月内部、遺跡と呼称されている区画は、重機などが打ち捨てられた状態になっていた。
明かりも消されたままである。そんな場所をミサトのアルビーヌルノーが、ヘッドライトの灯だけを頼りに走り抜けていた。
「この先でルートは行き止まりになるわ」
「随分と時間が掛かりましたね」
思ったよりも深いのだなとリックは闇の向こうに目を凝らした。
「発令所で戦闘を見せてもらった時には、簡単に出撃していましたから、もっと真っ直ぐに抜けられる道があるんだとばかり思っていました」
ミサトは苦い顔をして言い返した。
「あの時はかなり攻め込まれてたのよ」
「そうでしたね」
「本来の出撃はもっと時間をかけて行うものだったわ。レイの力で使徒を走査して、エヴァを配置して」
「今は?」
「今はね……」
そんなミサトたちの動向を掴み、本部発令所では大きな騒ぎになっていた。
「なんなのいきなり呼び出して!」
非常に不機嫌な様子でリツコが発令所に現れる。
「すみません。司令と副司令に連絡が取れなくて」
「言い訳はいいわ。状況は?」
「地下区画に侵入者です」
「地下? 遺跡に?」
「はい」
「どこかの諜報員か工作員?」
「いえ……葛城さんです」
は? リツコは目を点にした。
「なんなの? 冗談はやめてちょうだい」
「冗談じゃありませんよ」
マコトは忙しくパネルを操作してメインモニターに地図と光点を表示した。
「マップは光点の動きから自動作成しているものです。光点のシグナルは葛城さんを示しています」
「速いわね」
「上層部ゲート付近のカメラで、葛城さんの車を確認しています。そのまま乗り込んだようですね」
「でもどうしてミサトが……」
「それはこちらを見て下さい」
シゲルがリツコの疑問に答えた。
表示される映像、それは駐車場でのものだった。
ミサトに槍を突きつけている、リックの姿が写されている。
「……呆れた。どうして今まで気が付かなかったの?」
「チェック機構に介入の後は見られません。というか警備員は駆け付けたらしいんですが、葛城さんに追い払われてしまったそうです」
眉間にきつく皺が寄る。
「なにを考えてるの? ミサト」
とにかくとリツコは指示を下した。
「状況がわからないことは手出しができないけど、保安部に出動を要請して」
「既に準備は出来ています……が」
「なに?」
通信が開かれる。向こうは待機していたのか「あっ!」っと焦った調子で口を開いた。
『赤木博士!』
「霧島さん?」
さらに二つのウィンドウが開かれた。そこにはムサシとケイタの顔が現れる。
「あなたたち……」
『トライデントを出します』
「無茶言わないで。なにをするつもりなの」
『でも今から車じゃ追い付けませんよ。トライデントなら一度に沢山の人を運べます』
「それはそうだけど……」
『出撃許可を下さい』
リツコは焦る彼らに違和感を感じ、即答を避けた。
「なにをそんなに焦ってるの?」
『焦ってるって……わからないんですか?』
「なに?」
『葛城さんが辿ってるルートを確認して下さい。真っ直ぐ最深部へ向かっています』
「最深部……まさか!」
マナはこくりと頷いた。
『多分、そうです』
「でも無理よ! まだ調査団は中枢区画への道を発掘してはいないのよ!?」
『でも嫌な噂を聞いたんです。葛城さんと一緒に居るリックって子、アメリカの研究所からこっちに移る時に、所長から頼むぞって何かを頼まれてたって』
「それがこの行動に繋がるというの?」
『わかりません……けど今は止めた方が良いと思うんです』
後はムサシが引き継いだ。
『赤木博士は甘いんですよ! これ、きっかけになるってこと、わかってんですか!?』
「きっかけ?」
穏便にと制したのはケイタだった。
『ナンバーズのほとんどの子が、自分たちはどうなるんだろうって思ってるんです。リック君もそうかもしれません。それを確かめるために中枢を調べることにしたのかも』
「そんな短慮な……」
『問題は、そう思うことができるってことなんです。みんなもどうなんだって殺到するかもしれません。それくらい不安になっちゃってるんです』
そこまで言われては、リツコも納得せざるを得なかった。そして裏にある意図も読み取れた。
(保安部のナンバーズを同行させたいのね。わたしたちは別に真実を隠しているわけじゃないと理解させたい)
なぜ今になって発掘を中断するのか? なぜ中枢への道を開こうとしないのか?
