──学校。
 そこは異質な空間だった。
 ジオフロント、ネルフ本部が、異常な緊張感に満たされつつある中、ここは平素の様子を保っていた。
「……直接見たからじゃないからかな?」
 さすがの皆も、学習という言葉を知っていた、はっきりと言ってしまえば、『また碇か』と思ってしまったのである。
 一度は力を失くしたシンジが、また力に目覚めたのは、ほんの少しばかり前の話であり、ここで批評、評価、評論することは、その時のくり返しになるのだとわかっていた。
 だから、誰も気にしようとはしなかった。
「それはそれで、変なんだけどね」
 と、口にするのはケイタである。
「まあ、シンジ君に関しては、悪口を言うと、大抵後で後悔することになってるからね……、じっくり様子を見てからにするつもりなんじゃないのかな?」
「それからじゃ遅いってこともあるだろう?」
 もちろん、反発するのはムサシである。
「大体碇の奴、なんで学校に来ないんだよ?」
「退院はしてるらしいよ?、面倒なんじゃないのかな?」
「面倒って?」
「だってさ……」
 ぶつぶつと口にする。
「みんな今は普通だけど、やっぱりシンジ君が出て来ると話が変わって来るじゃないか、どうなってるのか聞きたくなるよ」
 ムサシは碇シンジという名の人物を思い浮かべて、顔をしかめた。
 黙っているのが上手い男だが、嘘を吐くのは上手くない。
 下手ではないが、つききれる人間でもないと見る。
 だからと言って、今の状態が長続きするはずも無かった、なぜなら気にする人物が居て、掻き回そうとしていたからである。




「あ、おはよう」
 ヒカリはひょっこりと顔を覗かせた霧島マナに、挨拶をした。
「おはよ……」
 きょろきょろと教室を見回す。
「今日も来てない?」
「うん、そっちは?」
「こっちもぉ……」
 ヒカリの机の横に立ち、マナはしゃがみこむようにしてへたりこんだ。
 机のへりに手をかけてうなだれる。
「どうなってるのかなぁ……、電話も繋がんないし」
「電話?」
「うん」
「誰の?」
 やだなぁとマナ。
「シンジ君のに決まってるじゃない」
 ヒカリはちょっとだけ引きつった、よく聞き出せたなぁと思ったからだ。
 わりと人間不信な部分があるシンジから、電話番号を聞き出せたという話はあまり聞かない。
「でも、惣流さん……、綾波さんも学校に来ないなんて」
「碇君にべったりなんじゃない?」
「だと良いんだけど……」
 おや?、っとヒカリは首を傾げた、シンジを好きで追いかけているのではないかと思ったからだ、だが、真実は違っていた、マナは深刻になり過ぎる自分を、非常に巧く隠していた。
(ナンバーズのトップ3が一度に休んだままなんて)
『戦場』に居たヒカリとマナでは、それだけ認識が違ってしまっているのである。
(なにが……、どうなってるんだろう?)
