使徒とエヴァがもつれ合う。
『コダマさん!』
『シンジ!』
 二人の声が張り裂け合う。
 余りにも巨大化し過ぎた使徒は、乗りかかられただけで仰向けに倒れ込んでいった。
 翼の端がジオフロントの両岸を削り、周遊道路を破壊する。
 折れたはしけが跳ね上がる。
『あたしを殺す気!?』
『そんなことできるわけないじゃないですか!』
『じゃあどうするの!?』
『アスカを返してもらいます!、それからコダマさんと』
『喧嘩するっての!?』
『そうですよ!』
『使徒憑きの女と喧嘩!?』
『そうです!』
『結局殺し合いじゃない!』
『違いますよ!』
『どこが!』
『使徒は必ずしも敵じゃないんだ!』
 一瞬呆気に取られたのはレイだった。
 言葉も何もなく、思考が真っ白になってしまった。
(え?)
『いつだってそうだった!、襲いかかって来るとか、セカンドインパクトみたいなことを起こすんじゃないかとか、そういうので戦って来たけど、でもそれって火事とか地震とかと同じ天災で、敵って思って戦って来たわけじゃない!』
(……)
『最初は流されただけかもしれない、仕方ないかって使徒と戦ってた、でも今は違います!』
『自分の意志で?』
『そうですよ!』
『自分の戦い?』
『そうです!』
『ならなおさら返せない』
『なんでっ!?』
 悔しさに声が途切れ途切れに。
『なんっ、で、わかって……』
『わかってないのは、シンジじゃない』
 今度は使徒の番だった。
 翼で地を叩き、体を起こす、そして中心から光線を発してシンジの体を押しのけた。
 無数の光条が一束となって焼き尽くそうとする。
『あああああ!』
『シンジ』
(あああああ!)
『シンジは、もう、旅立っても良い頃なんじゃない?』
『なにを……』
『だって、シンジはもう、エヴァのこと、わかってるんじゃないの?、エヴァってものがなんなのか、エヴァがなんのためにあるものなのか』
『そんなの』
『なのに、『シンジ』は気付いてない振りをしてる、誰のため?、『シンジ』はもう気付いてるのに、どうして?』
(なにを……)
『エヴァは、神になるための力よ、そうでしょう?』
『……』
『神となって、シンジは新しい世界を構築し、育てるべきなのに、この世界にしこりが残るから、行けないでいる』
『そんなの……』
『何年か前のシンジなら、とっくにこの世界に見切りを付けてた、違う?』
(ああ……)
 レイは激痛にもうろうとしながらも、またも見てしまった、あの幻を。
 赤い海の広がる世界を。
『シンジはシンジの世界をもう作っても良いはずなのに、人の世界のために戦ってる、人の世界を守るために、こんなつまらない世界にこだわろうとしてる』
 その通りだと誰かが言った、レイにも聞こえた。
 ──そんなことはわかってる。
 それは嘲るような口調だった。
 ──本当に求めているものは。
『うるさい!』
 シンジは否定した。
『うるさい、うるさい、うるさい!』
 必死の思いでかき消そうとした、内なる声を。
 だがコダマは許さなかった。
『諦め?、それとも慢心?、もう去っても良いんじゃないか、楽になっても良いんじゃないかって思ってる?、けど、僕が居なくちゃって気持ちもある?』
『うるさい!』
『どうして?、誰が居るから『変われない』の?』
『うるさい!』
『シンジはシンジになって良いのに』
 ──そんなことできるわけないじゃないか!
 シンジは涙ながらに訴えた。


