(……え?)
アスカはくらりと眩暈を感じた。
(違う、これって……)
いつか感じた感覚だった。
自分がよろめいているのではない。
空間が捩れていくのだ、その光景に惑わされて、平衡感覚を間違えてしまった。
『アスカ!』
レイの叫び、しかしバッテリーが最低レベルに達した機体はテンションが上がらず、鈍く反応を示しただけだった。
(間に合わない!)
ガン!、音だけがした。
そっと閉じてしまった目を開くと……
「え!?」
レイもまた驚いた。
「エヴァンゲリオン01……、シンジクン!?」
雄叫びを上げて、掴んだ腕を振り回す、引きずられて怪物の体は床に、天井に、壁に叩きつけられた。
──ドン!
さらに、立ち上がる間も与えずに頭を踏み付けた。
──グシャ!
頭蓋骨が割れ、眼球と脳漿が飛び散った。
「……シンジ、なの?」
あまりの残虐さに信じられず、近寄れない。
ズシャリと前に出る影、ゼロだった。
「レイ?」
「……」
レイもまた判断はつきかねていた。
『眼』が通じない以上、勘に頼る他ない、そしてその勘はシンジではないかもしれないと警告を発している。
──それでも。
心が理性を凌駕する、あれはシンジだと、エヴァ01に『似た』背中に、シンジの面影をだぶらせてしまう。
「シンジク……」
歩み出そうとする、一歩前へ、そのレイの動きが断末魔の痙攣を起こしていた怪物ごと静止した。
「リー!?」
振り返る。
「なにやってんの!」
しかし、答えたのはマサラだった。
「早く攻撃して!」
「攻撃!?」
「そうよ!、あれは敵よ!」
「敵って……」
「あれは敵なの!、敵じゃなきゃダメなのぉ!」
ちょっととアスカは反発した。
「なに言ってんのよ!?、全然意味わかんないじゃない!」
「わかんなくてもやるの!、このバカ!」
「バカってなによ!」
「わっかんないの!?、同じじゃない!、あの甲羅!、あいつらと同じじゃない!」
それがアスカの呪縛を解いた、鎧のように見える甲羅は、確かにエヴァを模している使徒の統合体に共通するものである。
「ゼロワンに似せたって言うの!?」
「そうよ!」
「くっ」
アスカは攻撃をしようとした、しかし声が邪魔をする。
『だめよ!』
「リツコ!?」
「ちょっとぉ、おばさんは黙っててよぉ!」
何かを堪えたようだった。
『良い、良く訊いて』
押し殺した声で伝える。
『そこにいるのは、シンジ君よ』
「シンジなの!?」
じゃあっと表情をほころばせる。
「初号機、直ったの!?」
『いいえ』
否定する。
『直ったんじゃないわ』
「え……」
「えええええ!?」
ウソッと、マサラが悲鳴を上げた。
「どうして動けるのぉ!?」
時間の止まっている限定空間の中で、シンジの化けたエヴァだけが、なんらの障害も感じさせずに歩き出した。
正面、止まっている最後の怪物を殴り飛ばす。
──ゴン!
だが時間が止まっている以上、その衝撃は通じない、エヴァは振り返ると、瞼を閉じて必死に力の維持に努めているムサシと、ヒッと小さく悲鳴を上げたマサラの乗る機体に向かって、左手を伸ばした。
「きゃあ!」
身を庇うアスカ、だが吹き抜けたのはそよ風だった。
「え?」
「がっ!」
「きゃ!」
背後で鋭い悲鳴が上がる。
「なに!?」
マナからの報告。
「二人とも気を失ってる!」
「なんなの?」
──フォオオオオオオーーーン!
敵である獣が吼え立てた。
「変形……、していく」
腕が二本になり、足も二足になる。
背から生えた翼が広がる。
「悪魔?」
前傾の姿勢になり、体が雄牛のようにむくみ出す。
腕が、足が太くなる、逆に生えた尾が細くなった。
指先に、尾の先に、鋭い刃が尖り出す。
──グォオオオオ!
だが禍々しさではどちらにも軍配は上がらなかった。
腹に響く咆哮を上げて、エヴァンゲリオンが突進していく。
ドン!、ぶつかる、悪魔はそれを受けて堪えた、数歩分足を滑らせただけで押し返す。
──ガァアアアア!
エヴァの喉元を掴み、爪を突き立てて、引き裂いた。
血管が千切れ、鮮血が噴き出す、気管が破れ、空気がヒュウと音を立てる。
だがエヴァは無視して、悪魔の脇腹に手刀を入れた。
──クギャアアアア!
あばら骨を掴んで引き抜く、バキンと折れる音が鳴った。
横腹を押えて後ずさる悪魔の脳天に骨を突き刺す。
ドン!、っと、内部から圧迫された目玉が半分飛び出した、貫かれて顎が落ちる、無理矢理開かれた口腔の奥に、真っ白なあばら骨が見えてしまった。
お返しだとばかりに喉を掴んで、引き、突き飛ばす、めり込んでいた指がその皮と肉を剥ぎ取った。
背後に倒れ、悪魔はもがいた、頭、喉、どこを庇えばいいのかわからない状態で転がった。
手足が、翼が、異常にばたつく。
エヴァは……、それを見下ろしながら、撫で付けるように奪った肉を喉に擦り付けた。
──傷が消える。
「取り込んで、補修したの?」
腕を振り上げる、振り下ろす。
見えない圧力で打ち据える。
右腕、左腕と交互にくり返す、その度に悪魔のからだからは肉が剥げ、血が飛び散った。
──グォアアアアアア!
埒が明かないと踏んだのか、エヴァは掲げ上げた右腕に光球を宿した、手のひらが光を取り込んで、赤く、赤く染まって行く、発光する。
「あれは……」
アスカはぞっとして叫んでいた。
「逃げて!」
「え!?」
「なに!?」
「あれは!」
いつかの時に、使徒を一瞬で滅ぼし、あまつさえジオフロントの数層を繋げて見せた……
しかし、説明しているような暇など与えられなかった。
白色に視界が染まる、全ては、閃光の中に掻き消えた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。