アスカの懸念は、ただ視野狭窄を起こすかもしれないという、単純な懸念には留まってはいなかった。
──シンジが居ない。
カヲルも、トウジもだ、この状況は、非常にまずいと、アスカの勘は告げていた。
いや、それは勘というよりも、経験から来るものであった、これまでにもあったものだ。
──いざという時、頼りにできる者が誰も居ない。
揚げ句、荷物が増えている。
それも、三つもだ。
使徒は、共食いを犯しながら、強力になっている、手を付けられる怪物が数体と、手を付けられない化け物が一匹。
どちらが良いかと問われれば、まだ手出しができる段階こそがマシだろう。
しかし、既に間に合わなかったとすれば?
そのためのシフトだった、レイのATフィールドで中和できないのなら、もはや手が出せる段階にはない、自分が盾となって、皆を逃がさねばならない。
そんな悲壮な決意を胸に抱くアスカであったが、彼女はシンジの顔を思い浮かべはしなかった。
「アスカ……、大丈夫かな」
言葉にはアスカの名だけを上げてしまったが、ちゃんと心中では、ミサトやレイのことも案じていた。
(あの時は、加持さんに乗せられたけど……)
家のベランダから見える景色に、今は変わったところは見られない。
いつもの夜景だ、代わり映えのしない闇と、ちらつく街の灯。
夜風はぬるく、きつい、それは部屋が高い場所にあるからだろう。
落ち着いている、ということは、前ほど危険な状態ではないと思える。
──右手を見る。
汚れていた、雨ざらしのまま、最近ベランダの掃除をしていなかったなと思い出す。
手すりの汚れが付いていた。
ふと……
下に目を向け、シンジは路上に停められているワンボックスカーに気がついた。
「あ……」
男がサイドドアにもたれかかって、煙草に火をつけようとしていた、向こうも気がついたのか、よぉっと片手を上げた。
「加持さん」
シンジは嫌な感じたと顔をしかめた。
「いける!」
レイの中和が効いたのか、向かって来た一体への着弾に成功した。
ムサシは残弾尽きるまで引き金を引き続けた、パレットガンの銃口が赤く焼ける。
反動に堪えられないのか、アームが暴れる、腕が跳ね上がりそうになる、レバーにはそのフィードバックが帰って来ている。
ムサシは必死になって、レバーの揺れを押えつけようとした。
「前に出ないで!」
アスカは下手に静止できないもどかしさから慌ててしまった、のめり込んだムサシの機体は、徐々に前身を始めている。
ゲーム中、運転中、慣れていない人間は集中する余り前のめりになる。
その微妙な動きを思考制御システムが命令として実行してしまっているのだ。
ムサシはアスカの叱責に、トリガーは引いたままで機体をゆっくりと下げさせた、その動きを見て取り、安堵する。
危険だと静止しようとすれば、自分が銃弾を浴びることになりかねない、引き金を引いた状態で指が硬直し、それに気付かないまま振り向かれることだってあるのだ。
それは、自分が過去に犯しかけた失敗談でもある。
──鬼は、防御態勢を整えたまま、そんなトライデントの動きをじっと見ていた。
形状は、最も元のエヴァンゲリオンに近いものだった、装甲が甲羅化し、肉と融合して血管を浮かせているのは仕方ないとしても、火線に浮かび上がるシルエットは、やはりエヴァンゲリオンそのものだった。
両腕をクロスさせて堪えている、内側の目にはゼロと、その脇に控えている船体が写り込んでいた。
(まずい!)
