先に辿り着いていたコウゾウが慌てて情報を収拾し、そしてエレベーターでせり上がって来たゲンドウに対してまずいぞと伝えた。
「この時期のこの事件は後で問題になるぞ」
「今更のことだ、火種はずっとくすぶり続けていたのだからな、誰も気付かなかっただけだ」
「お前は気付いていたと言うのか?」
「全てが燃えてしまえば残るのは灰だけだ、地均しには都合が好い」
 もちろん本気でそう考えているわけではないだろうとわかるから、コウゾウは各支部への連絡を密にしろと部下に命じた。
「ナンバーズに対する心理分析結果を提出させろ!、呼応して反乱を起こさんとも限らん、周辺区域の封鎖と避難はどうなっている!」
「日向君急いで」
「はい!」
 そんな具合に慌ただしくなる横で、リツコは聞こえるわけもあるまいに、耳打ちされているゲンドウのことを横目に見ていた。
 考えているのだ。
 先のシンジの力の意味を。
(そう……、使徒が単体の生物であり、人類が群体であるというのなら、寄り集まって、一個の生物として統制の取れた行動を起こしてもおかしくはない、そう考えればこのシンジ君の力にも説明は付けられるわ)
 元々エヴァは人類が潜在的に持っているものなのだ、ならばそれを同調シンクロによって引き出しただけかもしれない。
(シンジ君の意思の元に?、シンジ君は核なのかもしれない、月に認められる素質がこれなのだとすれば、確かにシンジ君の手足、道具として認められるはずのわたしたちにも、『お目こぼし』の可能性は生まれ出て来る)
 シンジの道具としてなら、生かされるかもしれない、しかし。
(でもなぜ?、シンジ君がわたしたちを束ねる王であるというのなら、このカリスマ性の無さはなに?、どうして皆に素っ気なく扱われるの?、嫌われることもある、好感を抱いているのはごく一部の人間だけで、後は酷く警戒されているわ、そんな人間が王として成り立つと言うの?)
 あり得ないと感じさせられる。
(そう、そもそも本当に月は時代の王となる存在の到来を待ちわびているの?、それもまたわたしは司令に聞かされただけで、鵜呑みにしたまま、疑ってない)
 真実を見付け出すためには情報の検索と事実の照らし合わせが必要なものだが、リツコの観察眼に引っ掛かるものは片端から与えられて来たものを否定していく。
(わからない……、司令じゃない、『上』でもない、わからないのは……、使徒を繰り出している、月?)
 リツコはそんなことを暴走するナンバーズを見つめながら思考していた。


(待て、待て、待てよおい!)
 レイノルズは半笑いになって、がくがくと震える矮小な膝を掴み、堪えようとした。
(こら!、なんで這いつくばろうとしてんだよ、俺は!)
 頭を下げて、土下座するのだ。
 そうすれば許されるはずだから、そんな根拠のない負け犬根性が頭をもたげる。
(こいつ、やべェよ……)
 見た目に騙され、見誤っていたことを知る。
(なんでこんなバケモンが居るんだよ!)
『ヒト』の間に平然と紛れ込んでいるのか?
 彼は改めてこの街がどういう街なのかを知った。
 ──少々遅きに失したが。
 彼の感覚機関は、アスカとはまた違った形で剥き出しとなっていた、それは能力に関って来るものである。
 敵を知り、自己改革を推進する、そんな能力だ、だが最初に発動する『触覚』が、多少の変化では間に合わないと告げていた。
 対応するためには敵を知る必要があるのだが、今レイノルズは、その自身の能力を恨んでいた
 ──自己改造を開始する。
(そうだ、そうで良い……)
 退化とも言える変身を始める、体を矮小に、顔つきを貧相に、猫背な姿に戻ろうとする。
(あいつは……、人間だ、甘ったれたガキだ、コロシなんて)
 へらへらとした情けない姿を晒せば、きっと呆れて見のがしてもらえる。
 そんな計算を働かせる。
 ゴリアテ相手にそうして来たように、彼はシンジにも媚びようとした。
 
──だめよ。
 ビクンと竦む。
 彼は体を硬直させた、変化の途中で。
(な、なんだよ……)
 ゴクリと生唾を飲み下し、振り返ろうとして、できなくなった。
(なんだよっ、なんでェ!?)
 正面に居る怪物と同じくらい、何か恐ろしい存在が降臨していることに気がついた。
「ヴ、ヴァ、ア?」
 ──風が体を撫で付けた。
 その刺激に、勝手に体が反応する。
 変わろうとする。
(ちょ、ちょっと待てよ、おい!)
 くすくすと……、女が洩らす鼻息が聞こえた。
 ──アスカは見ていた。
(あれ、が……)
 コダマと使徒は一心同体だった、コダマの背後から、使徒の翼から吹く風が、レイノルズを揺さぶり変わらせる。
 黒く、どす黒く澱ませて行く。
 しかしアスカが見ているのはシンジだった、シンジに重なって見える鬼の姿だった。
 ──頭頂部の角が、後方へ折り曲がるように反っている。
 そして眉間は左右に割れて、『三つ目の眼』を曝していた、赤い瞳、その中央は破かれて血を滴らせている。
 ──破いているのは、女だった。
 女が腕と下半身を埋め込まれる形で、胸から上を覗かせていた、その顔には見覚えがあった、病室で、そして外で、幾度もシンジの傍に感じた気配の持ち主だった。
(なんなのよあいつは!)
 うすら笑いを浮かべている、しかし良く見ればその視線、首の動きが、シンジに連動していることが確認できた。
 コダマと使徒がそうであるように、この二人もまた繋がっていた。
 繋がってレイノルズを冷笑していた。
(なんなのよ!)
 とすれば先程自分がやられたのは?
 シンジにやられたのだということになる。
(シンジがあたしを拒絶?、嘘……)
 ほんの十数分前までの笑顔が嘘であるとは信じ難い、しかし。
 ──僕たちに、必要だったのは……
 あの謎の夢のことが思い出される。


「早く急いでください!」
「ああ、わかってるよ」
 加持はハンドルを切ると同時にサイドブレーキも操った、車体が横向きになって道路を滑る、中央線に切れ目、それを狙って車は対向車線を横切り、脇道へ入る。
 その先にあるのはもう一つのゲートだ、車専用の。
「聞かせてくれないか?」
 アクセルを微妙に緩めながら加持は訊ねた。
「どんな命令よりも君からの呼び出しを優先するよう指示されている、なにをするつもりだい?」
 レイは押し黙った、いや、押し黙ってしまったと感じたのは単なる加持の早とちりだった。
「レイちゃ……」
 気安く呼び掛けようとして、加持はレイの異変に気がついた。
「お、おい……」
「停めないで!」
 レイはかまわず急げと訴えた。
「はぁ!」
 体をのけぞらせ、余りにも細い喉を加持の目に晒す、
「くっ、ああ……」
 腿に力を入れて、内股気味に擦り合わせる、じっとりとかいた汗が突っ張り、肌が奇妙に捩れ狂った。
「あ、あ、あ、あ、あ……」
 断末魔の声に似た扇情的な声を洩らし、悶える、加持は汗に髪がはりついたレイの表情に、欲情するよりも恐怖を覚えた。
(なんだって……)
 言うんだと、気もそぞろに運転を続けていたのだが、今度こそげっと唸って急ブレーキを踏んだ。
 バリッと皮膚の裂ける音がして……
 服の胸元を突き破り、赤黒い槍がその頭を覗かせた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。