「あ、あ、あ……」
 モニターが白色に染まり、それを見るものの顔色までも変えて見せた。
 誰もが彼らの死を信じて疑わなかった、しかし……
(影?)
 閃光が収まっていく、その中に、幾つもの影が確認できた。
「信号、確認」
 マヤがぼそぼそと口にする。
「全機、無事です、周辺への被害も、ありません……」
「使徒は……」
「消滅した模様です」
 だが、誰もほっと胸を撫で下ろしはしなかった、誰にも何が起こったのか、何一つ理解できなかったからである。
 ──恐怖心こそが、上回っていた。




(ん……)
 薄目を開く、それでさえも億劫だった。
(ここ……)
 ぼんやりと見えるのは青白い天井。
 耳に触る心電図の音。
(シンジ……)
 隣を見れば、ベッドに寝ていた。
(なんだ……)
 ほっとする。
(無事……)
 だったんだ、と思考する間も無く、瞼を閉じる。
 ──ガタンと鳴った。
(え?)
 景色が変わった。
(ここ……)
 あっと気がつく、電車だ……、夢?
 アスカはそう考えた。
 夢特有の、整合性の無さと、それに反する矛盾した現実感リアリティー
 明らかにおかしな状況なのに、なぜか自然な光景であると受け入れてしまえた。
『君は、誰?』
 え?、と思った。
 シンジの声が、どこかから聞こえた。
『僕は、君だよ』
『違う、僕は、僕だ』
(シンジ?)
 隣の車両に、人影が見えた、二人居る……、向かい合って座っている。
『そうだね、君は、君だ、でも同時に、僕も、僕だ』
『そんなの、勝手だよ』
『でも、君はもう、人間じゃない』
『違うっ、僕は僕だ!』
『違うね、君はもう、君じゃない、わかるだろう?、君は君である必要を失くした』
(なんの話よ?)
 先が読めない。
『君は、大事なものを見付けたんだ、だからもう、代わりなんていらないんだよ』
『だから、僕は君になったの?』
『そうだよ?、これからは、僕が君だ、同時に、僕は、君でもある』
『そんなの……』
『寂しい?』
『……』
『でもね』
 少年の瞳が、アスカを見た。
『僕たちに、必要だったのは……』
 ガタンと揺れて、アスカはあっと悲鳴を上げた。
 掴んでいた『らしい』つり革に慌ててぶら下がり、震動に堪える。
 ──駅に着いていた。
「あ……」
 再び、少年たちへと意識を戻そうとしたのだが、扉が開いて……
 真っ白な日の光に目をやられて、何も見えなくなってしまった。


 ガチャンと受話器が下ろされた。
「アスカが気がついたそうよ」
「そう……」
「これで『全員』の無事が確認されたことになるけど」
「無事?」
 ミサトはリツコに、酷く剣呑な視線を送った。
「どこがどう無事なのよ?」
「……」
「シンジ君のあれはなに!、あんな……」
 口にするのははばかられるのか、噛み潰してしまう。
 しかし、気持ちは発令所の皆に伝わってしまった、誰しもが俯くようにして目を逸らす。
 ──フォ、フォ、フォオオオオオオオオオーーーー……
 光の中心に、黒い獣の影が見えた。
 枯れ木のように細い体をがくがくと揺らして、喜びの声を上げていた、歓喜、咆哮は敵を打ち滅ぼしたことに対するものだった、が。
 ガクンと。
 体を強ばらせ、次には膝を折るようにして崩れ落ちた、頭から前に倒れる、ゴツンと額を床にぶつけた、酷く危険な倒れ方だった。
 ──その体が、崩れ始める。
 紐解けるように、剥がれるように、殻が崩壊して渦を巻いた、それらが捻り上がってこね回されて、凝縮されて、別の形状へと固まっていった。
 ──碇シンジという、人の形に。
「いったい……」
 搾り出すように、口にする。
「シンジ君は、どうなっちゃったのよ」
 見かねてか、目を背けるリツコ、その仕草が癇に触って、ミサトは先程以上に激昂した。
「答えなさいよ!」
 殴りかからんとする勢いで怒鳴る。
「あんた、エヴァの総責任者なんでしょうが!」
 ぎゅっと拳を握り、唇を噛み締める、だからこそ苦しんでいるのだと、何故気がついてくれないのかと、リツコもキレた。
「そうよ!」
 怒鳴り返す。
「じゃあ、教えてあげるわ!、シンジ君は人間をやめた、それだけよ!」
「それだけって」
「わからないの!?、生物の最終進化形態が完全体だというのなら、人が人である必然性なんてどこにあるのよ!、コミュニケーションを取る、いいえ紛れ込むために必要な、わたしたちに似せた姿を持っていればそれで十分!、今のシンジ君の姿なんて擬態に過ぎないわ!、人間の姿なんて!」
 ──そんなの!
「もう人間じゃないじゃない!」
「だからそう言ってるでしょ!」
 リツコの声は震えていた。
「今はまだわたしたちとコミュニケートを取るつもりがあるから良いわよ!、でもね!、わたしたちを避けたくなるような何かがあった時には、それさえも必要を無いと判断して、『症状』を進行させるでしょうね!」
 最後通牒を突きつける。
「人間であることなんて忘れてっ、自分だけの世界へと飛び立つのよ!」
 そして。
「新しい種としてっ、新しい世界のアダムとして!」
 パンッと頬が打ち鳴らされた。
「あんたなに言ってるかわかってんの!?」
「言わせたのはあなたでしょうが!」
 パンッとリツコはぶち返した。
「人がせっかく、こんなこと言わない方が良いって我慢してたのにっ、無理に言わせたのはあなたでしょうが!」
 マズイと感じたマコトとシゲルが、二人の体を羽交い締めにした、掴み合い、殴り合おうとする二人を、懸命に引き離す。
「落ち着いて下さい!」
「葛城さん!」
 だが頭に血が上った二人の耳には届かなかった。
 結局二人は、マヤが呼んだ保安部の人間が取り押さえに来るまで、男二人を振り回して、相手をひたすら罵り続けた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。