「露呈したな」
 老人が口にする。
「心の脆さ」
「柔さ」
「人は人であるが故に人を超えられん」
「超えうるものは神のみ」
「ならば超越者とはなにか?」
「なにを持って定義すべきか」
「それは人の心の有無にある」
「人の心を失いし者」
「『同族』に対し、ためらいを失いし存在」
「まだ、碇の息子は我ら人の……、む?」
 言葉を切り、老人は満足げに頷いた。
「認めよう、早計であった」
「今しばらくは、見据えよう」


 エヴァが立ち上がる、初号機、01、碇シンジが。
 右手を地に突き、体を起こす、こびりついていた瓦礫が降り落ちる、レイはその様子にほっとした。
「シンジクン……」
 一方。
 レイたちが自分たちの戦いへと没入してしまったのを好いことに、都合よく逃げおおせていた人物が居た。
「まったく、冷や汗ものだな」
 加持である。
「本部と連絡を取って……、っと」
 彼は車で乗り入れるはずだったゲートへと辿り着くと、その傍にあるスライド式の小さな扉を引き下げた。
 中にあったのは、非常時用の緊急電話の受話器である。
 公衆電話に似てはいても、そこには小型のカメラが設置されている、目と鼻と口の幅から登録者をしぼり込み、さらには網膜識別も組み合わせて、その人物が連絡するに最もふさわしい相手へと繋がる仕様だ。
 そして加持の場合は……
『あ、加持さん』
 場違いな返事に苦笑してしまう。
「いよぉ、マヤちゃん、葛城はいるか?」
『いるから!、状況は!?』
 背後で爆発音がし、爆風が吹き込んで来た。
『大丈夫!?』
 苦笑する加持である。
 ミサイルを撃たせておいて、良く言うと。
「今ゲート前だ、と、開けなくて良い、状況を伝える」
 加持は手短に、襲撃者のことを報告した。
『ナンバーズの一人に、そんな子が!?』
「ああ、詳しくは司令が知ってるはずだ」
 加持は向こうがあわただしくなったのを感じて、通話を切った。
 これ以上手間をかけさせるのは無理だと感じたからだ。
「さて……」
 どれだけ役に立てるものか?
 加持はそう思いながらも、懐の銃を抜いて、上部をカシャンとスライドさせた。


「レイシリーズ、まさか完成していたとはな」
 呆然としたコウゾウの言葉に、猛然とくってかかったのはミサトであった。
「どういうことですか、副司令、司令!」
「言葉の通りだ」
「ですから!」
 ゲンドウの暴露がここでも始まる。
「レイがエヴァよりサルベージされた存在であることは既に明かした通りだ」
 だがそれを知らない者たちも多かった、発令所の何割かがどよめきを起こす。
「レイ、レイシリーズ……、レイはエヴァを起動させるための生体部品として生み出された存在だ」
「生体部品?、レイが?」
「そうだ、使徒の模造品であるエヴァンゲリオンには、自律活動を行わせるためのシステムが欠けていた、何故だと思うね?」
 ミサトは先の共食いの光景を思い出した。
「自立して行動するエヴァは使徒と変わらない……」
「その通りだ、だからこそエヴァを創った者たちは、エヴァに作為的な欠陥、欠損を残すことにした、そしてその補填のために、別のユニットを生み出した」
「それがレイだと!?」
「そうだ、正しくはレイシリーズと呼ばれる人造人間だよ」
 ミサトは唾を吐き散らして訴えた。
「レイが作られたものだって言うんですか!」
「そうだ」
「でも!」
「認めたくなければ、かまわん」
 ゲンドウの重々しい声が、この場の聴衆の意識を引いた。
「葛城一尉」
 滅多に使わない、未だ誰もが慣れなていない階級を付けた呼び方に、ミサトは嫌悪感を募らせた。
「はい……」
「君には失望した」
「な!?」
 ゲンドウはにやりと不敵に笑った。
「だが、シンジは知っている」
 ミサトはぽかんとしてしまった。
「な……、んですか?」
「シンジは、知っている」
 くり返す。
「知っているからこそ、シンジは、レイが請け負う予定であった辛苦を選んだ」
「シンジ君は……、犠牲になったって言うんですか?、レイの!?」
 ミサトに続き、リツコも喚いた。
「ですがエヴァが人を取り込んだところで、使徒になるだけです」
