「これが答えなの?」
 ──コォオオ……
「そう……」
 コダマの呟きに対して嘆きの声を発し上げたのは使徒だった。
 使徒の声は声帯から発せられたものではなかった、言うなればATフィールドの震動である、故にそれはアスカにも聞こえた。
(馬鹿にして!)
 ──この程度のものではない。
 蔑みとも取れるやり取りに、アスカは感情をいきり立たせた。




(あ、あ……)
 全身をまさぐられる感じに、艶のある声を発して悶えてしまう。
 しかし声を音として吐き出すことはできなかった。
(入って来る、あたしの中に、溶かされる)
 柔らかな刺激に昇り詰め、レイはびくびくと痙攣を起こした。
「があぁ、げぷ……」
 口を開けば流動の物体が流れ込んで来る、しかもその液体にははっきりとした固さがあって蠢いたりもするのだ。
 着衣にも浸透して、直接肌に触れて来る、あげくそこにシンジの感触を感じるのだ。
 まるで直接撫でられ、嬲られているような刺激に恍惚となる。
 絶頂感が頭を壊す、意味不明な悲鳴を零す、意識が白に染まってどこかへと飛ぶ。
(え?)
 その瞬間、レイは確かに見てしまった。
(なに?)
 真っ赤で、真っ黒で、そして余りにも陰惨な……
 生の息吹の途絶えた世界の光景を。


『……い、レイ!』
 はっとする。
『シンジクン!?』
 覚醒するとそこは真っ暗な空間だった。
 遠くに沢山の小さな灯が瞬いている。
宇宙そら?』
『違う、僕の中だよ』
『なか?』
『見て』
 周囲が明るくなって、レイはようやく自分が素裸で浮いていることに気がついた。
『シンジクンのえっち……』
『……そういうのは今度にしてよ』
『今度ね?』
『……』
 しまったという意識が伝わって来て、レイはくすくすと笑ってしまった。
 気をよくして顔を上げる、自分を照らしていたのはたくさんの『光景』だった。
 楕円形の枠が数十と浮かんで、その一つ一つに外の世界が映し出されていた。
『これがシンジクンの世界?』
『そうだよ、これが今の僕が見ている世界の『全部』だよ』
 ──初号機の目が怪しく光る。
 そこから取り込まれた無数の粒子が、視覚野で爆発を起こし、展開されて、光景として知覚されている。
 その中には零号機の中に居るマサラが居れば、呆然としているゴリアテや、唖然としているリック、そしてアスカ、コダマ、発令所の面々ですらも存在していた。
『直接居ない人たちまで……』
『うん……、MAGIと繋がってるみたいだから』
『MAGIと?』
『そうだよ、MAGIからの情報もこうやって見えてるんだ』
 ふうんと返しながら、レイは正直数が少ないなと感じていた。
(あたしの力なら、万は軽く越えられるのに)
 そうだねという思念が聞こえて、レイはびくりと慌ててしまった。
『ええ!?、こっちの考え、わかっちゃうの?』
『それがシンクロってものだからね、レイだってわかるんでしょ?』
『そっか……』
『急だったから、初号機のシステムを模倣したんだ、これ意外にレイを庇いながら戦う方法が見つからなかった』
 聞き方によっては邪魔だったと言われているようにも取れるのだが、レイはそうは思わなかった。
(これって便利かも)
 言葉の中にある真意が感情として伝わって来るのだ、おかげで誤解をすることなくシンジの気持ちを受け入れられる。
 ただ、『現実』の自分がどうなっているのかは考えたくなかった、先に感じた快感の原因がとても気恥ずかしいものだったからだ。
『行くよ』
 しかしレイはシンジの声に照れを感じて、もうヤダとはっきり顔を赤らめた。


 レイの体はシンジの中に埋もれている、しかしその精神はシンジの『世界』の中にたゆたっていた。
 意識だけの存在、なのに『自分』が確定されている、その理由はATフィールドに他ならないのだが、レイは自分と同じ状態を『現実の空間』で発生させている意識体を知覚した。
 ──アスカである。


