「なにやってるの!」
誰も彼もが茫然自失としている中で、一人正論を吐いたのはマナだった。
「シンジ君が逃げろって言ってるじゃない!」
「え?」
エヴァ持ちでないマナの感性は、この緊迫しきった状況を、全く認識していないらしい。
当然、シンジの力についてもだ、『迫力』以上には感じていないようだった。
「これ!」
アスカは押し付けられた携帯電話に戸惑った。
『アスカ!』
聞こえた声にギョッとする。
「ミサトなの!?」
どうやら皆がレイノルズという名の怪物の正体について言及している間に、一人本部に連絡を取っていたようである。
『どういうことなの!、使徒が出たって本当なの!?』
「ちょ、ちょっと待って……」
だがミサトの側も、ゲートからの報告によって、混乱し切っているようだった。
状況を説明しようとしたのだが、その電話は横から伸ばされた手によって、ひょいと奪われてしまった。
「あんた……」
リックは僕に任せてと手で詫びた。
「葛城さんですか?、リックです、覚えてますか?」
ミサトの反応は適当だった。
『ええ、あなたでも良いわ、状況は?』
「はい、ドイツ支部所属のレイノルズが力を解放して襲撃して来ました、詳細は不明です」
『力ってのは?、危険な力なの?』
リックは渋面になって答えた。
「人によりけりです」
『どういうこと?』
バラバラと音がした、立ち上がり、砕けた破片を、レイノルズが払い落とした音だった。
「レイノルズの力は、『変質』です」
『……なに?』
「変質、本人は進化などと言っていましたが、敵やその時々の感情に合わせて体の作りを変質させるんです」
『そんな力があるの!?』
「認識力が力の源だと言うのなら、想像力が全ての決め手になるはずですよね?、自分を変えたい、もっと強く、誰よりも強く、そう願えばエヴァはそのように働くはずです」
なるほどそうかとアスカは理解した。
(自己嫌悪や劣等感によっては、人間をやめてでも、違うものになってしまってでも、自分を誰よりも凄い『モノ』に変えちゃうこともあるのかもしれない)
だがそれにしては、あの禍々しい姿はなんなのだろうか?
あれが彼の願望を反映した姿形なのだろうか?
──くすりと、誰かがまた嘲るような声を出し、笑った。
「誰!?」
今度こそとアスカは反応した、レイもマナもリックも、そして電話の向こうにいるミサトでさえも、声の鋭さに息を呑んだ。
「つっ!」
振り向き、手を伸ばす、それでも足りなくて『エヴァ』を使って加速する。
──グシャ!
「あああああ……」
アスカは両膝をついて悲鳴を上げた、口から無意味な声を吐き続ける。
その両腕はまるで時速数百キロを出して壁にぶつかった車のようにひしゃげていた。
「アスカ!」
レイは慌てた。
陥没するように潰れ、ぐしゃぐしゃに折れ曲がっている腕からは、原形など想像もできない。
「あ、あ……」
「血が、止まってく……」
そのまま、アスカもまた固まって行く。
「あ……」
マナはアスカに触れようとして、引き戻された。
「触らないで!」
「で、でも……」
「大丈夫」
レイはちゃんと教えてやった。
「ムサシ君の力、覚えてるよね?、あれと同じ、アスカは自分に減速をかけてるのよ」
「どうして……」
「血を止めるため、痛みを感じる間隔を遅くして堪えるため、色んな理由があるけど、医療班が来るまで……」
続きの言葉をレイは飲み込んだ、ここで守ろう?、どの口がそれを言うのだろうか?
確かに自分は、あのレイノルズという男を知っていた、少し前に自分の後を尾行して来た、嫌な気配、それと同じものを感じる。
だが……
(『まいた』と思ってたのに)
テレビで見た時はピンと来なかったが、直接会えば『ATフィールド』の『波長』から確かめることができた。
(まいたんじゃない、誰かに襲われて殺されてたんだ)
だから自分を逆恨みしているのだろうか?
あるいは犯人を自分だと思っているのだろうか?
