コウゾウは一人でとある施設に向かっていた。
(気持ちが追い付かんな)
そう思う。
『これを見ろ』
『なんだ?』
『ドイツからの報告書だ』
『ドイツ……、フィフスか!』
『そうだ、奴は手に入れたぞ』
『だから焦ったのか、それでシンジ君に』
ふぅっと、めっきり癖となっている溜め息を吐く。
(フィフスは確かに、最強への階段を上っている、だがそれは現存している生物の能力を極限にまで高めるだけの行為でしかない、『黒き月』が求めているのは頂点に立つ生物ではないのだ、あくまでも『次世代』を担う『存在』でなければならん)
つまりは。
(渚カヲルという、人という種の能力を極限にまで極めた者が立ったとしても、月は認めはせんということだ、それを越えた、次元の違う、変異種こそを、月は求めているのだからな)
そしてゲンドウは、人為的に変革種を創造した。
息子を土台に、生贄にして。
「やり切れんな」
ドグマと呼ばれる場所の最下層。
幾つもの扉をくぐり、長い長いエレベーターを下りると、そこは古い放棄された区画が存在していた。
その奥まった場所へと足を向ける、途中、巨大な人の骨が何百、何千と積み上げられている場所を通った。
──エヴァの墓場。
明かりは、ない、壁が赤黒く発光している、まるで生きているように、透けて見える、血管を流れる血のような色を、壁はこぼしていた。
──カツ。
そこは、周囲を水槽によって囲われた部屋だった。
中央、天井には脳を象る巨大な機械がつられていた、その下に、円筒の管が立てられていた、ガラスの内側には、黄色い液体が満たされている。
──ぽこ。
少女の口から、空気が洩れた。
筒の中には、少女が沈められ、封じられていた、髪が泳ぐように逆立っている。
──綾波レイ。
「碇は来んよ」
コウゾウは薄く開かれた瞼の奥の瞳に答えた。
「どうかね、五年ぶりの調整層は」
眉の間に皺が寄る、それを見て、コウゾウは笑った。
「そうだな、気持ちの好いものではないか……、まあ、後三十時間ほどで外に出られるよ」
機械を見上げる。
「その時には、シンジ君も目を覚ましているだろうな」
レイは再び、目を閉じた。
●
「……」
アスカは眠っているシンジの頬をぷくぷくとつついた。
(あの夢……、なんだったんだろ?)
うーんとシンジの枕許に頬杖を突いて考える。
背後で音、扉が開いた。
看護婦だった。
「惣流さん、ちゃんとベッドで寝てないと」
「はぁい」
渋々自分のベッドに戻る。
アスカはベッドシーツを取り替えようとする彼女の動きを目で追いながら、問いかけた。
「ねぇ、退院の許可って下りないの?」
返事は冷たいものだった。
「まだよ」
「え〜?、でもナンバーズの治療員が来ないってことは、そんなに大したことないんでしょ?」
仕方がないなぁと溜め息を吐く。
「でもね、過労は栄養の失調とかからも来るものなのよ?、いくらナンバーズでも無いものを体内に生成してあげることはできないんですって、だからちゃんと栄養のあるものを食べて、寝て、体を休ませないとね、あなたに必要なのは、そういうことなの」
アスカは不満に、ちぇーっと唇を尖らせた。
「食べろって言われても、あんまりおいしくないんだもんなぁ」
「病院の食事だから……、けど」
「なに?」
「……こんなこと話していいのかどうかわからないけど」
技術部の『カレ』から聞いた話だと前置きをした。
「ほら……、エヴァンゲリオンの中って、液体で満たされてるんでしょう?」
いいのかなぁと思いつつも答える。
「うん、酸素とかちょっとした栄養も供給されてるから、沈んでても大丈夫なんだけど」
「それがね……、あなたが引きずり出された時の組成成分を調べたら、濃度が酷く高くなってて、それであなた、気絶したんじゃないかって言うのよ」
へぇっと、アスカの目に変化が現れた。
「それで?」
「うん……、どうも、エヴァンゲリオンが過度の『ストレス』を感じて、内分泌物を濃くしてしまったんだろうって……、そういうところ、人間と同じらしいから」
「人造人間だもんね」
「そうね、エヴァンゲリオンも失神に近い状態で気絶……、活動停止してたらしいし、そんなわけでね、あなたの胃、相当荒れてるから、あんまり油気の強いものとかは出してあげられないのよ、ごめんなさい」
ま、とアスカは肩をすくめた。
「そういう理由なら、仕方ないわね」
「そうね」
くすりと笑う。
「退院した後、美味しいものを一杯食べられるように、後でグルメ雑誌を持って来てあげるわ、良いのが載ってるんだから」
「げぇ、やめてよねぇ……、我慢できなくなっちゃう」
「じゃ」
二つのベッドのシーツの交換を終えると、その看護婦は出ていってしまった。
「器用なもんねぇ……」
寝ているシンジに呻き声一つ上げさせないで、シーツを交換していってしまった。
「でもねぇ……」
アスカはまた、どこか冷めた、そして真剣な眼差しをした。
(どういうつもりで、アタシたちを同じ部屋に押し込めてるんだろ?)
