──自業自得だもの。
 アスカはそう言う。
 ──自分で責任、取らないとね。
 そして笑う、無理をして。
 シンジにはかける言葉が見つからなかった。
(どうなんだろう……)
 駅構内。
 まるで夜逃げをするように、二人は人目を忍んでいた。
(アスカにとっては、どうなんだろう……)
 シンジは、深く考える。
 自分を守るために、自分を救うために、幼いアスカは無理をしようとした。
 幼いなりに殻に閉じこもろうとして、当たり散らし、ストレスの解消先を求めて、苛めに走っていた。
 そのことは、今なら落ち着いて受け入れられる。
(でも……、アスカはそんな自分を、一体どう思っているんだろう?)
 恥じているのかもしれない、あるいは嫌悪しているのかもしれない。
 だから自業自得と言うのかもしれない。
 ──偽りの代償。
 嘘の償い。
「ふぅ……」
 溜め息を吐いて、通過する列車を眺める。
(みんなを先導して、僕を苛めた、そういうことを認めるのも、そのことについて謝るのも、そんな風に償ってるところを見られるのだって、恥ずかしいだろうし、嫌だろうな……、普通は)
 それでも、アスカはもう逃げようとしない、していない。
(強いんだよな、結局)
 堪えられる神経がある。
 ──自分にはない、心の強さが。
「はぁ!、お待たせ!」
 アスカは喜色満面に戻って来た。
「はい、お弁当、やっぱこれがないとねぇ」
 苦笑する。
(アスカも……、隠すのが上手いんだ)
 今までちっとも気がつかなかったなと、シンジは軽く反省した。


 ──エヴァ
 それが認識の拡大と発想の飛躍によって、根幹を成すものが変化し、顕在化しているだけの物なのだとすれば、その力の大きさ、形状は、常識に縛られているということになる。
 ならば、非常識な者であるほど、突飛な妄想を繰り広げられる者であればあるほど、そして狂気に満ち満ちた、歯止めを失っている者であるほど、大きな力を紡ぎ出すことができるかもしれない。
(時々、そんなことを考えるな)
 ゴリアテは、一人、与えられたマンションの自室に篭っていた。
 備え付けのテーブルに、自前のノートパソコンを置いている、一応部屋にはMAGIと繋がっている端末機があるのだが、使用するつもりは無いらしい。
(非論理的な、狂人、か……)


 ゲフッと奇妙な息を吐いて、少年が一人、崩れ落ちた。
「なんだ、つまんねぇ……」
 ビルの隙間、蔑みを向けるのはレイノルズである。
「ストリートファイトっつうから出て来たのに、この程度かよ?、あっ!?」
 彼は悶絶している少年の腹を蹴り上げた、その上で馬鹿にしきった目をして取り囲む者共を舐めるように見る。
 誰もが悔しそうにするだけで、手を出しては来ない。
「ちっ」
 本気で、つまんねぇと吐き捨てて、レイノルズは背を向けた。
「くだらねぇ……」
 表通りに出て、雑踏の中に紛れ込む。
 そしてレイノルズは、次の獲物を捜して、ぎらついた目をして徘徊を再開した。
(いつまでも大人しくなんざしてられるかよ)
 今がチャンスなのだと彼は焦っていた。
 マサラが脱落したことで、目の上の瘤にも動揺が生じているのだ、しかし、だからと言って、それ以上の行動を起こすには、まだ早かった。
 ──たぎる血をごまかさなければならないと感じる。
 このままでは暴発してしまうことになると、彼は生贄を求めていた。
 ──と、そして見つける。
 舌なめずりをしてしまいそうな極上の獲物を彼は見付けた。
 ──綾波レイを。




 ──どたどたと騒がしい音が廊下を走っていったので、アスカはおかしいなぁとは思ったが、やはり眠気には勝てなかった。
「静かにしてよぉ、もう……」
 ──続いて、悲鳴。
「わぁ!、なんだよレイ!?」
「んふふぅ〜〜〜、シンちゃんだシンちゃんだシンちゃんだぁ〜〜〜♪」
「って離れてよ!、なんで一緒に寝てんだよ!」
「やん☆、一緒に寝るのはこれからだって」
「やだって、わぁ!」
 アスカは布団を跳ね上げて飛び起きた。
「ちょっとあんたたち!」
 隣に駆け込み、絶句する。
「あ……」
 レイは既に素っ裸で……
「あ……」
 シンジは脱がされたパンツを素早く穿いた。


