「零号機、シ……、いえ、初号機と交戦状態に入ります!」
 狂乱を窺わせる報告に対して、ミサトは小さく呟いた。
「とうとうキレたか」
「そうでしょうね」
 リツコも同じように判断した。
「画面越しじゃ分からないけど、相当のプレッシャーを食らってるはずだわ」
「それより驚きは零号機を起動させていることよ」
「レイ以外にも可能だったなんてね」
「あら?、それは前に説明したはずよ?、エヴァは搭乗者に合わせて特化していく性質がある、だから下手な乗せかえはリスクを背負いこそすれど、メリットが少ないだけだってね?」
 ふうんとミサトは生返事を返した。
「じゃあ驚きってなに?」
「レイの能力は、チルドレン中最も得意なものでしょう?、それに合わせて変質している零号機は、弐号機や3号機以上に、自身の能力を生かしづらい機体のはずなのよ、なのに……」
 でもとミサトは口を挟んだ。
「そうは言うけど、あれは動かしてるだけでしょう?、能力なんてろくに使ってないし」
「これもシンジ君の影響かもね」
 ミサトはそこには触れたくないとばかりに声を発した。
「避難誘導の方、どうなってるの!」


「アスカ?」
 戸惑い、体を強ばらせているアスカの様子に、ヒカリは怪訝なものを感じて首を傾げた。
「どうし……」
 そして気がつく。
「お姉ちゃん?」
 通路の先で、コダマが薄い笑みを浮かべていた。
 ゴクンと奇妙な音が辺りに響く、震動に誰もが不安げに周囲を見渡した。
「いいの?」
「え?」
「早く逃げなくて」
 アスカは喚くことで意気に変えた。
「あんたなんなのよっ、一体!」
「アスカ!?」
「さっきは上の街で、今度はこんなところに居て、その上『そんな』の連れて!」
 一度『知覚』したからだろうか?
 肉の器に戻った今も、アスカは『それ』の存在をひしひしと感じていた。
「さっきはシンジで、今度はあたしってわけ?」
 微笑を浮かべ、無気味な軋みに注意を向かせる。
「通路を幾ら塞いでも無駄よ」
「え?」
「壁の向こうは、空洞じゃない」
 はっとしたのはアスカだった。
 ダクトやシャフトだけではなく、壁の向こう側にはあらゆるラインを通すための裏側とでも言うべき空間があるのだ。
 ここは本部ではない、本部に向かうレールラインへ向かう通路だ、つまりジオフロントの天蓋の内部である。
 通路は筒のようなものだ、どれだけここへの侵入を防いだとしても、上下からの圧力で歪むくらいのことはおこるかもしれない、そして圧力に負けた通路は外れて下に落ちるかもしれない。
「急いでここを離れて!」
「もう遅いかもね」
 次の瞬間大きな震動の後に、アスカたちは強い浮遊感に襲われた。


 都市の大地である天井、その下数層が一気に抜けた。
 何枚のもプレートが落下する、それを追って溢れたのは黒い巨大な粘菌だった。
 直径で一キロ近い、質量は考えたくも無い、それが傘を広げて空気を受けて、ふわりと大地に落下した。
「きゃああああああ!」
 森林部よりさらに深部にある発令所にも、その激震は伝わった。
「被害報告を!」
「森林部に大規模な震動を感知!、地盤が割れて一部に月の外壁が露出しています!」
「死んだんじゃなかったのね」
「むしろ上の部分を切り捨てたのね」
 黒い粘菌が蠢き始める、森を食らって巨大化する。
 大地が腐り、溶けていく、木々が枯れ、僅かながらに離されていた動物たちが、捕食されて呑み込まれて行った。
 その分、本体の質量が増す。
「あ……」
 だが……
「なによ、あれは……」
 ミサトは唖然とした、ミサトだけでなく、リツコも、発令所の面々も呆然とした。
 画面の一角に、小さく明るい光を放つものが翼を広げていた、周囲に天井の構造物が付随するようにして浮遊している。
「セカンド他ナンバーズの反応検知!、あの中です!」
「まさか!?、使徒が子供たちを助けたって言うの!?」
「それよりなんであんなところに使徒がいるのよ!」
 そのことこそが重要だった。


「あ、あ……」
 くるくると回る、縦に回る。
 通路が回転する、その中央付近でアスカたちは纏まって浮かされていた。
 見えない繭にくるまれて。
 通路の先端にはコダマが居た、唯一地に足を着けている、そのためにアスカたちは、彼女が自分の周囲を回っているような錯覚を受けた。
「殺さない?、どうして」
「別に、敵じゃないでしょう?」
「どういう意味よ……」
「言葉のままよ」
 コダマは年長者らしく、穏やかに伝えた。
「使徒だから敵、ということはないのよ、ただ誰も使徒に『感情』があることを確かめなかっただけ」
「感情!?」
「そう、自律思考型兵器って難しい言い方もあるけど、その本質は反射行動に過ぎないものでしかないの、『怖い』だから『戦う』、ただそれだけのことでしかなかったのよ、だから『風』で触れてみたの、わたしは怖くないってね、伝えたの」
 アスカは眩暈を感じてしまった。
「使徒と心を通わせたっての?」
「それがシンジ君に教えてもらったわたしの力だからね」
「お姉ちゃん!」
 ヒカリは泣きそうになって訴えた、一体どう言うことなのかと。
 しかしコダマの反応は冷たかった。
「つまらない子」
「え……」
「いつまでもいつまでも、今が一番、これで良いんだ……、本当にそう思ってるの?」
「なにを……、なにを言ってるの?」
「わかんないっか……、まあ、でしょうね」
 蔑みを浮かべる。
「手にある幸せのことだけを考えてる、それをこぼさないようにって両手を合わせてる、でもね?、本当はみんながその手を支えてくれてるの、わかってる?」
 ──なのにあなたは見ようともしない。
「シンジのことを……、言ってるの?」
 くすっと笑った。
「さすがシンジ君の彼女ね」
「付き合ってるのは、あんたでしょうが……」
 苦笑を浮かべる。
「とっくに終わってる」
「え……」
「でもね、その理由が気に食わないから、ここに居るのよ」
 ガンと壁が、床が、天井が砕け散った。
「ATフィールドの干渉光!?」
 アスカは見た、光が鋼材を寸断するのを、そして宙に投げ出されてしまう。
「きゃああああ!、あ?」
 それでも数十人の子供たち、大人たちは、見えない力によって、安全に森の真ん中に降ろされた。
「お姉ちゃん!」
 へたり込みながらも声を上げる、木々から危険を感じた小鳥が飛び立つ。
 ぺたんと冷たい地面にお尻を落として、ヒカリは必死の声を放ったが、けれどコダマには届かなかった。
 ──もう耳を貸しはしない。
 彼女はアスカだけを見つめていた、しかしアスカは背後の人間のことを気にかけた。
「ヒカリはみんなを逃がして」
「でも!」
「後ろを見て!」
 叱られて焦り、振り返り、ヒカリは小さな悲鳴を上げた。
 黒い津波が押し寄せて来るからだ、縁が波打って蠢き、触手のような形を作っていた。
「早く行って!」
 アスカはヒカリを叱り付けることで皆を急かした。
 くすくすと癇に触る笑い声が耳に入る。
「なによ……」
「立派だと思ってね」
「ふん……」
「その立派さが邪魔なんだけど」
「邪魔?」
「そう」
 目を伏せる、次に顔を上げた時には、酷く冷徹なものを発散していた。
「シンジ君の未来にね」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。