暇を作ってまで陣頭指揮を取っている。
リツコはアスカの言葉に苦笑するしかなかった。
「段階を踏んでるからよ」
「段階?」
「ええ」
リツコはマヤに指示を出してから説明した。
「表面上は、もう問題がないように思えるわ、医学的にも健康そのものだけど、エヴァに関してはむしろ魔法の分野でしょう?、もし危ういところでバランスを保っているんだとしたら?、そこにX線なんて当てられる?、軽くレントゲン写真を撮るだけのつもりだったのに、細胞の活動を狂わしてしまった、実はエヴァによって、身体のバランスはかろうじて保たれていただけだった、なんてこともありうるのよ」
常人にならば耐えら得る程度の軽い刺激で、生体バランスが壊れる可能性を示唆している。
それに気がついて、それでも、でもとアスカは思った。
(だったら、食事はどうなるのよ?)
香辛料など、調味料には刺激物が多い。
そしてそれは刺激には留まらず、身体に様々な影響を与える。
(ほんとは、それほど心配してないんじゃないの?)
実際、シンジの日常生活に関しては、なんらの制限もかけられていない状態にある。
訝しさを感じながらも、アスカはそこになにか意図があるのだろうと察して、深くは追求しないでおくことにした。
「それじゃあ、始めましょうか、今日の実験は……」
「……」
同じ頃、別の場所ではレイがやることもなく暇を潰していた。
決して狭くは無いはずの部屋なのだが、あまりにも散らかし放題なために、足の踏み場も無い状態に陥っている、ミサトの部屋だ。
様々な資料、請求書、要望書、紙がうずたかく積まれている、床に散っているのはそれが崩れた結果だろう。
だが、当の部屋の主には、それを片付けるつもりが無いのか、放置されたままとなっていた。
「見なくてもわかるってのよ、どうせ施設じゃ手に負えないから、こっちで引き取ってくんないかっていう、陳情書とかでしょう?」
ここは乳母捨て山かと一人ごちる、しかし下手に一般社会で生きるより、この街で寂しさを堪えて暮らした方が良いのもまた事実ではあった。
問題は、それを当人がどう受け止めるかだ、第三者的な観点からすれば、迫害を受けなくなるだけでも十分に益のあることだろう、しかし本人にしてみれば、捨てられたという以外に、受け取り方は見つからない。
ヒネて、グレて、どうなることか、わかりはしない。
(ケアするにしても、あたしらじゃどうにもならないし、結局は任せるしかないんだけどねぇ……)
そうやって捨てられた者が、人間不信に陥るのは無理のないことだ。
そのケアまでは務められない。
ミサトはデスクについて、コーヒーカップに口を付けていた、わざとらしく取っ手を人差し指と親指で持っている。
ぬるい、ついでにもう無くなりかけている、だが一気に飲まずに、ちびちびと舌で味を感じる程度にとどめていた。
呑み切れば、必然的にレイの相手をするしかなくなってしまうからである。
──うにうにうにうにうに。
そのレイはと言えば、デスク前の紙屑にまみれて転がっていた。
横になって丸まったまま、背中をデスクにくっつけているのは、少し寂しいからだろう。
「あのねぇ」
ついに根気が切れたのか、ミサトは溜め息交じりに忠告した。
「なに悩んでるのか知んないけど、こんなところに転がってて、解決するもんでもないんでしょう?」
うっと唸り声、かろうじて肩が強ばるのが見えた。
レイにしてみても、ふざけてはいるものの、一応は葛藤の中に沈んでいた。
気分的に落ち込んで、シンジの真似をしたものの、本質的にそれが長く続くはずも無かった。
もともと、性格が違うのだ。
レイにはミサトが居たし、リツコも居たし、あるいはゲンドウやその他の人間が常に居た。
その中で、扱いや接し方を、互いに模索して、それぞれに関係を築き上げて来た。
良くも悪くも、一人で悩んだ経験がレイには無かった、いや、最後まで悩み、結論を出した経験がレイには無かった。
ミサトは苦悩を見かねてと言うよりは、ただ鬱陶しくなって、机に肘を突いて手を組み合わせ、その上に顎を落として問いかけた。
「話したいんでしょう?、誰かに」
迷っているのが良くわかる。
「言いたかないなら、好いけどねぇ」
今度は、わざと素っ気なく振る舞う。
そんな波状攻撃に負けてか、レイはついに屈伏した。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。