──非常警報が発令された。
 ミサトは大急ぎでやって来たのか、息を切らせたまま、かすれた声で状況を訊ねた。
「何が起こったの!」
「使徒が!」
「使徒が、なんなの!」
 だが、訊ねたミサトもまた、次には言葉を失ってしまった。
「なんなのよ、これは……」
 正面モニターに大写しにされている光景に、絶句に近い心境へと陥ってしまった。
 使徒が……、使徒同士が、同士討ちを行っていた。
 サキエルが光の剣を撃ち込めば、それを第四使徒が鞭でさばき、打ちすえる。
 一方、黒い影が広がり、多数の使徒を呑み込もうとすれば、あろうことかイスラフェルは影を直接掴んで、腰まで沈んだ位置で持ちこたえ、影に光の洗礼を浴びせた。
 苦しみもがいて、影は赤黒くひび割れ鳴動をする。
「なにが起こってるの……」
「碇、これは」
「ああ」
 ゲンドウは重々しく頷いた。
「始まったな」
「第二の時かね」
「攻守の交代だよ」
 コウゾウにだけ聞こえるように話す、それは考えをまとめるための独り言に近かった。
「使徒、それは自動兵器であり、一方は黒き月の守り手、そして他方はエヴァに代表される、侵入者だ」
「わかっている、だからこそ黒き月にとって我々は外敵であり、旧人類側にとっても、邪魔なだけの闖入者でしかない」
 それ故に、双方から邪魔者として位置付けられて来た、だが。
「ここに来て、黒き月にとっては、待ちわびていた者が現れた、月はその者を待ちわびて、迎えようとして攻勢に出た、そして月の破壊が間に合わなかった旧人類側としては、それは阻止しなければならない問題になる」
「それ故の、攻守交代か」
「ああ」


「まったく忙しいったら!」
 アスカである。
 コンビニエンスストアから帰った途端、慌てたシンジに緊急事態を告げられた。
 着替えた時に携帯電話を手放していたからか、自宅宛に電話がかかって来たのだ、それを受けたシンジの顔色は、酷く悪いものだった。
(心配させることになっちゃったじゃないっ、もう!)
 まるで子供に大丈夫だと言い含ませて飛び出して行く、親のような心境になって愚痴をこぼす。
「ミサト、状況は!」
『ちょっと待って!』
 スーツの手首にある通信機を口元に当てて問い合わせると、ミサトは先程、自分自身が苛立った言葉をアスカに放した。


「こりゃ駄目ですね」
 日向の報告は要点すらも判然としないものだった。
「状況は無茶苦茶です、使徒のタイプも敵味方入り乱れてて」
「どういうことなの?」
「乗っ取りですよ、3号機が食らったような……、『エヴァ側』が味方に付けてるのか、エヴァ側がやられているのかは、わかりませんが……」
「どの道、種別で二派に区別することは、できないってわけね?」
「はい」
 答えている間にも、日向の手は止まらない、それは青葉も同じである。
「エヴァらしき人型に生体反応はありません、完全に死んでます」
「なのに、動いてるの?」
「表皮に粘菌の乾いたものが張り付いてます、張り子ですね、内部から動かしている模様です」
 侵食した粘菌が、筋肉の代わりに収縮しているのだと、分析結果は示していた。
「なるほどね……」
 ミサトは改めて、エヴァンゲリオンを発見したからと言って、不用意に手を付けることへの危機感を再確認した。
「こうして見ると、ゼロに、ゼロワン、それにゼロツーは、ただ運が良かっただけだったってことか」
「は?」
 ほら、とミサト。
「あそこに見える数だけでも、エヴァタイプは四体、それらが全部、3号機の時のように、『ゾンビエヴァ』になる可能性を持っていた、ということよ」
「……なるほど」
「もし、それだけのエヴァが揃ったら?、研究用に一体くらいって、どこかに運ぶことになってたでしょうね、そしてそこで覚醒した、狂ったエヴァンゲリオンは」
「暴れ続ける、ですか?」
「止める術なんてないもの、ここにはレイに、アスカ、シンジ君、鈴原君に、渚君だって居たから、安心できたけど……」
 だが、シンジ、トウジはリタイヤし、カヲルはもうここには居ない。
 残るのは、3号機によって散々な目に合わされた二人だけである。
「……もし生き残れたら、量産機の建造、上申しないといけないわね」
「でも……」
 耳を立てていたマヤが、ぽつりとこぼした。
「レイちゃんは良いです、昔からの付き合いだし、シンジ君も悪い子じゃありません、アスカちゃんはシンジ君を悲しませるようなことはしないと思います、けど……」
 その先はさすがに口を噤んだ、言葉にするのをはばかったのだ。
 もちろん、ミサトにも、言いたいことはわかってしまった。


