──ミサトは、訝しげに問い返した。
「外出許可?」
「ええ……、アスカから、メールでね」
さらに困惑の度合を強く深める。
「外出って、どこによ?」
「街の外」
「外ぉ?」
「実家に戻ってみるそうよ」
そう……、とミサトは納得した。
「で?」
「わたしの権限で、許可を出したわ」
ミサトは数秒、思案した後で、結論を出した。
「ま、いいか」
「反対しないの?」
「アスカなら、すぐに戻って来れるでしょう?」
そう言うミサトに、リツコはぽつりと付け加えた。
「シンジ君が、一緒でも?」
「え゛?」
かたん、かたたんと、懐かしい震動が体を揺する。
「どうしたの?」
シンジは隣の席で一人おかしそうにしているアスカへと問いかけた。
「なんだかおかしいなぁって思ってね」
「そう?」
電車の中、普通路線の特急、アスカは景色を眺めたままで答え返した。
「だってそうじゃない?、来る時はバラバラだったのに、帰る時は二人一緒なんだもん」
シンジは複雑げに俯いた。
「帰ろうと、か……」
「ん?」
「そんな気持ち、沸いて来ないよ」
「え?」
「だってそうじゃないか、僕は逃げ出したって感じの方が強いからね」
「そっか……、そうよね」
弾んでいた気持ちが一気に萎えて、重い空気に支配されてしまう。
アスカは怖々と訊ねた。
「ねぇ……、そんなに嫌なの?、帰るのが」
「うん……」
「そんなに?」
「うん」
シンジは苦笑を浮かべた。
「アスカは、帰りたいんだ?」
「えっ、……それは、だって」
「そうだね」
シートに体を預けるようにし、シンジは瞼を閉じた。
「アスカには、帰れる家があるんだもんね」
「シンジ……」
「でも、僕には、あの街に思い出したくなるような想い出なんて、なにもないんだよ、戻ったって誰からも歓迎してもらえない、懐かしめるような記憶も無い……、それどころか、二度と近づきたくもない場所なんだ」
じゃあっとアスカ。
「どうして付き合ってくれたの?」
「約束だからね」
「そう……」
アスカはこてんと、シンジの肩に頭をもたげた。
「シンジ……」
「なに?」
「……」
囁くように。
「あたしもね……、もう、帰れないんだ」
「え……」
「正確には、帰りづらい場所になっちゃったってことなんだけどね」
シンジは驚いてしまったが、身動きすることが許されず、アスカの表情を見れなかった。
●
──本部内個室事務所。
リック、マリアと同じように、で状況に苦慮している男が居た。
ドイツから来ている、ゲイザーである。
「芳しくない、と報告するのが妥当です」
彼の前には、少年が一人座していた。
彼の能力は『遠話』である、こことどこかを、無線機代わりに繋いで、声の中継に努めていた。
『本部のナンバーズに劣ると?』
少年の唇から紡がれた言葉にゲイザーは答えた。
「いえ、むしろ今までが幸運であったのでしょう」
『幸運とは?』
「本部のナンバーズ、エヴァンゲリオン搭乗者の能力の成長レベルが、使徒に対して適度に発達していたということです」
半開きの唇が軽く動く、言葉を迷っているのだろう。
『では……、此度の『負傷者』については?』
「……一人で済んだことは、僥倖であると」
『使徒が上回り始めたと?』
「人の成長が限界に達したとも」
『ではいずれは総力戦もあり得るか?』
「むしろ消耗戦の確率が高くなるかと」
『……』
思い切るようにゲイザーは憶測を述べた。
「以前、本部は、ファクトリーを発掘しております、同様のものが『月』中枢部に無いとは限りません」
『使徒は……、まだ出るか?』
「は」
その返事を待って、少年の頭がかくんと落ちた。
トランス状態から脱して、顔を上げる。
「悪かったな」
「いえ……」
「部屋に戻って良い」
「わかりました」
少年は素直に従い、挨拶をした。
「では」
出て行く後ろ姿を見送る、互いに慣れが感じられる雰囲気だった。
