横向きに発生した竜巻が、アスカの腹を貫いた。
 その光景を目の当たりにして、レイは悲鳴を上げてしまった。
『アスカっ、アスカが!』
 シンジにすがる。
『アスカが!』
 しかしシンジはレイの言葉を無視した。
『シンジクンっ、アスカが!』
『わかってる……』
『だったら早く!』
『駄目だ』
『駄目って……』
 レイは信じられなくて愕然とした。
『どう……、して』
『駄目なんだ』
 胸を衝く想いがとても痛い。
(あ……)
 レイは理解してしまった。
 アスカが助けを求めてくれたなら、そんな無念さが伝わって来た。
(今アスカを助けたら、アスカはシンジクンを呪うから?、どうして助けたりしたんだって、こんな嫌な自分を助けたりしたんだって)
 痛みに切り刻まれること。
 シンジに助けを求めないこと。
 自分でなんとかしてみせる。
 それは贖罪の意味を含んでいるから。
 自分がシンジを救うのであって、救われるようではいけないから。
(そんなアスカの気持ちを大事にして?、でも)
 本音はシンジに甘えてる、それもわかってると聞こえてしまう。
(そっか……、そうだよね、『シンジは助けに来てくれる』、そんな甘えが生まれちゃったら、そうなったらアスカはシンジクンが自分にこだわってるって驕りを持って、狂ってく、でもどうして?、どうしてこんな未来が『視える』の?、ちがう、これは『力』じゃない、これって)
 ──洞察力。
 レイは記憶が鮮明になっていくのを感じた。
 大昔、シンジをネルフに案内した時のことを思い出す。
 あの時、リツコが口にしたのだ、別に力などなくとも先を予見することは可能なのだと、未来を予測することはできるのだと。
(なんて『絶望的』なんだろう……、こんなのってないよ、酷いよ)
 環境が作り出した精神にレイは疲労するのを感じてしまった。
 心が疲弊し、摩耗していく。
 思考が自虐的で後ろ向きで、それでも前に向かいたいから諦める。
 見切りを付けて求めない。
 欲を持たない。
 そうしなければ歩けなかった。
 足枷だらけになって進めなかった。
 手を伸ばしても誰も振り返ってくれない、呼んだって耳を貸しては貰えない。
 そんな自分を冷笑する声だけが……
(こんなのがシンジクンの人生観なの?)
『来るよ』
『え?、あ!』
 正面から突進して来る零号機……、の映像が迫って来る。
 レイは慌てて両腕を組み合わせた。
 それが憐れみを向けられたくないシンジの仕業なのだと気付かないままに。


 ──ゴン!
「当たった!?」
 驚いたのはマサラだった。
 信じられないと歩を下げて、再びナイフを油断なく構える。
 間違いなく、シンジが化けた初号機の腕には、自分が斬り付けた痕が残っていた、血も流れている。
 徐々に塞がっては行くのだが、その速度も異様性から比べれば、若干遅いように感じられた。
「でもどうして……」
 レイの搭乗は初号機の背面から行われたために、正対していたマサラからは見えてはいなかった。
 そのために理由を察することができずに困惑する。
(まさか……)
 マサラは都合の良い発想を浮かべた。
「無理があるんだ」
 そうだよね、と唇を舐める。
「普通に使ってる分には披露なんて感じない、命が縮むこともない、だって魂には回復する力があるから、けどだからこそ無理をすると寿命を削ることになる、限度を超えてるから」
 マサラは今のシンジの状態が、無理をし過ぎてのものであると判断した。
「行ける!」
 ──行っけぇ!
