「う、あ……」
全身が強ばり、動けない、金縛りに合う。
震えが来る、押し迫る恐怖、視界いっぱいに女の目が巨大化する。
吸い込まれる……
(走査されている!?)
ゴリアテは心を直接まさぐられるような感覚に恐怖した、思考を読まれるのなら良い、心を固くすればいいだけだから。
記憶を読まれるのなら、過去のことだと割り切ればいい、だが、心はそうはいかない。
喜怒哀楽、『対処しようとしている自分』を見透かされることには堪え難いものがある、泣きたくなる自分を隠そうとする、笑いたくなる自分を恥ずかしく思う、そういった行動の全てを、先回りして片付けられていく感覚。
──身動きが取れない。
予知能力であったならどうだっただろうか?、逃げ出そうとする自分を見抜かれていても、心の内までは読まれていないと安堵できる。
そこに、逃げ出せる道がある。
だが、心では?、今、こうして思い悩んでいる苦痛すらも読み取られている、追い詰められていく感覚に彼は屈し掛けた。
──ふと。
何故だか視線が外された、圧迫感が消える。
「うお!?」
風が、吹いた。
──黄金の風が。
体を押される、両腕で己を庇う、金の粒子が突風となって吹き抜けて行く。
思わず振り返る、だがそこに使徒の影は形もなかった、では、飛び去った使徒はどこへ行ってしまったのか?
体を撫でられた感覚が残っている、肌が粟立ってしまっていた、自分は、確かに使徒の体をすり抜けた。
幻ではない、実体を持った使徒の中に入ったのだ。
「レイさん!」
はっとする、レイノルズだった。
「何やってんですか!、ネルフが大変なことになってますよ!」
「ネルフが?」
言いつつ、不審に思う。
「お前……」
「はい?」
「いや……」
女が居た場所を見る、やはり、居ない。
使徒が居たというのに、レイノルズは少しも焦っていない、では、自分以外の者には見えなかったのだろうか?
(まさか、脳に直接アクセスされた?)
実体を持った錯覚でも見せられたのかと思った、が……
何気に腕の表面に付着していた何かを払い落とそうとして気がついた。
(これは……)
金粉、いや、光の粒子が付いていた。
徐々に光度を失い、消えていく。
幻ではなかったのだと知って、彼は再度震え上がった。
あの女は、一体何者だったのかと、疑念を抱いて。
──洞木コダマのことを、ゴリアテは何も知らなかった。
それも当然で、レイやアスカと違い、ナンバーズとして登録されているだけの、ただの少女である。
注目されるには、その能力も、さほど高いものではなかった。
「うっ、え……」
マヤは口元を手で被いえずいた。
「共食い……、なの?」
使徒たちの狂乱は、更なる展開を見せはじめていた。
千切り、分解し、焼き、臓腑をすする。
きっかけはエヴァだった。
大顎を開いて挑みかかり、歯を立て、噛み砕いて咀嚼し、飲み下した。
──そして変化が現れた。
肩口に種疱が生まれて弾けた、そこから腕が伸びた、生えた、第三使徒サキエルの腕がである。
敵味方のエヴァは、更に敵味方の見境無く食い散らかし始めた、その度に体に使徒の特徴を備えていく、体は一回りほど膨れ、がっしりとしたものになった。
筋肉が膨らむ、筋が限界を越えて弾ける、開いた筋目から垂れる血が瞬時に乾いて殻になる。
──装甲になる。
「統合……、してるの?」
ミサトにはそうとしか思えなかった。
毒が毒を食らって、より悪性の高い劇物になろうとしている。
死んでいたはずのエヴァンゲリオンも、使徒を食らうことで冥府より帰還していた。
脈打つ鎧に身を包み、背中には蝙蝠の羽根が生やし、尻尾まで備えている。
手足には鋭い、凶悪な爪が生えていた、指の数は六本ある。
──肘の突起物も、指が退化したものかもしれない。
「まるで悪魔ね」
