モニタに開かれているウィンドウには、物音一つしないアスカの部屋の様子が映し出されていた。
「眠ってる……、とても静かにね」
「そうですか」
 シンジは他にはとリツコに訊ねた。
「大丈夫なんですか?」
「今のところはね」
「今のところ?」
「ええ、脳波に多少の乱れが見られるけど、意識自体は浮上し掛けてる、きっと夢を見てるのね、後は起きてからの確認になるわ」
 リツコはモニタに映っている病室の映像に拡大を命じた。
 ベッド上で、眉間に皺を寄せているアスカの寝顔が、大写しになる。
 シンジはその表情に顔をしかめた。
「あんまり良い夢を見てるわけじゃなさそうですね」
「そうね……」
 ここはリツコの研究室である。
 これ以上のセキュリティがかけられている場所は、シンジの父親が閉じこもっている部屋と、リリスの側、その二ヶ所しか無い。
「とりあえず、今度の被害を教えておくわ」
「はい」
「重軽傷者の数は省くわね、これはナンバーズの治療で数に計上するだけ馬鹿らしいから、でもそうすると残るのは死者一名、行方不明者一名、意識不明の重体が二名、これだけになるのよ」
 シンジは予想外の数字に驚いた顔をした。
「少ないんですね」
「人的被害はね、物的被害は考えたくもないけど……」
 それでもと告げる。
「あなたが過去に何度か行った破壊活動に比べればね」
 少なくとも人手と金をかければ修復できるだけマシだとリツコは語った。
「地下の遺跡はわたしたちの技術力では直しようがないもの」
「そうですか……、そうですね」
「まあ直す必要があるのかどうかは別の問題になって来るけど」
 話が逸れたわねと軌道を戻す。
「意識不明なのは今回の事件で暴走した二人のことよ、ええとマサラに、後は……」
 どうにも思い出せないらしい。
「まあ良いわ、奇跡なのはあれだけの変態を起こして、その上マグマの中に浸されたというのに生きていた、この男の子の方ね」
 アスカのウィンドウの隣に、また窓を開く。
「生きてはいるんですよね……」
 枯れ木のようにしか見えないものが転がっている。
「過去のあなたと同じよ、エヴァの枯渇……、だから手のほどこしようがないわ」
 一旦ウィンドウを閉じて、今度はマサラを映し出す。
「こっちはまだ、エヴァを媒体としていただけに少しは症状が軽いわ、と言っても本当に少しのことだから、余談は許されない状態だけどね」
 そして残る『外人』は一人となる。
「問題は……、この死者一名なのよ」
 シンジのコダマのことはどうなるのかとの視線に、それは後だとリツコは軽くかぶりを振った。
「良い?、この子はね、レイと同じだったの」
「レイと?」
「そうよ、『帰還者』、あるいは『古代人』、または『生きた遺産』」
 シンジは露骨な反応を示した。
「嫌な言い方ですね」
「ええ、でも勘違いしないでね」
「え?」
「そういう意味では、死んだ子はレイよりもあなたのお母さんに近いのよ」
 リツコはシンジの反応を待ったが、シンジはさほどの動揺も見せなかった。
 ただ、何かを考え込んでいる。
「僕は……」
「ん?」
 シンジは違うなとかぶりを振った。
「僕は」
 決意に満ちた顔を上げる。
「僕はリツコさんや、みんなが居る、ここで生きて行きたいって、思ってます」
「シンジ君?」
「でもそのためには、僕じゃない誰かに話を聞いてもらった方が良いのかもしれません」
 リツコは居住まいを正した。
 初めて正面から自分を頼ろうとしている。
 そのことを感じ取ったからだ。
(昔はなんでも抱え込んで、自分だけで片付けてしまおうとしてたのに)
 リツコの目には、シンジが何か、酷く追い詰められてしまっているように見えてしまった。




「やめて……」
 寸前になって、アスカはトウジの体を押し返そうとした。
「なんでや……」
 傷ついた、そんな瞳が自分を見つめる。
「ごめん」
 アスカはその目から逃げようとした、見捨てられた子供がする、良く見慣れていた色をしていたから。
「ごめん……」
 そんなアスカに、トウジは憤った。
「なんや、やっぱりシンジでないとあかんのか?」
「そういうんじゃない……、そういうわけじゃ」
「じゃあなんやねん!、なにがあかんのや!」
 両肩を押さえつけられても、アスカは抵抗しなかった、僅かに痛みに顔をしかめただけで、振り払わなかった。
 その気になれば、トウジなど炭に変えることもできるのに。
「……言ったでしょ?、あたしには、あたしがなりたい、あたしがあるって」
「それがどないしたんや……」
「今度のことで、それがよくわかったから」
「だからなんや!」
「受け入れられない」
 アスカは身じろぎをして、頑にトウジのことを突っぱねた。
「いま甘えるのは簡単よ、だからだめなの、いま泣きついたりしたらきっとあたし、二度と立ち上がれなくなっちゃうから、立ち直れなくなっちゃうから」
「アスカ……」
「あたしはもう……、真っ直ぐにシンジの目を見れなくなるから……、だから」
「……」
「惨めな自分、情けない自分……、もうどんなに自慢できることをしたって、誇れなくなる、永久に理想の自分にはなれなくなる、そんなの嫌よ」
「アスカ……」
「だから、ごめん」
 嫌ってるわけじゃないとくり返したアスカの言葉に、ぱんぱんと軽薄な拍手が送られた。
 慌ててトウジが跳び下がる。
「な、なんや!?、って……」
 アスカは服の皺を直しながら起き上がった、剣呑な目をして。
「あんた……、どうして」
「いや、よかったよ」
 軽薄な笑み。
「もしそのまま君が安易な方向に逃げようとしたなら、僕は君を軽蔑しなければならなくなるところだった」
「渚……」
 そこに突っ立っていたのは紛れもなく、ドイツに居るはずのカヲルであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。