「この子の名前はマサラ。西の部族の出身だそうよ」
 リックは複雑な表情をしてマリアを見上げた。
「僕はどう取れば好いのかな?」
「え?」
「みんなに噂されているほど親密ではなかったけど、それでも他の女の子を紹介されると弱るんだけどな」
 マリアは慌て気味に言いつくろった。
「そ、そうじゃなくてね。この子は新しくここに来ることになった」
 くいっと裾を引かれて言葉を止める。
「なに?」
「お姉さん。このお兄ちゃんと付き合ってんの?」
「付き合ってるというか……」
「ふうん……」
 にやりといやらしい笑みを浮かべて、マサラはリックに肘打ちを入れた。
「やるじゃん」
 それがマサラとリックの出会いだった。


 マサラが女の子であり、リックが男の子である以上、同室と言うことにはかなりもめたが、二人の関係を揶揄されたことにも関係がないとは言い切れなかった。
「悪かったね」
「いえ」
「他に頼める人間が居なかったんだよ」
 男はまあかけてくれとソファーを勧めた。
 場所は長官室である。つまりこの男はリックの父親だった。顔が笑っているのはマリアがやや憔悴しているからだろう。
 理由は先に述べたとおりだった。
「しかし好かったのですか? マサラをリックに預けて」
 マリアは彼が用意してくれた紅茶へと手を伸ばした。
「マサラの能力は特異であるが故に重要だからな。あらゆる能力者とシンクロしてその能力を増幅する。しかし違った見方をすれば増幅しているのではないかもしれない。同調することによって他人が発動しているものと全く同じ能力を放出しているのかもしれない」
「それも桁外れのレベルでですか?」
「そうだ。ことによるとこの実験施設で監視しているどの子供よりも重要かもしれん」
「監視ですか……」
 自分の子供も含めてという非難の視線にさらされて、さすがに居心地が悪くなったのか、彼はごまかすような科白を使って言いつくろった。
「そう責めないで欲しいな。立場上他の子供たちと差別するわけにはいかないんだよ」
「それは理解していますが……」
「こんなことになるのなら、この役回りを引き受けるのではなかったなと思ったことも何度もあるよ。しかしこの地位にいなければあの子を守ることはできなかったかもしれない」
「マサラも守るべき子供の内の一人ですか?」
「先の話に戻るがな、日本と違ってここの子供たちのレベルは非常に低い」
「日本ですか……」
「比較のための対象として持ち出しただけだよ。問題はマサラが居ればどんな屑のような能力者であろうと強大化できるという点だ」
「難しいですね……」
「マサラの能力を解明するために、各所の研究機関が動き出そうとしている。現在FBIと軍が共同で対処中だ。しかしマサラを狙っているのはそのような不穏分子だけではない」
「子供たちの中からも現れると!?」
 その通りだと彼は頷いた。
「マサラを妻……便宜上そう呼ぶが、半永久的なパートナーとすることができれば、その者は強大な力を手に入れられることになる。王になるのも可能だろう」
「ほんとうに、そんなことを……」
「考えるかもしれんというだけの話さ、今はまだな」
 そのような事態にならぬよう牽制をかけるために、自分にリックに面倒を見るよう仕向けさせたのかとマリアは理解した。
「しかし、あまり面白くありませんね」
「彼女としては、かな?」
「はい」
「面白いことを言うんだな、君は」
「そうでしょうか?」
「俺にはリックと君がまともな付き合いをしているようには見えないんだが?」
「はぁ……」
「あの年齢ならもっとがっつくものだよ。君とて嫌いなのかと迫られたなら体くらい許すだろう?」
「長官……」
「怒らないでくれ。だが俺はそんなに人間が善いものだとは信じていなくてね」
 俺がそうだったからなとは彼は口にはしなかった。
「リックにとって君とはなんなのか? 姉か? 教師か? どうもそうではないらしい。では君にとっては? 俺は性欲を感じない関係を男女の関係だとは認めないよ」
「それは親としての言葉でしょうか?」
「そうだな」
「ですがわたしの年齢で彼をそそのかせば犯罪となります。法に触れ……なんです?」
 そこだよと彼は指摘した。
「法や社会的規範、道徳がなんだというんだ? お互いがお互いを求めているなら、セックスは帰結するべき終着点だよ。これを理性で押し殺しているというのなら、どこかにストレスを感じているはずだ。だが君もリックもそのようなものは感じていないらしい。だとすれば? 体を求めるような衝動に駆られていないのなら、その性衝動はどこで昇華されている? 今更運動で発散しているわけでもあるまい。ならば答えは一つだろう?」
 相手をその対象として見ていないのだと指摘した。
「どうかな? わたしの分析は外れているかな?」
 マリアは正直に答えた。