 ──またくり返している、あの時を。
 アスカは孤独の中に居た。
 誰かの問いかけに答えていく。
(どうしてシンジを追いかけたの?)
 だってテレビが見れなくなったから。
(どうしてシンジに許されたかったの?)
 だって漫画を読めなくなったから。
(どうして?)
 だってそこに自分が重なるから。
 ──嫌な脇役に。
 クラスメートを扇動している自分がそこに居た。
 クラスメートと一緒にくすくすと冷笑してる自分がそこに居た。
 こんなのあたしじゃないと思った。
 嫌な脇役、敵役、仇役……、苛めっ子。
 いつか復讐されるべき自分の姿がそこにある。
 自分がどれだけ嫌なことをして来たか?、しているか?
 嫌でも思い知らされる。
 限界だった。
 馬鹿馬鹿しいと護魔化すのが。
 もう無理だった。
 罪悪感をすり替えるのは。
 どんなに嘲り笑って見せたところで……
 そんな自分がどれだけ惨めであることか。
 情けなくあることか。
 今ならわかる。
 シンジは本当に心配してくれていたのだと。
 今ならわかる。
 シンジは自分のことなど振り返らないで、本当に、好きだったあたしのために心配をしてくれたのだと。
 ──手を繋ごうとしてくれたのだと、なのに。
 自分はなにをした?
 そんなシンジに。
 シンジの気持ちに。
 なにをした?
 ──仲間だなんて!
(踏みにじった)
 それがあたしの本性。
 だから。
『穢れてる……、あたし、汚れてる』
 アスカは嗚咽を堪える。
(だから、あたしはシンジに責められなくちゃいけない)
 なんのために?
(あたしが、あたしになるために)
 結局、自分のためなのね?
 心の砕ける音がする。


『コダマさん!』
 逆上したエヴァンゲリオンが、使徒の左の翼を引き裂いた。
『シンジ!』
 エヴァが吼える、雄叫びを上げる。
 金色の血が噴き出して、霧の雨をジオフロントに降らせる。
『僕は、僕は嫌いじゃないです、でも!』
 自分の何倍もある翼を恐ろしい膂力で放り出し、エヴァは使徒を踏み付けた。
 ズズンと地響きが起こって地が噴き上がる。
『でも、どうして僕がここに居ちゃいけないんですか!、アスカが側に居ちゃいけないんですか!、どうして!』
『そのこだわりが!』
『違う!、僕だって変わったんだ!、やっとアスカと一緒に居ても緊張しないでいられるようになったんですよ、だから!』
『それも本音じゃないでしょう?』
 穏やかな声がシンジを包む。
 エヴァと使徒の動きが止まる。
『あ……』
『ほら引きずられてる』
『僕は……』
『あなたの本当はどこにあるの?』


 あたしは負けちゃいけないのと誰かが言った。
 あたしは誰にでも自慢できるあたしになるんだと自分が言った。
 だから誰にも誇れない自分で居ちゃいけないんだと思い切った。
 なのに今は何をしているんだろうかと彼女は思った。


『コダマさん……』
『シンジ……』
 使徒の翼がエヴァを抱き込む。
『コダマさんは、なんのために?』
『さあ?』
『コダマさん』
『でもね』
(あたしを見てる?)
 レイはぞくりとしたものを感じた。
『シンジは、影響を受けてる、力が溢れて押さえ込めなくなっているから、気付かない内に他人の願望に汚染されて、自分を合わせてしまってる』
『わかりませんよ、そんなの……』
『その中でも一番シンジを望んでるのはこの子よ、違う?』
『わかりません……』
『シンジは、シンジを忘れちゃいけない、でないととても寂しいことになる』
(あの世界?)
 無音の、静寂の、そして……
 気持ちの悪い。
『人のためになること、人に喜んでもらえることは麻薬みたいなものよ、そうでしょう?、嬉しくて嬉しくてたまらなくなる、けど、それって相手に都合よく利用されてるだけだってこともあるのよ』
『アスカがそうだって言うんですか?』
『そうよ』
『……』
『だから、この子は連れていくわ』
『だめですよ!』
『先に行くね?』
 嫌という叫びをシンジは聞いて。
 そして爆発が立ち上り。
 ジオフロントの天蓋部分を揺るがした。
 発令所では皆が呆然とその光景を見守って。
 こうして不可解な疑問を残したままで、事件は一時的な終息を迎えたのだった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。