『ウザイのよぉおお、あんたわぁあああああ!』
 背後に向かって大刀を振るう、切っ先は敵を斬ることなく炎に化けてえぐり裂いた。
 溶ける、沸騰する、弾けて揮発する。
 生体としては上等な部類に入るようには見えないのだが、レイノルズの変化体は身悶えをして苦しがった、末端にまで神経が行き届いているらしい。
 体の半分を反り上げて震わせた。
 ドスンと力尽きて地に落とす、と、これ以上は堪らないと踏んだのか、どろりと溶けて逃げようとした。
『これ以上あんたなんかにかまってる暇は無いのよ!』
 大地が灼熱に染まった。
 レイノルズを中心とした、黒き月と呼ばれる物体の外壁上部を覆っていた地殻が溶解し、溶岩の湖へと姿を変えた。
 ──キシャアアアアアアア……
 もがきながら沈んでいく。
 弾き散らされた溶岩が火災を広げる、幾つかはアスカの『体』にかかりかけたが、寸前でATフィールドに弾かれた。
 消えていく。
 呑み込まれていく。
「あ……」
 マヤが今更気が付いたと報告した。
「ATフィールドの中和を確認」
「そう……」
「でも、これって」
 要領を得ないなとリツコはマヤに代わるよう促した。
 マヤの席に座り、システムの担当者を切り替える、それだけでマヤでは参照できなかった情報も閲覧が可能になる。
「凄いわ……」
 リツコは誰もが興味を惹く声音で呟きをこぼした。
「この数値、あれは実体じゃないのね、アスカが作り出した幻影なんだわ」
 誰に言い聞かせているわけでもない、それでも続ける。
「アスカを中心として位相が完全にずれ込んでる、ATフィールドとはこういうものなの?」
「先輩?」
「相異空間が誕生してる、その中に詰まっている『エネルギー』は完全にアスカの思考波に同調してるわ、アスカの思念があの『形状』を生み出してる、つまりエヴァは魂が生み出してる力なんかじゃなくて」
 顔色が悪くなっていく。
(個々人が神として振る舞うための原材料!?)
 ──ゴォオオオオ……
 燃えさかる炎を背に、アスカはコダマを睨み付けた。
 口があったなら舌打ちし、唾を吐いていたことだろう、だがそれはできなかった。
 変化の対象に、弐号機の姿を選んでしまったためである。
 しかしアスカの表情は、決して苦々しいものを浮かべていたわけではなかった、むしろ恍惚としたものさえ浮かべていた。
『今ならわかるわ、ATフィールドの意味が』
『……』
『あたしがあたしで居られる世界を作れる力、あたしがあたしで居られる世界を生み出せる力』
 そして。
『あたしがあたしの思い通りにできる世界!』
 アスカの夢想が常識として構築され、実体化する、それは創造だった。
 大刀が姿を変える、より恐ろしい大きさへと、そして柄も長くなる。
 ATフィールドと呼ばれる限られた空間の中には、あまねくアスカの意志が反映されていた、アスカの欲するものが現出する。
『もうっ、あんたなんて怖くない!』
 ──にたりとした笑みをコダマは浮かべた。
『それが本音?』
『うるさい!』
『確かに『それ』は『宇宙』を創造できる力よ、そして『その中』ではあなたを中心に回ってる、けどね?』
 視覚の一つが唐突に消えた。
『え?』
 遅れてやって来た熱い痛みに、アスカは左の目を押さえてのけぞった。
『あああああ!?』
 左の目が鋭く切り裂かれていた。
 ATフィールドを貫いて。
 冷静な口調でコダマが告げる。
『ほら』
『痛い、痛い、痛い!』
『欲望は内に向かう心よ、それでは宇宙は広がらないわ、だからシンジなの、シンジを深遠に引きずり込まないで、どろどろとした、底無しのあなたの世界に取り込まないで』
 顔を被っている手を血まみれにしてアスカは叫んだ。
『うわぁああ!』
『シンジと叫べば助けに来てくれるのに』
 それはアスカを憐れむ言葉だった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。