(イタイ……)
 アスカは苦笑していた。
(まさかヒトマネなんてすることになるなんてね)
 慌てたり騒いだりしなかったのは、自分でもよくできた方だと褒めたい気分だった。
 肉体の代謝機能や神経の伝達速度を可能な限り下げることで、仮死状態を生み出した。
 だが本当の仮死状態とは違い、意識まで失われてしまったわけではない。
 ──魂は別に稼働している。
 そして魂に意識は付随している。
 肉体は器でしかない。
 意思を介在しなければエヴァは発動しないのだ、つまり、眠っている時には力は使えない。
 起きたまま、仮死状態を生み出せた、これはそのことを証明している。
(つまり、これがエヴァなんだ)
 アスカの意識は、半分だけ体から遊離していた。


「撃て!、撃つんだ!」
 だが殺傷能力の無い武器では、ATフィールドを張り出したナンバーズには通じない。
「ナンバーズが到着しました!」
「よし!」
 いけると隊長格の男が叫ぶ。
「包囲させろ!」
「あそこ!、セカンドとサードです!」
「誰だあのサードの邪魔をしてるのは!」
「それよりセカンドです!、救護班を!」
『アスカ!、アスカ!、ちょっと、リック君!』
 リックの手の中では、マナの携帯電話がけたたましい叫びを上げていた。
 近くの監視カメラをようやく押さえたらしく、そこから確認できた状況に、半狂乱になっていた。
『アスカは大丈夫なの!?』
(どう伝えろと言うんだ!)
 何が起こったのか、何が起きているのか、リックの感情は飽和していた。
 恋人がこんな状況になっているというのに、勝手に言い争っているシンジもシンジだし、放置して逃げたレイもレイだし、当初の目的を忘れて暴れているレイノルズもレイノルズだ。
 そして、どれ一つ取っても、説明できるほど事情がわからない。
 そんなリックの手から携帯電話をもぎ取ったのはマナだった。




「霧島さんね?」
 ミサトは落ちつけと自分に言い聞かせた。
「アスカは?」
『無事です、生きてます』
「生きてるのね?」
『はい、ええと、綾波さんの話じゃ、自分の時間を遅くして、出血を押さえてるとかなんとか、動かすなって』
 ミサトはそれだけで理由を察した。
「そう、じゃあナンバーズの救護隊を派遣するから」
『はい、でも』
「スピーカー、いけます!」
 マヤの声に、ミサトは怒鳴った。
「シンジ君!」
 メインモニターの中で、シンジがビクンと反応した。
「なにやってるの!」
 向こうからの返事など聞く気も無い。
 ミサトはアスカを傷つけた者を、あの化け物野郎だと決め付けて言い放った。
「大事なら!、大切なら壊されないよう守りなさい!」


(ミサトさん!?)
『大事なら!、大切なら壊されないよう守りなさい!』
 シンジはスピーカーがあるらしい方角から顔を戻し、コダマを見上げた。
(ああ……)
 シンジは気が急いていたなと気がついた。
 落ちつけばなんでもない相手だ。
「どいてください……」
 シンジは頼んだ。
「どうしても、やるの?」
 シンジは答える。
「良いとか、悪いとか、『正義』とか、そんなのどうでも良いです」
 まるで『あの頃』の気分だとシンジは笑った。
「そんなの、どっちだって良い、『どっちが好きか』、それが答えです」
 ほんの少し前に訪れて来た『嫌な街』、あの街に住んでいた頃の自分が何故だか思い出される。
「どいてください」
 今度こそ、シンジはコダマの脇をすり抜けた、コダマも今度は止めなかった。


 一歩一歩、シンジは暴れるレイノルズの元へと歩いて行く。
 チルドレンの協力を受けても、体の各部を補強するように筋肉を鎧状に作り替えたレイノルズには、ゴム弾など通じない。
 劣勢に立たされた保安部員たちは、飛び込んで来たレイノルズに頭を鷲づかみにされて地に叩きつけられ、沈黙する。
 まだ理性があるから殺さない、わけではない。
 レイノルズの理性はとっくに飛んでいた、ただ単純に、一撃で殺せるような力が無いだけだ。
 だから、足を振り上げた。
 気を失って白目を向いている男の頭を踏み潰すために。
 ──ポン。
 だが肩に手を置かれて、レイノルズは不用意に振り返ってしまった、その頬を拳が強くえぐり打つ。
 ──バキン!
 表側の上顎が砕け散った。
 一メートルほど吹き飛んで倒れる、誰もが呆気に取られた、それまで手の施しようも無く、慌てふためくしかなかった相手を、武器も使わずに素手で殴り飛ばしたのだから。
 ──サードチルドレンは。
「待たせたね……」
 シンジの『気配』が強く、濃く、広がって行く。
 背後に血管に似た光の繊維が広がり、十二枚の羽根を形作った。
 その末端はさらに細かな『毛細血管』となって広がり、辺りを埋めた。
「傷が……」
 誰かが気付いた。
「痛みが……、引いてく」
 ──発令所。
「なによ、あれは」
 ミサトは呆然とその光景に魅入った。
「半径五百メートルのATフィールドによる結界空間」
「なんなのよ?」
「シンジ君が世界を支配しているということよ、シンジ君の癒したいという気持ちが癒されたい、助かりたいという気持ちを手助けしてるのね、それが能力発現者でない人間にまでエヴァの発動を促しているのよ」
 愕然とする。
「人の想いが病気を治すって奇蹟を、人為的に引き起こしてるって言うの?」
「そうなるわね」
 そんなとミサトは激しく呻いた。
(それじゃあ……)
 シンジの存在は、脅威となる。
 シンジは自分を信じてくれる者、仲間、あるいは気持ちを同じくしてくれるシンパの全てを、能力者として利用できることになる。
(無敵の軍隊の、軍団長……)
 ゾッとする、この悪寒は止められない。
 想像を捨てられない。
 自分を見る視線に気がついてミサトは横向いてしまった。
「リツコ……」
 口にするな、リツコの目からはそう読み取れた。


 そしてアスカは。
(あ、あ、あ……)
 体に戻らぬまま、肉の目には見えなかったものに言葉を失っていた。
(なによこれ、なによ!)
 物質に対する五感とは違う、剥き出しの魂が感じる全ての情報が結び合わさって、今そこにある真実を見せてくれていた。
(なんなのよ!)
 絶叫する。
 見慣れた怪物が地から巨大な上半身の肩口までを出していた、目前の卑小な者を見下ろしている、それはレイノルズだ。
 ならば、怪物とはシンジなのだろう、だが、それだけではない。
(なんなのっ、『アイツ』は!)
 もう一体、居た。
 レイノルズ、シンジ、そして直線に並んだ後方に、金色の巨鳥が地に降りたっていた。
 翼はビルを素通りして広がっている。
 鼓動に合わせて僅かに振動する、その動きに金色の粒子が胞子のように舞い散る。
 何十メートルもある怪物、それは……
(使徒じゃない!)
 アスカは使徒の足元に人を見付けた。
 それはコダマであり、そして。
(見られた!?)
 コダマに、睨み付けられた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。