「わかりません」
「そうか」
「ただこれだけは言えます。彼がわたしに抱いているのが、ありがちな年上への憧れではないのだと言うことを」
「ならば君はその信頼に応えているだけだと?」
「それは……」
「いや、良いんだ。父親として興味があっただけだよ」
「はぁ……そうですか」
 彼は手の内でカップをもてあそびながら告げた。
「わたしとしては、君のような女性があの子に嫁いでくれるのなら、それはありがたいことだと思っているよ。もはやあの子が普通の子を妻に迎えられる可能性は無いんだからね」
 神妙な面もちで彼女も了解した。
「わかっています」
「ああ……しかしだな、日本のジオフロントで行われるはずだった閉鎖空間での心理、行動の研究と調査、それらの実験がこちらに回ってきただろう? となればあの子にかりそめであっても自由が戻るのは数年後のことになる。その時君はいくつかな?」
 マリアはうめいた。
「それは……」
「そうだ」
 深く頷く。
「若く美しい時間を無駄にしてでもあの子を待てるか? あの子はもう普通には生きられない。外に出た後も色々な組織によって勧誘という名の誘惑を受けるだろう。その後は実験動物として扱われるか、便利な道具として利用されるか、どちらかになる。どうかな? 君にはそこまで付き合うことができるかな?」
 マリアにはとても即答するだけの勇気はなかった。
「ですが……」
「苦悩する気持ちはよく分かるさ」
 下手なことは口にしなくて良いと諭す。
「だが実験が本格的になれば、あの子と君は完全に隔てられることになる。あの子たちだけで密閉空間に閉ざす必要があるからな。君は映像や写真のみであの子を見ることになり、あの子は君の姿すら見れなくなる。思慕の念に取りつかれてなお、お互い再び逢える時を夢見て生きていけるのか? 疲れから逃避に走る可能性はないのか? その先にあるのは残酷なことだよ」
 マリアは間違ってもオルジュにはほだされまいと決めた。
「確かに、わたしたちはお互いの気持ちをはっきりと確認しておく必要があるのでしょうね」
 彼は深く鷹揚(おおよう)に頷いた。
「最大の障害となるのは歳の差だろうな。息子と君の年齢差は犯罪的だよ。だが幸いにも今のわたしには地位がある。そして君のお父さんも実力者である。ならば君たちのことは政略結婚であると思わせることが可能だろう。それで周囲を納得させられる」
「頼めますか?」
「君のお父さんは怖いのだがな」
 苦笑する。
「まああの子が持ち得た力は、偶然にも便利なものだ。その利用価値を考えれば、君の実家も無下にはできまい」
 はぁっと嘆息が漏らされる。
「あまり良い方法ではありませんね」
 彼はもちろんだと肩をすくめた。
「なにごとも綺麗事では進まないものさ」


 ミサトは口元に微笑を浮かべる彼の姿に、奇妙なものを感じて声をかけた。
「どうしたの?」
「いえ……思い出していたんですよ」
 こんな風に暗い世界でしたと彼は告げた。
 今は歩きである。リックが空けた穴の向こうにはまた道があった。光源はミサトが車から持ち出してきた小型の懐中電灯のみである。
「いずれ宇宙に同じものを作るのだと聞いていましたが、僕たちにとってはただの地下施設でしたよ。外にあるのは放射線でもなんでもない、ただの空気だ。いつでも逃げ出せる。その安心感は心のどこかにありました」
 なるほどとミサトは了解した。
「それに比べると、この未知さ加減は怖いものね」
「はい。この先に何があるのか……。いや、いるのか」
 二人は緩やかに下っている坂を見つけた。
「次の階層か」
「しかし、似てますね。ここは」
「似ている?」
「はい。船の作りに……」
 徐々に道は細く、天井も低くなって、今では回廊から通路へと姿を変えている。
 それを考えれば人が通るための道の幅など、どんな遺跡でも現代建築物であっても、似たようなサイズになるのは道理なのだが。
「感じが似てるの?」
「はぁ……漠然としていますが」
「でも」
「はい?」
「そういうこともあるかもしれないわね」
 リックは存外に深刻な口振りに息をのんだ。
「どういうことでしょうか?」
 だってと告げる。
「どんなに科学力があったって、外宇宙航行船を作ろうだなんて無茶な話よ。それを現実に変えたのはなに?」
「遺跡の発掘技術……まさか」
 こくんと頷く。
「ならこの遺跡の耐構造そのものも踏襲していた可能性があるわ。似ているのも、当然よね」
 ただしとミサトは付け加えた。
(ここは使徒ではない、人間が通るための道幅になってる)
 やはりこの月にも人間、あるいは人と同サイズのなにかが居たのだろうか?
 ミサトはまたも新たな疑問にぶつかった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。