──ふぅ。
陰鬱な表情を湛えた者ばかりが幅を利かせるネルフ本部。
そんな中でも、彼女、葛城ミサトは、一際酷く落ち込んだ揚げ句に、とうとう開き直ってしまっていた。
指折り問題を数え上げて行く。
「一つ……アメリカでの事故の件」
ついついマコトがそれに答える。
「正しくはここから流出してる技術関係の情報ですね。規制案が今作成されてるところですよ」
そうねと気も無くミサトは応じる。
「あれだけの爆発事故だもんね」
「ええ、無制限の放出はやはり問題があるということなんでしょうね」
それからとミサトは先を続けた。
「二つ目は……子供たち」
これにはシゲルが口を挟んだ。
「みんなストレスを感じてますよ。なにしろ、いつ、誰が、どうなるかわからない上に、故郷とも縁を切られて、捨てられてる子が続出してますからね」
「情報はこっちにも回って来ていますよ、酷いですね、親兄弟との通話記録、見るに堪えませんよ」
そしてミサトは、もう一本指を折った。
「そして相互不信、か」
これがもっとも大きな問題だとして、ミサトの胃にずっしりと来ていた。
捨てると言う表現はあまりにも露骨であるとしても、急に親と連絡が取れなくなった子供たちは確実に居た。その子達が仲間の手を借りて、家族がどこでなにをしているのかを知るのは、それは容易なことであった。
「結局……」
誰かが気怠げにこぼす。
「俺たちゃ厄介払いされたってことだ」
へへっと力無く、それでいて乾いた笑いを浮かべる。
「荒んでいくね」
そんな状態を憂いているのはリックであった。
「それもまあ、仕方が無いか。僕たちのほとんどははみ出し者だったわけだからね。それがちょっとした力を手に入れたおかげで、みんなに羨ましがられるようになって……」
肩をすくめる。
「そして再び逆戻り、これはきついよ」
マリアはそんなリックに頭を下げた。
「ごめんなさい」
「マリアが謝ることはないよ」
「でも」
彼女には帰国命令が出ていた、それも、出来る限りの資料を持ってだ。
「ありがとう、マリア、楽しかった」
リックはマリアの体に腕を回した。
「子供の僕を、一人前の相手として扱ってくれて」
「リック……」
「でも、もう良いんだ。僕はやっぱり子供だったよ」
抱擁を解く。
「冗談のように言っていたね？ すぐ子供だからと言って逃げようとすると。そう口にすることで予防線を張って、逃げ回ろうとすると。でもそんなことに関係無く、僕はなにもわかってはいなかった」
「なに？」
「わからない」
リックは素直に告げた。
「本当に、なにが起こっているのか、なにが行われているのか。僕は期待されているのだとばかり思っていた。けれど実際には政治的な道具でしかなかった」
リックとマリアは酷く嘆いた。
「それは考え過ぎだわ。少なくともわたしはあなたを愛してる」
寂しげに笑う。
「その言葉を、マリアの、そして僕の両親の前で口にできる？」
マリアは言葉に詰まってしまった。
身を更に離し、リックは小さくかぶりを振る。
「僕は今までも思っていたよ。ナンバーズである僕とマリアとの立場の差は、歳の差から来る障害となんら変わるところはないってね？ けど実際には大違いだった。僕たちは誰かが、何らかの思惑によって生み出した、なにかなんだよ」
深刻な表情でマリアは訊ねる。
「そのなにかってなに？ 誰かって誰のことを言ってるの？」
「それは僕にもわからない」
「リック……」
「だから、僕は調べようと思う」
危険だわ。彼女はそう言って止めようとした。
「あなたがやる必要はないことでしょう？ 査察団なり、なんなり、外部から」
「でもそれじゃあ遅過ぎるんだよ」
切羽詰まった声で言う。
「『ドイツ組』があんなことになってしまって、世界中の目は僕たちに対してとても冷たいものになってしまった。これ以上待ってなんていられないんだ。きっと本部の上の人間は、僕たちの知らないなにかを知ってて、企んでいるんだ」
「そんな……」
「碇シンジ。綾波レイ。惣流アスカ。誰を取っても特異な発露を見せている。そして影響も振りまいている。ついでに月の中心はもう近い。時間が無いんだよ」
マリアは暫く思い悩んだ様子を見せたが、結局は彼の両肩に手を置いて顔を寄せた。
「心配なのよ……あなたが」
「わかってる」
「でも行くのね？」
「僕はもう子供じゃないって、言いたいからね」
すっと彼女の拘束から逃れる。
「マリアがチルドレンの管理官になってくれてよかったよ。おかげで僕は自然なままでいられた」
「やめてちょーだい。それではまるでお別れを言っているみたいだわ」
「お別れだよ」
「リック！」
「それくらいの覚悟をしているってことさ。なにしろネルフの真相に触れようって言うんだ。それくらいはね」
「あ！」
マリアの手が空振った。そこに居たはずのリックの姿は消えてしまった。
「行ったか」
すると今まで繋がっている別室に隠れていた男が顔を出した。
「優秀な手駒だな。誘導するまでもなく動くとは」
「そういう言い方はよして！」
「何故だ？ お前もゼーレによる委員会から特命を受けているはずだ。ナンバーズの意識をネルフの……いや碇ゲンドウのもくろみへと誘導するようにとな」
しかしマリアは苦悩の声で反論した。
「わたしはあなたとは違うわ、ゲイザー。わたしはあの子のことが好きだから、一緒に苦しみたかった、それだけよ」
しかしゲイザーはそんな彼女の懊悩に対して、理解できないとばかりにかぶりを振っただけだった。
●
「いま……まだ一時間しか経ってないのか」
レイは時計を見て溜め息を吐いた。
差し入れと称して本や音楽ディスクなどが頻繁に届けられてはいるのだが、そんなもので今の感情を護魔化すことは難しかった。
（力で覗いて良いって言われてもねぇ……）
どうも勘違いされ気味だなぁと体を傾け、硬い布団の上に倒れ込む。
レイの力はあくまで未来視である。ほんの少しの未来を視るのに、空間的な距離については関係が無い。
一秒先の未来を視るのは、遠視をするのと同じことだが、生憎とレイの未来視はもはや役に立たなくなっていた。
（それだけシンジクンの影響が強く広くなってるってことなんだろうけど……）
股の間に手を挟み込み、もぞもぞと小さく軽く身じろぎをする。
まるでシンジに向かって渦を巻くように全ての事象が落ち込んで行く。未来が砕かれて呑み込まれて行く。
だが未来が無くなる訳でもないのだ。新しい未来が常に生まれる、ただそれがあまりにも不安定で、不確かで……
特にわからなかったのは、その未来に辻褄の合わない進展があったことだった。
例えば昔に視た、自分やアスカがシンジ以外の誰かと幸せになっているような。
今更そんな未来があるわけがない……とまでは言わないが、それでも若さを考えると異常だった。
割り切って幸せを受諾するには年齢が若過ぎる。
ではなぜ過去のことなど切り捨てたかの様に幸せなのか？
幸せな家庭を作り収まっているのか？
それこそ答えは一つであった。
（シンジクンの想像が当たってるんだ、多分ね……）
新しい世界。
作られる世界。
そこで与えられる平凡な幸せ。
（あたしが視ちゃったのはこの世界の未来なんかじゃなかったんだ。流動的に変化してる空想世界）
その中での位置付けだった。
「だからシンジクンが居なかったんだ……」
レイは壁とベッドの間に手を差し込んだ。
そこにある槍を掴むために。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。