 気合いを入れて二撃目を叩き込む、右に持ったナイフを左肩に振り上げて横に振るう。
 しかし意識し過ぎた大振りは、レイには見切りやす過ぎた。
 初号機の仮面に似た頭部甲殻の前面部に亀裂が入る、角が避けるようにやや下がる。
 左右に裂けたそこに現れたもの、それは目だった、白に黒がまだら模様に泳いでいた。
 ──それはレイの第三眼そのものだった。
 ガン!、ナイフが弾け飛ぶ、レイはシンジの肉体を操って攻撃に転じた、左腕を跳ね上げた動きそのままに右拳を突き出し零号機を狙う。
 腹に一撃、自重が災いして零号機は吹き飛べずに腰をくの字に折り曲げる。
 ゴン!、さらに狙いやすい位置に突き出してしまっていた顎を殴られ、零号機はのけぞるようにして背から倒れた。
 そこにあったビルを削るようにしてめり込み倒れる、下層階を失ったビルが倒壊を起こした。
 轟音、白煙、両エヴァンゲリオンの姿が見えなくなる。
 ──突如粉塵が渦を巻いた。
 その中から歪な腕がシンジの首を捕らえ突き出した。
 関節が人の比率の倍ほどはある指が完全に首を固めている、親指の付け根で喉を圧迫している、シンジのもがきようは異常だった。
『シンジクン!?』
 レイは驚いていた。
『フィードバックをこっちに回して、お願い!』
 駄目だと悲鳴が暗闇を揺るがす。
 引き裂かれるかと思えたほどに、その思念波は鋭かった。




「あああ、あああ、ああ……」
 顔が見えているのなら、それは苦悶の表情であっただろうが、痛みの酷さは体の震えから判断する他なかった。
 使徒を背負ったコダマの風が、アスカの腹を突いていた、貫き食い込み、回り続けている。
 風を止めようというのか、アスカはそれを握っていた、けれども手のひらを削られるだけで、無駄に終わってしまっていた。
 ──その血肉が混ざって、血風けっぷうとなる。
 ふらつく足取りで避けようとする、けれども風は執拗に追いかけた、捻り、曲がり、アスカの腹を傷め続ける。
「これなら回復能力なんて関係無いでしょう?」
 死ぬと思う、それ程に痛い、痛みが続くが、アスカは死ねなかった。
 それが『本体』ではないからである。
(馬鹿にして!)
『核』である自分を貫けば終わることなのだ、なのに彼女は狙いを外した。
 狙おうともしなかった。
(馬鹿にして!)
 ふふっとコダマは微笑んだ。
「わたしが憎い?、でしょうね、けど『わたしの手』であなたを殺すわけにはいかないの、だってシンジに憎まれたくはないしね」
(シンジ……)
「そう、わたしが憎い?、殺したいほど……、なら殺してみる?、けど、その時はあなたがシンジに憎まれる」
 ──エヴァの体が強ばったように見えた。
 それは錯覚では無かった、その証拠にコダマが嫌らしい笑みを浮かべた。
「わかった?」
「……」
「あたしはシンジのためになることをする、そのための決意がある、だからあなたを殺せる、憎まれても堪えられる、けどあなたはどう?、どうなの?」
 ──答えられない。
「憎まれても、恨まれても、もう触れてもらえなくなるのだとしても、声もかけてもらえなくなるのだとしても、あたしを殺せる?、その勇気があるのあなたに」
 どうなのと問いかけられても、アスカは答えられなかった。
 混乱することしかできない。
(あたしが、殺すの?、シンジと付き合ってた人を?)
 使徒のことなど見えなくなる。
 ただコダマの顔だけがはっきりと……
 そのコダマは、アスカに対して侮蔑の表情を向けていた。
「だからあなたには預けられないの、シンジのことは」
(……)
「だって、シンジのために思い切ることもできない、自分のために我が侭になりきることもできない、そんな中途半端で誰のために、なにをしようっていうの?」
 使徒が大きく翼を開いた。
(ああ……)
 とても柔らかな光がアスカを照らした。
『アスカちゃん……』
「ママ……」
 光の中に、両手を広げている人影が見えて……
 アスカは喜びの声を発し、心を許した。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。