「こっのぉおおおお!」
 泣きそうになりながら、マサラは零号機に指示を下した。
 零号機の腕から炎が吹き出す、その炎を蹴散らして光弾が放たれる、加速された粒子は夥しい電荷を帯びていたが、それも今のシンジには些細な現象に過ぎなかった。
 ──キン!
 ATフィールドによって容易に弾く。
 弾かれた光弾は純粋なエヴァとなって散った。
 もっとも基礎である元素に還った。
「力が……、通じないなんて」
 ゾッとする。
「これじゃあまるで、『フィフス』じゃない」
 彼女は瞳に恐怖を浮かべた。


 ──記憶は三年前に遡る。
『ここが?』
『そう、君の新しいうちだよ』
 少年は薄く笑みを浮かべる。
「どうした?」
「三年前のことを思い出していました」
 ──ドイツ支部。
 暗い『所長室』には、数人のナンバーズが寄せ集められ、力を使い、日本の様子を映し出すよう強制されていた。
 たった一人のためにである。
「マサラ、あの子は非常に被害妄想が酷くて、僕を恐れていたものですよ」
「あながち妄想というわけではなかろう、罪と定め、裁く立場にあったのだからな」
 笑っているのはカヲルだった、問題は彼が座っている椅子である。
 所長の椅子だった。
 ぎぃと背もたれを鳴らし、体をリラックスさせる。
「僕を見る怯えた目、それは他の誰よりも僕を恐れるものでしたよ、当然ですね、彼女の能力は他人の能力の増幅でした、なのに僕の力にだけは触れることすら叶わなかった」
 当然だなと隣に立つ男は頷いた。
「キャパシティが根本的に違い過ぎる、人、チルドレンが一時いちどきに放出できる力には限りがある、例えれば蛇口だ、そして彼女はタンクであり、ホースに過ぎない、発せられた力を蓄積し、勢いよく噴出させる、それだけの能力だ、君のように『取り込む力』には不適合を起こす」
「彼女はシンジ君の力を取り込めるかな?」
「桁違いだ、破裂するだけだな」


 ゴリアテは肩越しにエヴァを見て判断した。
「長くは持たないな」
 槍を振る。
「死んでくれ」
「え……」
「そして君と入れ代わる、手順を繰り上げることになるが、予測範疇だ」
「なに言ってるの?」
「本部のファーストチルドレンと入れ代わるために俺は来た、問題無い、もはや残された時間は残り少ない、人との接触を絶ち、人付き合いの悪さを装っていれば護魔化せる」
「護魔化せるって……」
 呆れ返ってしまい、レイは僅かに穂先を下ろしてしまった。
 その隙を突いて動く。
「死ね」
「あっ!」
 レイには避けることもできなかった。


「くっ」
 アスカは歯噛みして訴えた。
「シンジの未来に、あたしが邪魔って……」
 それって。
「あたしはいらないってこと!?」
 怒りの強さに肩をすくめる。
「そうなるかな?」
「なんでよ!」
「理由が必要?」
「ふざけないで!」
 腕を振る、怒りが強過ぎたためか不自然に力が発動していた、コダマの体を炎が舐める。
「……そういうところが、邪魔なのよ」
 その怒りの炎を、コダマはそよ風のようだとあしらった、乱れた前髪を軽く払う。
「どうしてそう固執するの?、シンジにあなたなんていらないのに」
「勝手に決めるな!」
「決めてるんじゃない、事実なだけよ」
「……言い切ってくれるじゃない」
「言い切れるだけのことを知ってるからよ」
 アスカは歯ぎしりして問いただした。
「言ってみなさいよ」
「……詳しいことなんて知るわけない」
 怒鳴り付けようとしたアスカだったが、機先を制された。
「でもね、これだけはわかる、シンジはあなたを必要としてない、同情してるだけ」
「同情!?」
 はんっと鼻で笑い飛ばす。
「このあたしに!?」
「そうよ」
「よく言ってくれるわね!、あたしのどこに同情される部分があるってのよ」
「そのこだわり部分だけでも十分なんじゃない?」
 知りもしないことを語っているはずなのに、コダマの言葉はアスカの痛点を的確に突いた。
「そうじゃない?、シンジって昔からそうだったんでしょう?、その時その時の立場に合わせて、それでも大丈夫だって自分を慰めて、なんとか一人でもやっていけるさって方法を見付け出すのが上手かったんじゃない?、例えそれが他人からして見れば寂しくて辛いだけの方法であっても、シンジはそれほど気にしてない」
「だから!?」
「シンジが気にしていないのに、どうしてあなたが気にするの?」
「それは!」
「あなたが気にしているだけじゃない、シンジは大人になろうとしてるのに、あなたはシンジを引きずり戻して、どうしてそんな真似をするわけ?、それってあなたの我が侭でしょう?」
 背後の音が大きくなる、もうここが呑み込まれるのも近い。
 森の木々が押し潰されるバキバキという音が声を聞き取りづらくする。
 苔むした地面が揺れに滑る。
「シンジに謝りたい、シンジを癒したい?、違うでしょう?、そうすることで埋め合わせをしたいだけ、シンジは優しいから付き合って上げてる、でもね、それが成長を阻害してるっていうのよ」
 はんっとアスカは鼻で笑った。
「阻害だなんて、難しいコトバを使うじゃない」
「あなたみたいにこだわっている人間とは違うのよ、こだわりを捨てて成長しているの、わかる?」
「だからシンジも捨てたっての?」
「捨ててない、捨てられたのよ」
「捨てた?、シンジが?」
「そうよ、言ったでしょう?、シンジはいつも前を見てる、後ろ向きに見えてもそれでも生きていくしか無いんだって諦めて、なんとかやって行こうと堪えてる、堪えて生きる方法を探してる」
「……」
「あたしのこともそう、あたしを気にしていてはやれないことがあるから、あたしを気にしないことにしたの、あたしはそんなシンジが好きだから引き下がった、けどあなたはどうなの?、シンジをがんじらめにして、シンジの生き方を否定して」
「してない!」
「シンジを支えなければいけない?、シンジが可哀想だから?、違う、自分を保つためにはシンジを支える必要があっただけでしょう?」
 アスカは声を失った。
「ちが……、違う」
 にぃっといやらしい笑みを浮かべる。
「違わない」
 ゴォンと岩盤の砕ける音がした。
 足元も揺れる。
「過ちだから、清算しないといけない、でないと汚点になるから、拭わなくちゃいけない、シンジってのはあなたにとってなに?、人生を彩るための道具なの?」
「違う!」
「違わない、どんなにシンジ君が立派になっても、そこにはあなたの手が入ってなくちゃいけない、でないとあなたは立派なシンジ君の汚点になるから」
「違う!」
「違わない、人の汚点になることは苦痛だから、堪え難いことだから、だからその人にとって好い人になろうとしてる」
「違う!」
「違わない、所詮あなたはシンジに同情してる振りをしてるだけの子よ、シンジを憐れむことで自分を確立しているだけのいやらしい子」
「ちがうっ!」
「シンジは優しいからそんなあなたの本音を知ってて黙ってる、同情して、かまってあげてる」
「……」
「あなたなんて最初からシンジにはいらなかったのよ、あなたが出て来たことでシンジが何を得たっていうの?、シンジは歩みを止められて、昔のことを蒸し返されて、色々なしがらみを受けさされて、ろくなことがないじゃない」
 巨大な影に包まれる。
「吐きそう?、そうよね、図星を突かれれば気持ちも悪くなるものだものね」
 頭上を見上げる、粘液状の物体が、大きな傘を広げ、いまにも落ちて来ようとしていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。