──その時の閃光と衝撃は、大気圏の層を歪め、膨らませるほどに大きかった。
「消失!?、確かに第二支部が消失したんだな!?」
『はいっ、全て確認しました!』
コウゾウの確認に、興奮気味にくり返す。
『消失です!』
──作戦部作戦会議室。
「3、2、1、コンタクト」
マヤの言葉に合わせて、モニタ中央、荒涼とした大地の中心に光点が生まれた。
真っ白な閃波が真円を広げる、それは膨大な熱量を持った衝撃波であった。
モニタを白く埋め尽くす、そして映像は途切れ、後はノイズだらけとなった。
「手がかりは静止衛星からの映像だけで何も残っていません」
『VANISHED NERV−02』の文字がノイズの代わりに表示される。
「航宙訓練施設ならびに半径四十九キロ以内の関連研究施設は全て消滅しました、タイムスケジュールから推測して、本部から貸与した4号機の動力部起動実験以前の事故であると思われます」
ミサトは微妙な安堵のしかたをした。
「少なくとも、4号機が原因じゃないわけか」
「はい、予想する原因は訓練施設の仮想航宙艦動力部の管理ミスから妨害工作まで三万二千七百六十八通りです」
「でも爆発じゃなく消滅なんでしょ?、つまり消えた」
「よくわからないものに対抗しようだなんて考えるからよ」
そんなミサトの言葉を、別の意味で肯定していたのはリツコであった。
彼女は一人、ゲンドウとコウゾウに場を求めていた。
「では君は、この事故の原因は『サードインパクト』であると?」
はいとリツコは頷いた。
「ただ、ナンバリングについては異論のあるところですが」
「どういうことかね?」
リツコはゲンドウに、ちらりと視線を投げかけた。
「これはインパクトと称するには、少々規模が小さ過ぎると」
「なるほどな……、だがインパクトには近い?」
「はい、その根拠はこのデータです」
コウゾウは何気なく目を通して、その目を丸くした。
驚いた表情のまま、ゲンドウに回す。
「独自に『知恵の実』の研究に着手したのか」
「これが第二支部の独走であるのか、あるいはチルドレンの暴走であるのか、または委員会の指図であったのかはわかりませんが、全てのエネルギーの変動値は、『サードチルドレン』にもたらされた『変革』と同一の流れを示しています」
リツコは密かに、MAGIにこれらに関る全てのデータを隠匿するよう指示していた。 そして今は、そうしておいて正解だったと思っていた。
マヤが原因不明とする他なかったのは当然だったのだ。
リツコの命令により、MAGIがそう仕組んだのだから。
「だが……、失敗した」
コウゾウの言葉に補足を重ねる。
「原因はわかりかねますが、しかしチルドレンが内包している『霊的』エネルギーは、想像以上に大きいものであったのでしょう」
「チルドレンでなくてもそうだろうな、人が一生涯をかけて消費する予定のエネルギーを搾り出せば、こうもなるだろう」
「教えて下さい」
リツコは責めた。
「あれは……、シンジ君に使ったあの『槍』は、なんだったのですか?」
訊ねるのなら、ここしかない。
今しかない。
そんなリツコの気迫に呑まれて、コウゾウは逃げた。
「碇……」
ゲンドウはふんと鼻を鳴らした。
「よかろう」
「良いのか?」
「『槍』の管理はレイに任せてある、レイにも相談相手は必要だ」
リツコは怪訝そうに顔をしかめた。
「レイ?」
そうだとゲンドウはくり返した。
●
「第二支部の消滅かぁ……」
鬱にもなるわねぇとは、発令所に戻ったミサトの口から出た愚痴だった。
「アメリカも冷たいじゃない、ナンバーズはこっちで引き取れだなんて」
「アメリカだけじゃないですよ」
受け答えたのはマコトだった。
「中国とロシアも打診して来ました」
「ドイツは?」
「沈黙してます」
さすがねとミサトは口にした。
(あのフィフスを擁しているだけのことはあるわ)
あるいはと考える。
(こんなことも予測していた?)