「リツコ!?」
「ならばシンジ君に与えられた辛苦とやらの本当の意図はどこにあるのですか!」
 これこそリツコが最も聞きたかった話だった。
 シンジが貫かれた瞬間から、今まで温めて来た疑問。
 いや、それより遥か以前から、ずっと護魔化され続けて来た問題の根本でもある。
「シンジ君でならなかったわけ、レイではいけなかったわけ、いいえ、何故司令はシンジ君にレイを付けたのですか?、シンジ君が初めてこのジオフロントへ来た時、どうして機密であったエヴァンゲリオンへの見学を許されたのですか、司令!」
「それは……」
 代わって言い訳をしようとするコウゾウに、ゲンドウは片手を上げてかまわんと制した。
「碇」
「シンジには資質があった」
「資質?」
「そうだ」
 最大級の秘密を明かす。
「レイシリーズ、その母体となったプロトタイプ、この黒き月より回収された『女』が『自然交配』によって生み出したのがシンジだ」
 ミサトは理解し切れずに間抜け面を晒した。
 リツコはそれも既に承知の事実だとして睨み上げた。
「だが……」
 ゲンドウの苦笑にリツコもミサトも気を奪われた。
「この毒素の強い世界に順応した我々人類の生体遺伝子は、彼女の遺伝子とは比べるまでもなく強い生命力を持つものだった、優性遺伝子のほとんどが『現代人』のものである、限りなく現代人に近い古代人の裔であるシンジを真に覚醒に至らせるためには、肉体の破棄が不可欠だった」
「なぜそんなことを促す必要が……」
「使徒と同じ組成の肉体を動かすために作られた存在は、使徒の器官の一部であると言える」
 はっとする。
「使徒の一部……」
「そうだ」
 ゲンドウは組み合わせていた手を離した。
「この矛盾は君になら理解できるだろう、強靭なはずの使徒の細胞は、遺伝子レベルでは我々人類にはかなわんのだ、あるいは我々人類、いや、その祖となった者たちには、使徒に吸収されながらも、使徒を支配下に置けるよう、ウイルス的なプログラムが組み込まれていたのかもしれん」
 リツコは考え込んで口にした。
「……シンジ君が使徒同様の母親から血と肉を分け与えられて生まれたのなら、その肉体はいずれ現代人の遺伝子によって変質していく予定だった?」
「このことは全人類にも言えることだ」
「え……」
「我々は等しくファーストインパクトより生き残った『レイシリーズ』より生まれ落ちた存在だ、故に如何にエヴァに目覚めようとも、歳を経るごとに現代人としての細胞が全体を汚染し、その能力の発現を阻害していくようになる」
「だから大人の発現率が……」
「だがシンジならばどうだ?、全体に占める割合が、我々よりも遥かに『古代人』に近いシンジであれば」
「いずれ崩壊し、死に至ると?」
「その可能性もある」
「ですが……」
 ふんとゲンドウは鼻を鳴らした。
「君はこう聞きたいのか?、シンジは補完計画の重要な要であると」
「碇!」
 コウゾウの叫びを完璧に無視し、リツコを見つめる。
「どうなのだ?」
「ちょっと……、リツコ、補完計画ってなによ?、リツコ!」
 うるさいとリツコはミサトを払いのけた。
「リツコ……」
 乱暴さが似合わない親友の行動にミサトは愕然とする、しかしリツコにはかまっていられる余裕などなかった。
(違う、この人は問うているんだわ、息子を犠牲にしてまで何かを成しえようとしている人間に見えるのか、それとも息子を助けるために何かをしているのだとは信じられないのか、そんな風に……)
 だからこそ、リツコは悔しそうにした。
 どうしても信じ切ることができない。
 何か策謀しているのではなかと疑ってしまう、その方が自分なりに納得できてしまうからだ。
(でも……)
 自分さえ納得できるのなら、どんな事情も、理由も。
 都合よく理解できるものであるべきだと、捏造するのか?
 悪だと決め付け、貶めるのか?
 それは『上司』の人格を否定する行為に他ならない。
 リツコはらしくもない感情の板挟みに合ってしまって、自分で身動きを封じてしまった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。