「う〜〜〜ん……」
 発令所は、朝から鬱陶しい人物によって、刺々しい雰囲気がはびこっていた。
 ──はっきり言って、鬱陶しかった。
「ミサト……」
 とうとうリツコがキレ気味に言う。
「あなた、仕事をする気が無いなら、そこらにビールでも呑みに行っててちょうだい」
 はっとする。
「ちょ、ちょっとそれどういう意味よ!」
「言葉のままよ」
「あんたねぇ!」
「なによ?」
「あたしだって、色々と悩んでるのよ!」
「どうせつまらない悩みでしょう?」
 ミサトは低い声で脅すように告げた。
「じゃあ教えて上げるわ……、レイのことよ」
 興味を惹かれる。
「レイの?」
 そうよとミサト。
「あんた気付かないの?、シンジ君のことにはあれだけ気を使うくせに」
 馬鹿にしたような口調で言う。
「まるで中学の頃に戻ったみたいに明るくなって」
「……」
「あんまりあからさまで、おかしいじゃない」
「そう……」
「護魔化さないで!」
 ミサトはリツコを怒鳴り付けた。
「こっちにだって報告は回って来てるのよ!、ナンバーズの、レイノルズ、彼が追ってたのはレイだったってね!」
「……」
「その直後に行方がわからなくなって、次の日には死体で発見されたわ、まさか、レイがやったんじゃないでしょうね!?」
 リツコははぁっと溜め息を吐いた。
「じゃあ、説明してもらえる?、レイがどうやって人を殺すの?」
 ミサトはどもってしまった、まさにその答えが見つからなくて迷っていたのだ。
 レイが彼の死に関っているのはほぼ間違いが無い、だが、レイには彼を殺せない。
 殺すような、能力が無い。
 だから、こう口にする。
「まさか……、シンジ君みたいに、レイにまでなにかあるんじゃないでしょうね?」
 リツコもさすがに剣呑になった。
「あなたね、そうやって、誰も彼も犯人にして、敵だと仮定して、楽しい?」
「な!?」
「そんなにあの子たちは危険なんだって、みんなに摩り込みたいの?」
 ミサトはようやく、皆が自分を見る目に気がついた。
 罰が悪くなって顔を背ける。
「悪かったわ」
 リツコはまったくと毒づきたくなるのをなんとか堪えた。
(ただでさえ、みんなシンジ君のことで神経質になってるって言うのに)


 もちろん、それはシンジが悪いわけではない、それは全員がわかっていた。
 数多く居る誰かの中から、シンジが突出してしまっただけであるのだと、理解していた。
 ──表層上は、そう見える。
「赤木君にしてみれば、ほっとしてしまう誤解だろうな」
 コウゾウの言葉に、ゲンドウはどういう意味だと顔を上げた。
「そうだろう?、未来の息子が世間の嫌われ者では、辛いだろう」
 露骨に顔をしかめるゲンドウである。
「またその話か……」
「仕方あるまい、今更突き放すには巻き込み過ぎてしまった、後味の悪い口封じの仕方を選ぶよりは、余程良かろう」
 このところ、そのような会話を幾度も交わしているのだろう。
 ゲンドウの顔には疲労が、コウゾウの表情には愉悦が浮かび出していた。
「愛人か、恋人、妻として取り込んでおけばどうとでもなろう?、まあ、愛人の立場では、いつか不満を抱いて、謀反を起こしかねないがな」
「だからと言って、何故俺が」
「他に誰が居る?」
「わたしには、ユイが居ます」
「俺は歳を食い過ぎているよ、まさかシンジ君の愛人にするわけにも行くまい?」
「シンジは喜ぶかもしれん」
「……本気か?」
 ゲンドウはニヤリと笑って見せた。
 いかにも、他人に責を押し付けようとする悪人の顔で。


「くしっ」
 リツコは、非常に可愛らしいくしゃみをした。
「風邪ですか?」
 マヤが訊ねる。
「熱はないと思うんだけど……」
「センパイ、ずっと篭りっきりですからね」
 少しはしゃぎ気味にマヤはコンソールを操った。
「ここ、エアコンの効き過ぎで寒いんですよね、だからって適温にはできないんですけど」
「そうね」
「ほんのちょっとしたことですぐに三度くらい上がっちゃいますからね、下に設定しておかないと……、あ、出ました」
 どれどれとマヤの手元を覗き込む。
「やっぱり……」
「はい、でもあり得ません、こんな……」
 マヤが表示しているのは、ここのところ実施させている、月遺跡の通路などの測定結果であった。
「成長……、してるのね」
「全体でコンマ以下ですが、でも重力や荷重が掛かっているわけじゃないんですよ?、むしろ戦闘で破壊されて、内圧を失って崩壊し掛けていると言うのならともかく」
「地殻を押し広げて膨張するなんてね……」
 月には常に、地表や地殻などからの圧力が掛かっている、それを跳ね返しているなど、あり得ない。
「やはり月は、目覚めているのね……」
「地表部との距離も測った方が良いかもしれませんね」
「え?」
「え?」
 マヤは驚くリツコの反応にこそ驚いた。
「え?、え?、だって、膨張してても『下部』の位置が沈降していないなら、当然上に膨らんでるってことになって、頭頂部は地表部分に近くなってるんじゃないかって」
 そうよとリツコは自分を責めた。
「そんな当たり前のことに、どうして今まで!」
「あ、はは……、でも今からでも間に合いますよ」
「そうね……、じゃあ、手配はあなたに」
 だが。
「何事!?」
 結局、その後の事件もあって、リツコはこのことを、忙殺の果てに忘れてしまうことになってしまった。
 ──不覚にも。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。