「葛城さん?」
(嘘……、欺瞞なの?、事故は船の動力炉のせいなんかじゃなくて、『エヴァ』の……)
「葛城さん!」
ミサトは「ひゃん!」っと驚いた。
「ちょ、ちょっとなに!?」
「なにじゃないですよ!」
マコトは逆に怒鳴りつけた。
「どうするんですか!、研修中の訓練生の扱い、彼らだって不安になってます」
「そうねぇ……」
悩む素振りを見せてはみるものの、ここでの決定に意味は無い。
(結局は上が決めちゃうんだけど)
ある程度の方針を固めておかなければ、意見することもままならない。
と、ミサトは背後の扉が開いたので振り返った。
「リツコ……」
「あら、ミサト、まだこんなところに居たの?」
嫌味のように言う。
「司令が待ってるわよ?」
「わかってる!、けど……」
メインモニターに顔を向ける。
「何一つ確かな情報が無いのよ、そんな状態じゃ」
「言いなりになるしかない?」
「ええ」
『企業』であればそれで良いのかもしれない、トップの言葉を唯々諾々と呑み込むだけで済むかもしれない。
だがミサトの肩には大勢の子供たちの存在がのしかかっていた、子供たちの管理と保護に関する能力を認められて任せられているのだ、煙たがられたとしても、やるべきことはやらなくてはならない。
──だが、今は何をやらねばならないのかが見えて来ないのだ。
「別に……、司令が信じられないってわけじゃないんだけど」
「あなたの立場なら、そうでしょうね」
訝しげにリツコを見やった。
「なに?、なにかあったの?」
「いえ……、そうじゃないわ」
苦笑して告げる。
「良い保母さんだと思っただけよ」
「からかわないで」
「……」
「あんたがそのくらいのことで、そんな意味ありげな言葉を洩らすはずがないでしょう?」
こういう時は、長年の付き合いが鬱陶しくなる。
見透かされてしまうからだ。
「そうね」
だからリツコは諦め、認めた。
「司令から、つまらない話を聞かされただけよ」
「つまらない話?」
「ええ……、米国の事故は、実はチルドレンの暴動が原因じゃないかってね」
ミサトは驚きに目を丸くした。
「ほんとなの!?」
「そんなわけないじゃない」
だから呆れているのだと口にした。
「でもね、真実は全て消えたわ、ならなんとでも事実の改竄はできるわけでしょう?」
「責任逃れをしようとしてるってこと?」
「そういうこと、何千人もの人間が死んだのよ、その責任は誰かに取ってもらう必要があるでしょう?」
「だからって、なんで子供たちに!」
「当事者だからよ」
それを言われると、押し黙る他ない。
「最新のシナリオだと、ナンバーズ同士が派閥を作り上げて衝突、その結果の惨事だってことに『する』みたいだけど」
「酷いわね」
「そうね……、こういう時は、チルドレンの能力に不満を感じるわ」
首を傾げるミサトである。
「不満?」
「だってそうでしょう?、ナンバーズの中には、きっと訓練施設の中を覗いていた子が居るはずだもの」
「ああ……、でも証言能力に乏しいってわけね?」
「ええ、証拠として確たるものを提出できない」
口先だけでは汚い大人たちと同じなのだと結論付ける。
「あーもぉ!、こっちはなんとか上手くやってるってのに、周りで足引っ張るなってのよ!」
「それだけ焦っているのよ、どこもね」
「焦ってる?」
「だってそうでしょう?」
モニタを見上げる。
「前にも言ったけど、わたしたちにはあの子たちを縛り付けておくだけの力なんてないのよ?、そのことに関して、どうしても不安や恐れを抱いてしまうものよ」
「馬鹿じゃない?、あの子たちが何かやらかすっての?」
「あるいはそれを期待しているのか」
「……」
「学校……」
リツコは唐突に話題を変えた。
「昔の……、『ゆとり教育』って、覚えてる?」
「……覚えてるっていうか」
ミサトの時には、もう施行されているものだった。
「それがなに?」
「いえね……、あれって生徒に自由を、生徒に余裕をって口にされていたけれど、調べてみるとただたんにどう教えていいのかわからない、どう接していいのかわからない、社会情勢や、世論に動かされる教育現場に着いていけてない教師を救うために施行された、新しい形での管理マニュアルにすぎないのよね」
「……」
「でもね、子供なんてどんなことからでも、どんな空気からでも何かしら読み取って、勝手に学び取って育つものよ、そうでしょう?」
「……ええ」
「その速度はわたしたちが思っている以上に早いものなのよ、そして学習の始まりと終わりは決まっている」
「決まってる?」
「それがマニュアルってものでしょう?、1+1から始まって、9*9で終わるって目標があるのなら、それを順に教えていくのがマニュアル教育で、そして『本質』を『見切る』ことで己の知識として取り込むのが学習だとすれば?」
すでに見切ってしまっていることを、決まりだからと言って延々とくり返しやらされた時、次の『遊び』に向かえない子供は、一体どうなって行くのだろうか?
「腐って行くに等しいとは思わない?」
「……それがあんたの考え方なの?」
「最近つくづくそう思うのよ」
リツコは目をミサトへと戻した。
「世界中が子供たちの『進歩』に追い付いていけてない、だけど誰もが彼らを管理する方法を模索している、それも彼らは自分たちの子供なのだという論理でね?」
「筋が通ってないじゃない」
「でもそれが大人の理屈じゃないの?、彼らは未熟な子供であるから、大人がしっかりと教育しなければならないのだとういうね?、でもね?、じゃあその大人が間違っているのなら、誰が叱るの?」
「……」
「そう、誰も叱れない、なら子供たちが取る対応は?」
ミサトは何が言いたいのかに気がついた。
「屈伏か……、反発」
「単純な話よね」
リツコはそう言い切った。
「間違っているとわかるのに、子供だからというだけで屁理屈であると片付けられてしまって、何も言わせてはもらえない……、そんな子供たちが頼れる誰かを見つけられない時、彼らはどうするの?、逃げる?、尻尾を巻く?、それとも戦う?」
──あなたは、どうするの?
ミサトはリツコが自分に何を問いかけているのかに気がついてしまった。
誰かが庇い、守ってやらねばならないのだ、それが最も彼らの『暴走』や『暴動』を抑えることに繋がるのだから。
そしてそんなことを大真面目に考える組織は、もはやこの本部以外にはあり得ない。
「まったく!」
ミサトは頭をがしがしと掻きむしった。
「四年前には、こんなことで悩むことになるなんて、ちっとも考えやしなかったのに」
リツコは、同感ねと、頷いた。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。