直感が警報を鳴らす、アスカはトライデントを突き飛ばした、ぶつけられたゼロももんどりうって転がった。
「がっ!」
ムサシは派手に揺さぶられて、シートに派手に後頭部をぶつけた、一瞬気が遠くなる。
「なんっ、だよ」
計器類が派手に火花を散らし、警告を発している、エヴァとは違って、純粋な機械構成のトライデントには、衝撃を吸収できる弾力性は無い、許容数値を超えた捻じれを受ければ、壊れるだけだ。
腰部に、脚部、重量を支える幾つかの箇所が、致命的な損傷を受けていた。
『アスカぁ!』
だが、ムサシには、何をするんだよと罵声を張り上げる暇など与えられなかった。
モニターが紅蓮に染まる、自動的に調整がかかる、炎はアスカの発している炎の翼であったが、それでも使徒の放っているものに押されていた。
──第四使徒の鞭である。
融合使徒の左手首から、ピンと伸びた鞭が弐号機の喉を刺し貫こうとしていた、アスカはそれを、炎で押し返しているのだ。
裂かれた炎が渦を巻いていることから、鞭からはなんらかのエネルギーが放出しているらしい、ムサシはゾッとした、下手をすれば直撃を受けて死んでいたのだと。
「くっ」
起き上がろうとしてレバーを握るが、計器の一つがショートして吹っ飛んだだけだった。
ガラスの破片に頬を切られる、反射的にでも目を閉じてしまった自分にいきり立った。
「あああああ!」
レバーを握る手に力を込めて、集中する。
直後、ムサシの力が発動した。
「なにやってんですか、こんなところで……」
慌てて下に降りてみると、車のドアが開いていた。
二人、数が増えていた。
「紹介するよ、海の向こうから来た、ナンバーズだ」
「マサラでぇ〜っす、ぶい!」
「リック、よろしく」
シンジは返事をせずに、顔をしかめた。
「今度は、なにを企んでるんですか?」
おいおいと加持。
「人聞きの悪いことを言わないでくれよ」
「でもでもぉ、おじさんって、悪い人なんでしょお?」
えいえいとつつくマサラに肩をすくめた。
「味方なし、か、こりゃ分が悪いな」
すまないねとリック。
「僕は、この人に関係なく、ここに来たんだよ、君に興味があってね?」
「僕に、ですか?」
苦笑する。
「ああ、さっきちょっと、惣流アスカさんにふられちゃってね、それでボーイフレンドの君のことを知りたくなって、来てみたのさ」
冗談めかして話すリックに、シンジはボーイフレンドって、っと首を傾げた。
「なんですか、それは……」
「なにって?」
「だって、アスカが好きなら、僕を調べて、どうするんですか?」
「敵を知り、己を知らば百戦危うからず、だったかな?、この国の言葉だろう?」
違うと思うがと加持が割り込んだ。
「日本語に訳されただけだろう?、それは」
「そうですか?、まあ、あるのなら構わないでしょう?」
ねぇっとシンジに振る。
「アスカさんの気を引きたかったら、まずは君を倒すことが一番かなと思ってね」
「倒すって……」
僅かに引いたシンジに、リックは慌てた。
「ああ、倒すと言っても、精神的な意味で勝つという話だよ、別に殴り合いや、『力』での決着なんて、暴力的な話じゃない」
「はぁ……」
「でないと、何てことするのって、アスカちゃん、まっすますシンジ君とくっついちゃうもんねぇ?」
ねぇ〜?、っとしつこいマサラに対して、リックは手で顔を被った。
どうしてそう、人を計算高く、嫌な奴に思わせるのかと。
「まあ、立ち話もなんだ……、どこかでお茶でも」
その時、携帯電話が非常時に鳴るメロディを奏でた。
「はい、はい……、わかった」
加持は電話をしまうと、やれやれと毒づいた。
「マサラ、お呼びだよ」
「え〜〜〜?」
「君の力が居るそうだ」
やだやだとシンジの腕に組み付いて泣く、余程お茶の魅力に負けているらしい。
そんな風にごねるマサラには、何を言っても無駄だと悟っているのか、リックはぐっとシンジの背を押した。
「悪いね」
「え?」
「ダダッ子と同じなんだ、暫くすれば離れるから」
「離れるからって、え!?」
車の中に押し込まれてしまう。
その膝の上には、胸に抱きつくようにして、むぅ〜〜〜っとマサラが……
「ちょ、ちょっと待ってよ、そうだ、家、家の鍵!」
「オートロックだろう?」
無情に答え、加持が運転席に乗り込んだ、リックと二人で、同時にドアをバタンと閉じる。
「ちょっと待ってってばぁ!」
言っているのだが、聞いてくれない。
「リンゴのタルトにちょこムースぅ!」
こちらもまたさりげなく、グレードを上げているマサラであった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。