看護婦の説明では、半分も納得できないと訝しむ。
脳裏にこだますのは、ミサトからの言葉。
──場合によっては。
外国から来たナンバーズの処分役を担わせるというもの。
それを……
(シンジも、対象に入れろっての?、あんたたちは)
それは、アスカには、到底受け入れられないことだった。
●
全人類とシンジのどちらを取るかと聞かれれば、今のアスカの答えは決まっていた、シンジである。
比べようもない、たとえ冷たい理由だとしても、そうなってしまうのだ。
なにしろ自分は、これから自分らしく生きるために、シンジの存在を必要としている、たとえ親友達の無事を優先したとしても、結果シンジが居なくなるのでは、自分はもう未来に対して希望が持てなくなってしまうからだ。
自分は結局、酷いだけの人間だったと絶望し、苦しみ、死ぬしかなくなる。
それならむしろと思うのだ、考える。
シンジの害になるのならと思い、悪いナンバーズの処刑役を引き受ける覚悟を作ろうとしていたが、その対象にシンジを含めと命令されれば、それは話が違って来る。
あくまで、シンジのためにやるのだ、そのためならば恨まれようが、嫌われようがかまわない、いや……
ちょっとだけ、気にするが、それでも自業自得だと自嘲できる。
シンジのためだから。
シンジのために泥を被る行為だから。
だから、シンジを傷つけるなど、考えられない行為である、皆は思うかもしれない、何故だと、どうしてそんな危険なものを野放しにするのかと。
利己的な思いから犯罪を犯し、害を与えるナンバーズを処理する役目を引き受けたのだろうと、そして彼もまたそうなってしまったのだから、罪を犯させないように止めるべきだろうと。
そんな理屈すら持ち出して来るだろう。
引き受けた理由を都合よく曲解して。
他人の手に委ねるくらいなら、お前がやってやれと責めるだろう。
(でも、アタシは負けない)
アスカは想像を豊かにして、色々な空想に耽った、世界は敵で、シンジは自虐的で、自分が死ねばと絶望している。
そんな中、自分だけが味方で、シンジを勇気付けようとしている、そんな妄想を繰り広げていく。
──そうして、いつか来るかもしれない事態に、シミュレーションをこなしていく。
シンジはなにも罪を犯しはしない、それは確信だった。
(だって、シンジはアタシを助けてくれたもん……)
隣り、死んだように眠っているシンジの顔を見る。
弐号機のバッテリーは限界だった、身を護る術など何も無かった。
そんな自分が、今、こうして生きているのだ。
(それに……、あの声)
女の声。
(誰だかわからなかったけど……、でも)
酷く懐かしい感じがした。
(シンジがやるって、シンジがやってくれるって言った)
だからあれは間違いなくシンジがやってくれたことなのだ。
(あたしは、それを信じる)
ぎゅっと拳を握り締めて決意を固める、と、その熱い思考に反応したのか、シンジがううっと小さく呻いた。
──最強の化け物が、目を覚ます。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。