 チルドレンを鎖に繋ぐことはできない。
 せいぜいが、檻に閉じ込めることぐらいである。
 そしてその檻も、孤立することへの不安、虐待されることへの恐怖心を煽るという、悪辣な方法での精神的な拘束を計るのがやっとである。
 そんな精神的に鬱屈させられることになった人間が、エヴァンゲリオンの様な破滅的な力を持ちえた時、果たしてどのような行動に出るのか?
 綾波レイは、その力故に、嫌悪され、他人との距離を計りおいた。
 惣流アスカは、シンジに近づくためと、使用の目的を明確にし、それ以外を外に置いた。
 ……だが、渚カヲルは、誤った、シンジに出逢わなければ、どうなっていたかはわからない。
 鈴原トウジも、自滅した。
 結局のところ、碇シンジを意識することで、四人が四人とも、他へ力を向けることなく、落ち着いていた。
 だが、これからエヴァのパイロットとして選ばれる者が居るとすれば、それはシンジを知らない人間になる。
 極当たり前の、子供たちになる……
「トライデントの準備、順調のようね」
 リツコは技術開発部に居た。
 目の前には、艤装中の機体が置かれている。
「動くのは1、5、6号機?」
「1号機は軽戦用のフレームですからね、装着が楽でしたから……、5、6号機はノーマルフレームです、武装は標準のバルカンと、外部ウェポンの陽電子銃、こっちはエヴァからの借り物ですが」
「2号機から4号機はどうなってるの?」
「重フレームなんかの開発実験に使ってたんですよ、ごちゃごちゃと余計なものを取り付けてあるんで、とても今すぐ戦闘ができるフレームに変更するのは無理です」
「それで、パイロットの方は?」
「あの三人が志願してます」
 リツコは目を向けて、あの子たちがと驚いた。
 プラグスーツを着て待機しているのが、マナ、ムサシ、ケイタの三人だったからである。
「この機体は大人でも乗れるはずでしょう?」
「それは訓練をすればの話ですよ、それと、大人でも乗れそうだというだけで、実際に乗れるかどうかは……」
 歯切れの悪さに、わずかに苛つく。
「どういうことなの?」
「……コントロール系の一部に、脳波信号を利用したコマンド入力システムを採用しています、三人のためにプラグスーツを用意したのはそのためです」
 リツコはその意味を理解した。
「エヴァと同じなのね……」
「はい、もちろんエヴァほど上等なものではありません、操作を多少簡略化できるという程度です、でも4号機よりはマシですからね、あの三人に頼むのは、あの三人が一番テストに付き合ってくれていたからですよ、一番慣れているから、そういうことです」
 それにと付け加える。
「ムサシ、あの黒いのが居れば、なんとかなるでしょう」
「あの子が?」
「あいつ、『エヴァ持ち』なんですよ」
 えっ!?、とリツコは驚いた。
「なんですって!?、あの子が!?」
「はい」
「いつ目覚めたの!?」
「さあ?、なにせ本人が隠してましたから……」
「でも何故?、今になって……」
 整備士は笑った。
「仕方なかったんですよ、機体が暴走して動き出しましてね、止めるために使ってくれたんです」
「……そう」
 もちろん、そのまま放置することもできたわけだが、リツコは彼の表情から、危険な事態だったのだと察した。
 ムサシに余程感謝しているのだろう、そんな顔だった。
「だけど、その後もナンバーズの登録を受けずに居たんでしょう?」
「……受けると、離れ離れになりますからね」
 え?、と首を傾げ、リツコは顎で促されて気がついた。
「ああ……」
 マナに絡んで、あしらわれているムサシが居る。
「そういうこと……」
「はい」
 二人で微笑む。
「ナンバーズに登録されると、引き離されることになる……、クラスだけではなくて、皆からも付き合いに関して色々と言われる、それを懸念していたようで」
「ま、その辺りのことは、いいわ」
 どうせ、他にも登録を嫌がっている子供たちは居るのだし、放置しているのが実情なのだ。
 強制はしない、それがネルフのスタンスである。
「でも、彼だけで大丈夫なの?」
「フィフスだって、ATフィールドを無力化できる以外は、ただの子供だったんですから……、大丈夫、巧くやってくれますよ」
 リツコは、別の不安を抱いてしまった、渚カヲル、彼と比較することには、酷い手抵抗感を、感じてしまったからであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。