──だから、殺さなければならない。


 ──ゴン!
 衝撃音に気がつく。
「レイ!?」
 シンジは顔を向けて困惑した。
 逃げたはずのレイが思ってもいなかったほど近くに居た、逃げ惑う内に追い付いてしまったにしても、そんなに離れた場所ではなかった。
「レイが、二人!?」
 なんでと思う、その隙を突くようにぶんと空気を薙いで襲いかかったのは、零号機の手のひらだった。
 水遊びをするような軽さで、軽く地面を削りつつ、溶岩流の飛沫を散らす。
 その中にシンジの姿はあった、ATフィールドの玉にくるまって回転している。
 ──コロス、コロス、コロス!
 零号機の中、マサラはさらに追い打ちをかけようとした。
「重い!、さっさと動けこのポンコツ!」
 マサラの意志が零号機に対して増幅をかける。
「くぁああ!」
 腰を捻り放った拳から、衝撃波に似た不可視の何かが飛んで、シンジの体を直撃した。
(あ……)
 シンジは意識の喪失を感じた。
 感じているのに……、『自覚』もあった。
 自分は気を失っているのだと。


「ほら、彼がやられたぞ」
「この!」
「助けに行かなくていいの?」
「うるさい!」
 癇に触るのは男性と女性の声を使い分けることだった。
「大体、どうして突っかかって来るの!、人を使徒みたいにして、確かめるってなに!?、迷惑なのよ!」
「この姿で襲わなければならなかった理由は、槍を使わなければならなかったからだ、擬態を解かねばならなかった」
「だからって!」
 ここに来て二人の会話は噛み合わなくなってしまった、ゴリアテはレイノルズがレイを追い回していたことを知らなかったのだ。
 ただ、この姿のせいで勘違いしたのだろうなと、それだけを感じていた。
 都合よく。


「上で何が起こってるの?」
 怯えるヒカリであったのだが、それもすぐに割り切るしかなくなった。
「あ……」
 苦痛に暴れ回ろうとするアスカを、筋肉強化者が押さえつけ、無理矢理治療を施した。
 自然治癒だけでは間に合わず、形成を無理矢理行い、復元する。
 だが一定のラインを越えた時、皆は治療行為を止めて手を離した。
 勝手に治り始めたからだ。
「アスカ!」
「だい……、じょうぶ」
 アスカは脂汗を滴らせながら言い返した。
 必死に両腕を抱え込まないように堪えている、その状態で横倒しになって悶絶している。
「痒い……、だけ」
「痒いって」
 はっとヒカリは気がついた。
(加速?)
 両腕の時間を加速させて、無理矢理代謝機能を早めているのだと感づく、そのために痒いのだ。
 そして戻って来たのは、真新しいアスカの腕だった、多少指の細さと長さが違わないでも無かったが。
(大丈夫……、よね)
 アスカは心配しなかった、移植された手や指が新たな持ち主に合わせて形状を整えるのは良く知られている話だったからだ。
 その内元通りの自分の腕になるだろうと無理矢理安堵する。
「アスカ……」
 その新しい腕を使い、体を起こそうとするアスカにヒカリは怯えた。
(どうしてそこまで……)
 シンジを思うのか、シンジの元に行こうと思うのか?
 ヒカリには理解できないことだった、だが。
 ──いつまでもしつこくはない?
 そんなアスカに不快感を抱いた者が、たった一人だけ居た。
 ──コダマであった。


(気を失ってる場合じゃないのに)
 気持ちがそう先走る。
(力があれば?、でもそんなキャラじゃないだろう?)
 先走る気持ちに冷や水をかける。
(でも大変なことになってるんだ!)
(だからってどうして僕が)
(大変なんだよ!)
(大変だったのはアスカとレイで、アスカもレイも逃がしただろう?)
(それでも大変なんだ!)
(だからなにが?)
 うるさいとシンジは自分に叫んだ。


 ──次元が反転する。
 まるで裏返るように、そこだけが歪んだ、シンジだけが。
 シャツの下、鳩尾の辺りが変に盛り上がり赤く発光した、シャツが弾け、赤い玉が筋肉を引きずり伸び上がる。
 それに引きずられてシンジの背骨が引っ張られた、裏返っていく、シンジの『身』が。
 そしてシンジに付随する空間が巻き込まれ、引きつれた。
 ブチンと千切れる。
『コア』を中心に新たな物質が組成される、コンマ以下の秒数で細胞の増殖が完了する。
 そうして溶岩流を踏み付けた時には、もう初号機の姿に変貌していた。


 直接見ても信じられぬと誰もが我が目を疑った。
「あ」
 マヤが気付く。
「周辺温度下がります、三百、二百」
 急な寒暖差に突風が吹きすさぶ。
『初号機』の足元から燃えていたコンクリートが固まって行く。
 冷えてひび割れて爆ぜる。


 シンジはゆっくりと顔を上げた、少なくとも本人としてはそのつもりだった。
 実際に顔を上げたのは初号機だった、カハァと開きっぱなしの口から白い『蒸気』を吹き出した。
「う……」
 マサラは恐ろしくなって逃げ腰になった、下がってしまう。
 まだ初号機は何もしていない、そこに立っているだけだ。
 けれどもレイノルズがそうであったように、冷えた頭にはその存在そのものが恐ろし過ぎた。


「行かなくちゃ」
 ようやくの思いで立ち上がったアスカを支えたのはヒカリだった。
「行くってどこに?」
「どこって」
 だからとアスカは酷く喚いた。
「シンジのところによ!」
「無理よ!」
「どうして!」
「だってどうしてあたしたちここに居るの!?」
 アスカは虚を衝かれたような顔をした。
 追われて来たのだ、確かに戻れるはずがない。
「じゃあ他の道を使って」
 そう思って奥に進もうとして……
 アスカはそこに、またも彼女を見付けてしまった。
 ──洞木コダマを。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。