 だが、さらに『通常人』であるマナとヒカリには差が開き過ぎていた、あの時に現れた化け物がシンジだというには抵抗があるが、閃光の後のことを考えると、それは認めるしかない証拠である。
 ──そして、恐ろしいことに、証拠がある以上、マナには認められないという意識が、どこにも働きはしなかった。
 そして、くだんのシンジは、今は雑踏の中に居た。
 街中の、地下鉄の駅にほど近い交差点の、花壇に尻を引っ掛けている。
 暫く手のひらを見つめていたが、顔を上げて、人を眺め、それから軽く溜め息を吐いた。
「なぁに暗くなってんのよ?」
 ぱこんと頭を叩かれる。
「アスカ……、終わったの?」
「……そのトイレみたいな言い方やめてよね」
 単にお金を下ろしに行っていただけである。
「で」
 アスカはシンジの隣に腰かけた。
「なに悩んでたわけ?」
 その口調には、多分に、『今度は』のニュアンスが隠されていた。
「うん……」
 ぽつりとこぼす。
「いいのかな……、ってさ」
「え?」
「僕が、こんな場所に居て」
 顔を上げる。
 そして手を伸ばし、指の向こうに見える人々に焦点を合わせる。
 ──グシャ。
 そんな音がしそうな感じで、手を握った。
「……」
 アスカは、溜め息を吐いた。
「考えるだけ、無駄よ……」
「そう?」
「ええ……、だって、ね」
 しぶしぶ考えていたことを口にする。
「だって、そうじゃない?、あんたはあたしたちと比較して、自分がとっても危ないものになっちゃったんじゃないかって、思ってるのかもしんないけどさ……」
 シンジと同じように、人ごみを眺める。
「普通の人たちにしてみれば、同じよ……、あたしも、あんたも、怖いって意味じゃね」
 そっかと素直に納得する。
「それもそうだね……」
「ええ……、あたしたちの力は、簡単に人を殺せるものよ……」
 それは、霧島マナに代表される『通常人』の認識を、非常に巧く言い表している説明だった、マナ……、通常人にとっては、力の存在そのものが『反則』であるのだ、だから、シンジのような『力』の在り方もまた、『アリ』なのだろうと思えてしまう。
 だから、ナンバーズ、あるいはエヴァ所有者にも、認められない『領域』があるなどということには思い至れない。
 何が違うのかわからないのだ。
「麻痺してるのよね、みんな……」
「麻痺?」
「そう、だってそうでなきゃ、堪えられないでしょう?、普通に暮らしてなんて居られないじゃない……、ある日、自分の子供とか、兄弟が、決して逆らってはいけない『化け物』になるのよ?」
「……」
「受け入れられるもんじゃないじゃない……」
 シンジは、密かに感動していた、アスカがそこまで考えていたとは思っていなかったからだ。
(違うか……、そこまで思い悩むほど、僕は追い詰められていないってことか)
 当事者なのになぁと、能天気にも考える。
 あるいは悩みのベクトルが違うのかもしれない。
「僕は……、そんな風には、悩んだことってなかったな」
 素直に、その考えを口にする。
「だって、それで困るなんて、思ってなかったから」
「シンジ……」
「アスカは……、どうなの?、それってお父さんとかのことを気にしてるから?」
 シンジには、それこそわからない領域の話であった、シンジの家族は皆、自分が『こうなる』ように仕組み、望んでいたと思うから。
 アスカの顔には、家のことは考えないようにしていたという答えが見えた。
 だから……
「アスカの……、おかげだよね」
 シンジは、素直に感謝の意を現した、その微笑みに、アスカは照れた。
「なによ、急に……」
「だってさ……」
 視線を外す。
「だって……、もし、あの時……、エヴァに初めて乗った時、僕だけがそうなってたら……」
 ──こんな力を手にしていたら。
「誰が……、味方になってくれたのかなって、思ってさ……」
「シンジ……」
「アスカだって、きっと緊張してたでしょう?、『同じ』になれてなかったら、警戒しなかって言える?」
「……レイは?」
「レイは、だって初めからだもん、仲間が増えたってことには喜んでくれただろうけど……」
 確かにと考える、シンジが自分と同じになってくれたと思えば、それは嬉しいことだろう、嬉しく思うだろう。
 ──シンジの気持ちを考えずに。
「じゃあ、シンジは、レイが感じてるのと同じレベルで、あたしに感謝してるってわけね?」
「アスカが、それを嫌ってくれてないならね」
 そう付け加えるのを忘れない、そして、そんな部分にこそ、アスカは強くシンジを感じた。
(自虐的な部分は、消えてないっか)
 つい、失笑を洩らしてしまう。
(シンジらしい……)
 そう、シンジらしいのだ。
 素直に感謝せず、裏切られることを変に期待して、そのように予防線を張っておく辺りが、シンジらしい。
(シンジはシンジ、変わってない)
 さぁてとっとアスカは立ち上がり、なにかおかしなこと言ったかなぁと困惑しているシンジを引っ張った。
「さ、どこに行く?、軍資金はたっぷりあるし!」
 任せるよ、と言ったシンジは、後で激しい後悔をした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。