レイは、ここに居てはいけないと思い、駆け出した。
「あ!」
均衡がレイの行動によって壊された。
レイノルズは逃げようとするレイの姿を認めると、シンジの張る『防壁』を飛び上がって迂回した。
「レイ!」
背からジェットを噴射して追いすがる、そんなレイノルズの動きをレイはちゃんと『予測』していた。
「くっ!」
第三眼を使って前を見たままタイミングを計る、捕まる寸前、レイは横っ飛びに避けた。
『ガッ!』
追いすがろうとしたレイノルズの動きが一瞬止まる。
「撃て!」
レイノルズはゴンと何かに叩かれてよろめいた。
保安部の隊員だった、十二名、全員がゴム弾を撃ち出す大型銃を手にしていた。
飛び上がろうとする度に打たれ、一度、二度と高度を落とし、ついには飛ぶことを許されず、レイノルズは地面の上に両手足を突いた。
『グ、ガ、ぁああああああ!』
咆哮がビリビリと人を、建物を震わせる。
「碇君!」
リックは彼にやらせるしかないと踏んだが、それもできなかった。
(誰だ!?)
肝心のシンジは、誰だか見慣れない女に止められていた、知り合いという雰囲気だった。
(こんな時に!)
苛立ちが起こるが、シンジにとってはそれどころではなかった。
「なんで……」
シンジは激し過ぎる動揺からか、まともな言葉を見つけられない様子だった。
「なんで邪魔するんですか、コダマさん!」
コダマはふふふと妖しく笑った。
●
「コダマさん……」
シンジはくっと歯噛みすると、その脇を通り抜けようとした。
──コダマの手が、腕を取って引き止める。
反射的に振り向いたシンジの額に、コダマの額が押し付けられた。
ガンと脳髄を叩かれたと感じた。
──流れ込むイメージ。
腹を刺される無念さ、ほくそ笑む女、そして……
捕まえるならそこの女だろういう悔しさ。
やられた当人がやり返そうとしているだけなのに、どうして責められなくてはならないのかという無念さ。
見た目で判断するなという屈辱、そんな憎しみが広がっていく。
「う、が!」
シンジは無理矢理コダマから身を離した、突き飛ばすようにしてまで。
「なんで……」
怒りから睨もうとしたのだが、コダマの顔からは、からかいのようなものは消えていた。
「どうするの?」
真剣に訊ねられて、シンジは弱った。
「もう、わかったでしょう?」
コダマは気遣うように口にした。
「『あの子』は、ただ仕返しをしようとしてるだけ、それって悪いことなの?」
「そんな……」
「シンジクン!」
反射的に顔を向けると、じゃあねと加持の車に乗って逃げるレイの姿が見えた、それを追ってレイノルズも飛ぼうとしている。
「駄目よ」
肩を掴んで引き止められた。
「良いの?」
あまりにも辛い問いかけだった。
「話が通じない以上、止めようと思ったら、自分は悪くないと思っている人間を傷つけないといけないのよ?、どうするの?」
レイノルズがまたも咆哮した、うるさいと外野の排除にかかる。
保安部の大人たちに襲いかかって蹂躪を始めた、殴り飛ばされた男の顎が割れる、蹴り飛ばされた者の内蔵が破裂する。
──このままでは、死人が出る。
「でも」
そんなシンジの心情を読んで、コダマは止める。
「正当な行為よ」
「だけど!」
「見た目が化け物だからという基準で、傷つける相手を決めるの?」
「そんなわけじゃないけど!」
「気味が悪い正しい人と、奇麗な悪い人、でもね、逆ならどう?、奇麗な正しい人を守るためなら、あなたはどちらを傷つける?、あなたは気味の悪い悪い人を『裁く』ことを選ぶんじゃないの?」
──あなたは、どちらの味方なの?
そんな声が心に響く。
正しいのはレイノルズかもしれない、ならば一緒にレイを捕まえるべきなのだ、その上で話し合えば良い、なのに、自分はレイノルズを傷つけようとしている。
「でも……」
──感情が、レイの笑顔へと傾いて行く。
「……くしょう」
シンジは唸るように呟いた。
「ちくしょう、ちくしょうっ、ちくしょう!」
泣き喚くようにコダマに叫ぶ。
「なんでこんな時に、そんなことを言うんですか!」
「こんな時だからよ」
コダマはシンジの心を見透かし、笑った。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。