このようなことは、一度や二度ではないのだろう。
「ふん……」
それから、一人きりになれてか、彼はようやく気を抜いた。
頭の中に、思い浮かべる。
(『格差』か……)
手を伸ばし、傍らにある端末を立ち上げる、するとそこには、これまでのシンジたちの戦歴が並べ立てられていた。
上からざっと目を通して行く。
(まるで成長を促すかのように、妥当な相手が出現していたようにも見えるが……、もし仮に、本当に太古にここで戦争があったなら、侵略側の『後続』……、つまりは月の『外側』、あるいは『中心』であるほど、使徒は強くなるはずだ)
守り手が中枢から、そして攻め手が外部から侵入する以上、強力な新型は、中央と外郭付近により散在しているはずなのだ。
(なのに、双方がぶつかった痕跡がない)
戦闘の跡が見られない。
(なら、考えられることは一つだな、戦闘に負けた者は他の使徒の補修材料にされたか、食われたか)
先日のように。
「なら……、食うのか?、使徒は、ナンバーズを……」
──使徒となった少年は、人間を。
寒気に襲われ、身を震わせる。
それは不確かな、懸念であった。
──駅から下り立ち、街の中へ。
そして、見慣れた土地に、郷愁を抱く。
だが、そんなうかれた気分も、今は完全に萎んでしまっていた。
──ファーストフードショップ。
シンジは、正面のアスカに、少しだけ不安を抱えていた。
無表情になってしまっているからだ。
「……あち」
紅茶の入った紙コップを持ち上げ、不用意に唇に当てて驚いたりもする、全体的にぼんやりとしてしまっていた。
「はは……、ごめんね、ちょっとね」
アスカはようやく、シンジの視線に気がついた。
「シンジについて来てもらって、正解だった……」
シンジは複雑な思いでアスカを見やった。
──アギャァ、アギャァ、アギャァ……
温かな灯がこぼれる窓の向こう、家の中に見えたのは……
幸せそうに、赤子を夫婦であやしている光景だった。
(おじさんと、おばさんか……)
アスカが、自分ももう帰れないと言った意味がわかる気がした。
そこにはもう、自分の居所など無いのだ。
「アスカは……、さ」
問いかける。
「良かったの?、僕なんかにかまってて」
「え?」
驚き戸惑うアスカに、シンジはすがるような口調で言い募った。
「だってさ……、アスカだって、本当はかまってもらいたかったんでしょ?、優しくしてもらいたかったんでしょ?」
「シンジ……」
「だから僕に当たってたんでしょ?、なのに……、それ全部、放り出してさ」
仕方ないじゃない、と告げると、そこには最悪な出会いが待っていた。
「あれ?、惣流さん?、惣流さんじゃない」
──アスカの身がわずかに強ばる。
「え?、そっち、碇?」
「へぇ?」
シンジもまた嫌な顔をした、顔見知りだったからだ。
昔通っていた小学校、そして中学校の女子たち……
「惣流さんが碇を追っかけて第三に行ったって話、本当だったんだ?」
うん……、と覇気無く答えるアスカに、くすくすと笑う。
「あ、あたしら、これからカラオケ行くんだ、じゃ」
それじゃあねっと挨拶をして去って行く、ほっとしようとするアスカがまたも強ばった。
店の出口のところで、ちらりと少女たちが振り返り、またくすくすと笑ったからだ。
「アスカ……」
アスカは、気丈にも堪えて見せた。
「バカ……、心配すんのは、あたしの役目でしょうが」
「でもさ……」
「良いのよ……、大丈夫」
耳には、『もうこの街に用はないから、大丈夫』と聞こえた。
(でも……)
もう一つ、思ってしまう。
(アスカ、言ってたよね?、戻りづらいって……)
シンジは、みんなに悪く見られてしまうことも関係しているのかと勘繰り、更にかける言葉を失ってしまった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。