ノーマルはナンバーズを恐れているのではないか? ナンバーズが大人しくしているのは、これまでの積み重ねがあって信頼してくれているからだ。ネルフの上層部は自分たちを恐れてはいない。その安心感がある。しかしバランスが崩れた時、不安からどのような行動に出るかわからない。
(わたしたちはあなたたちを信用し、頼ってる)
そのパフォーマンスが必要なのだと要請している。
リツコはそういえば彼女は『生徒会』の委員だったなと思い出した。
「わかりました」
マコトに指示する。
「保安部の人間をトライデントの格納庫へ集めて。メンバーは対能力者を想定。トライデントは急いで輸送用の装備に……」
『終わってます!』
「では保安部員の到着を待って順次発進。青葉君、ルートの指示をよろしく」
「はい。シ……初号機が開けた穴なんかも使うから、かなり荒っぽい道になるぞ」
『了解です!』
ウィンドウが閉じられる。しかし通信自体は切れていない。それはマコトとシゲルが耳に付けているインカムで指示を出している事から窺い知れた。しかし……。
(司令と副司令は、こんな時にどこに居るの?)
リツコは肩越しに最上段を見上げた。
カチャリと受話器が戻される。
「碇。動いたそうだ」
二人の前には一人の女性と一人の少女が立っていた。
一人はマリアであり、一人はレイだった。
ゲンドウはその内のマリアに対して目を動かした。
「話は訊いた……それで何を希望する?」
「亡命を」
苦笑したのはコウゾウだった。
「亡命とはまた大袈裟に出たな」
「しかし政治的な駒としてわたしたちは認識されています」
「わからんのは君が何を思ってそこまで思い切るのかだよ」
マリアは肩眉をつりあげた。
「いけませんか? わたしはあの子を愛しています。理由はそれだけで十分です」
呆気に取られている様子のレイに、マリアはそんなものよと微笑んだ。
「変でしょうね。少なくともわたしはそう見られて来たわ。あの子はそのことに関して引け目を感じていました」
途中からはゲンドウに向かって話す口調になった。
「だからこそ支部からの命令にも従順に従い、わたしの立場を少しでも良いものにしようと、しなくても良い苦労を背負い込んでいたのです。しかしそれも……」
彼女が語らなかったのは、レイに配慮してのことであった。ナンバーズが危険視されるようなった現在、持てはやされていた頃とでは、ステータスとしての価値の基準が、百八十度変化している。
ナンバーズの子を囲っている。それは将来を見越してのものであろうと許されていた。
彼女は正確に状況を把握していた。もしこのまま帰国すれば、間違いなく自分たちは引き離されてしまうであろうと。
マリアは自分が知らされていない内容のことも、リックが指示されていると感じていた。しかし支部は彼を使い捨てにするだろう。その時どのような汚名を被せられるかわからない。
「わたしはあの子を愛しています。ですが力のないわたしは人に頼る他ありません」
「頼られても困るとは言わんがね。それに裏の事情はともかくとして、表向きは本人の意志が尊重されているのだし、それに君たちの立場についてもそうだ」
「は?」
「軍のような体裁を整えようと組織改変を行ってはいるが、それは使徒との戦いを想定してのことだった。軍というわけではない。あくまでここは遺跡の調査機関だからね。君たちが職場の異動を望むのなら、それはできないことではない」
「……ありがとうございます」
「しかしこうなると問題が残るぞ」
そんなコウゾウの懸念を、ゲンドウは一言で払いのけた。
「問題無い」
「どうするつもりだ」
「ドイツ研究所への回答を求める。返事を送っては来ないだろうがな。リックについてはレイに似た娘を殺害した容疑で確保、拘留する」
「保護してアメリカの出方を待つのか?」
「そうだ。双方共に動き出すのは、そう先のことではないだろう。ドイツはアメリカに槍を奪われ、アメリカは貴重な槍を期せずして手に入れたことになるのだからな」
「放置はせんか」
「通常の出方を計るだけならレイ」
「はい」
「お前が監視監督しろ」
「え!? で、でもあたしは……」
「シンジを付ける。それで良かろう」
だが碇とコウゾウは口にした。
「それも彼を確保できなければ、無意味だぞ」
──そしてカヲルとシンジは対峙していた。
「君に僕が知っている、とても数奇な運命を辿った人の話をするよ」
訊いてくれるかい? カヲルはそうはにかんだ。
[BACK][TOP][NEXT]
新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。