「エネルギー係数が、振り切れてます……」
「周辺磁場も歪んでます、重力係数にも異常」
「存在するだけでこれか」
そんな悪魔が何体も生まれた、揚げ句、腕は二本であったり、六本であったり、足が八本であったり、腰には尻尾があったりと、バリエーションにも跳んでいる。
「衝突します!」
うち、二体がぶつかり合った、激震がここにまで轟いた、足元を揺さぶられる、地上では軽い地震を観測していることだろう。
四本腕に二本足の尻尾付きが、八本足の蜘蛛エヴァと組み合った。
四本腕は八本足の手を決めると、残った腕から剣を撃ち込んだ、八本足の腹を打ち抜く。
咆哮、だが八本足が上げたのは苦痛からのものではなく、怒りからのものだった、胸の装甲が弾けるように開く、剥き出しになる赤いもの、コア。
そのコアに、縦筋の波が立った、女性器のような裂け目が開いて、使徒固有の仮面顔が、もぞりとよじるようにして現れた。
眼窟からの閃光、爆発。
腹部を失い、四本腕は吼えた、釣り上げられたまま、ぎちぎちと千切れた背骨を動かす、下半身は倒れたままもがいていた、尻尾が痙攣を起こして地を叩いている。
倒した獲物に、怪物はやはりかぶりついた、肩口を噛んで鎧、いや、甲羅ごと噛み砕いて口中に舌で入れ、噛み砕いて、ごくりと呑んだ。
背中が盛り上がり、ズシャリと羽が生えた。
「……つらぎさん、葛城さん!」
はっとする。
「なに!?」
「トライデントが到着しますっ、エヴァも合流、どうしますか!」
「どう……、って」
ミサトは思わず頭上を振り仰いだ、これは自分の手に余ると思ったからの行動だった。
「目標を問わず殲滅、ね……、簡単に言ってくれるじゃない」
アスカはぺろりと唇を舐めた。
乾いているはずがない、ここはエヴァの『粘液』に満たされているのだから。
……精神的に、追い込まれている?
そう感じて、アスカは自分に舌打ちした、目を走らせる。
隣にはレイ、背後には三機のトライデントが控えている。
マナの機体には、陽電子砲が取り付けられているのだが、重量配分の都合か、股の間で支えるような形になってしまっていた。
続くムサシの機体には、両腕にパレットガンが装着されていた、トリガー部分には引き金を引くための部品が別に取り付けられている。
そして最後のケイタの機体には、背中にポジトロンスナイパーライフルが取り付けられていた。
砲頭の左右に増設されているのはエネルギーパックだ、既に臨戦体勢にあり、タービンが回って蒸気を噴いている。
「マナ」
アスカは彼女に頼むことにした。
「アンタが最後尾で指揮を取って」
『あたしが!?』
ちょっと待ってよとマナ。
『こういうのは、アスカに任せる!、だって経験とか!』
だが、アスカは駄目だと却下した。
「相手はATフィールド持ちよ、対抗できるのはレイだけ、そうでしょう?」
『そうだけど……』
「でもレイだけじゃ攻撃力が足りないわ」
『アスカも行っちゃうの!?』
アスカは、だからだと苦笑した。
「あたしが防御に回らなかったら、アンタたち三人、どうするのよ」
『うん……』
「だからレイがATフィールドの中和、アタシが盾になるから、ムサシとケイタっつったっけ?、どっちかがオフェンス、いいわね?」
『おう』
『うん……、わかった』
二人に不満が出ようはずがないことを、アスカはちゃんと計算していた。
二人が大事なのはマナだ、だからマナが守れるのなら、文句は言うまいと。
アスカはマナに念を押した。
「アタシたちは必死になり過ぎて周りが見えなくなるかもしれないから、アンタがフォローしてよね」
『うん……』
マナの声は、暗かった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。