「あんたねぇ!、朝っぱらから人ン家上がり込んでなにやってんのよ!」
「ナニ」
 ──ゴン!
「いったいぃいいい……」
「ざけたこと言ってんじゃないっての!」
 シンジは、賑やかだなぁと表面で苦笑し、内心で首を傾げていた。
(アスカは……、のせられちゃってるけど、レイ、どうしたのかな?)
 そう言えば、っと思い出す。
(なんだか思い詰めた感じで、デートとか言ってたっけな……)
 あれかなぁと考える。
 それにしても、テンションが高過ぎるように感じられて仕方が無い。
(問題が解決したのかな?)
 と、シンジはテレビの声に耳を引かれた。
『……区で発見されたのは、レイノルズ・アーゲンハイツさんであるとネルフより』
「なによ?」
「あ、うん……」
 シンジはテレビ画面を指差した。
「これ……」
 アスカも顔をしかめる。
 画面には、写真と、年齢が公表されていた、死亡とテロップが出ている。
 だが見た覚えのない顔だった。
「こいつって……、ナンバーズ?」
「外から来た人かな?」
「でしょうね、レイ」
「ん〜〜〜?」
「知ってる?、こいつ」
「ん〜ん〜、『知らない』」
 レイは興味が無いとばかりに、アスカのパンを頬張った。
「あーーー!」


「ってわけでさ……」
 ははっとケンスケは乾いた笑いを洩らした。
 今現在、レイはアスカに朝食を奢らされている最中である。
 ──都心部、LOFT。
 その間は、雑貨を見に行ってくるよと別れたシンジであったのだが、偶然にもカメラ屋から出て来たケンスケに出くわし、こうして一緒に話し込んでいた。
「お前も色々と大変だな」
「そうでもないよ……、ほとんどなにもしてないからね」
「そうかぁ?」
「ほとんど居るだけだよ、なにもしてない」
 お子様だなぁとケンスケは笑った。
「そういう関係もアリだろ?」
「アリかな?」
「そうさ」
「ふうん……」
「ま、そいつがわかるようになったら、お前も立派な大人だよ」
 シンジは曖昧に笑って、そうだねと同意した。
「僕はまだ……、子供だよね」
「……ちょっと意味が違う気もするけど、あ、そうだ」
 財布を探り出し、ケンスケは束になっているカードをその中から取り出した。
「ええと……、これだ」
 一枚選んでシンジに見せる。
「なに?」
「お前なら何か知ってるんじゃないかと思ってさ」
「名刺?」
 確かめる。
「アメリカの?」
「ほら、アメリカでやってるって言う、宇宙開発関係の実験あるだろう?」
 すぐにわかった。
「聞いたことはあるよ、確か、宇宙船を作って、その中で生活実験やってるって」
「ああ、本当はこっちのジオフロントでやる予定だったやつだよ」
「でもなんでケンスケがこんな名刺持ってるのさ?」
 ケンスケは周囲をさっと見渡してから、シンジに答えた。
「引き抜きだよ」
「引き抜き!?」
「そうさ、ほら、宇宙空間では俺みたいな遠視能力者ってのは、色々と使い勝手良いだろう?」
「でも、なんで?、向こうの研究もネルフが関係してるんじゃないの?」
「そこだよ」
 声を潜める。
「もしかして……、本部と各支部間って、あんまりうまくいってないのか?」
「知らない……、そんな話、聞いたことも無いよ」
「ほんとかよ?」
「うん……」
 ちえっとケンスケは舌打ちをした。
「お前なら、何か知ってると思ったんだけどな……」
「どうして僕が?」
「だって、お前……」
 言いごもったケンスケに、シンジは訝しげな目を向けた。
「なんだよ?」
「いや……」
「隠さないでよ」
 語尾を強める。
「ケンスケ!」
「わかったよ!」
 だから騒ぐなとシンジを諌める。
「何だかさ……、お前だけ、みんなとは色々と扱いが違うだろう?、だから何か特別な仕事を与えられてるんじゃないかって思ったんだよ」
「扱いってなんだよ……」
「惣流とか、綾波とか、お前の面倒を見る分には学校サボってもいいとか、許可出てるんだぜ?」
 シンジは激しく動揺した。
「なんで……」
「そりゃ……、お前」
「……」
「……」
「……」
「……はぁ」
 溜め息を吐く。
「シンジぃ」
「なにさ?」
「お前、自覚した方が良いんじゃないのか?」
「自覚って……」
「だってお前、今じゃ俺たちともどっか違ってるじゃないか」
 シンジの表情が派手に強ばる。
 しかし、それでもケンスケは続けた。
「だからさ、お前、特別な権限を与えられててもおかしくないんだよ、お前はまだ俺のこと友達だって思ってくれてるかもしれないけどさ、でも俺からすると、もうちょっと近寄り難い存在なんだよな」
 ケンスケは女の子二人がやって来る気配を『視た』からか、じゃあなとそそくさと退散した。
 その後でやって来たアスカとレイが、シンジの様子にどうしたのかと驚いたのは、むしろ当然のことだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。