「ねぇねぇねぇねぇもうシタの?」
 ベッドである。
 うつぶせになってシーツをかぶっているのだが、その背の上ではマサラが景気よく暴れていた。
「ねぇねぇねぇどんな感じだった? やっぱうまく入んなかった?」
「この!」
 リックはシーツごとマサラを跳ね飛ばした。
「どうしてそういう下品なことばっかり言うんだよ!」
 怒鳴りつけた先では、ぺたんと座り込んでいるマサラが、頭にかぶったシーツをどうにかどけようと四苦八苦していた。
「これ取ってよー」
「まったく!」
 両手で掴んで引っぱがす。
「うわ!」
 リックはようやくマサラがろくでもない格好をしていたことに気が付いた。
「ちゃんと服を着ろぉ!」
「着てるじゃん」
 マサラの言う服とは、スポーツブラにショートパンツのことだった。
 発育そのものが悪いために、確かに服に見えなくもない。
「ここ空調利いてるからアツいんだもん」
「だ、だからってそんな格好で……」
「あー! 赤くなってるぅ」
「はしゃぐなこら!」
 戸が開く。気圧式の扉なのだろう、独特の空気が抜ける音がした。
「なにやってるの」
「マリア!」
「きゃー! マリアぁ! リックがぁ!」
「違うっ、これは!」
「はいはい」
 パンパンと手を叩いて彼女は命令した。
「リックをからかってないで、マサラは早くパジャマを着なさい。わたしが上げたシャツがあるでしょう?」
「はぁい」
 それからびくびくとしているリックへと告げる。
「あなたもいい加減慣れなさい。そんなことだからからかわれるのよ」
「無理よねー」
 マサラが大きすぎるシャツをかぶって現れた。白地のシャツで、胸の部分に黄色の猫の絵が描かれている。
 裾は膝にまで達していて、まるでワンピースのようだった。
「リックって純情。まるで小学生みたい」
「小学生、ね……」
「どうせ子供だよ」
 ふてくされて口を尖らせる。
 そんなリックとマサラを見比べて、はしゃいでいるなとマリアは感じた。


「ねぇねぇ、聞いた?」
「聞いた聞いた、あの話でしょ?」
 食堂である。
 艦内のデザインは未だに調整中の部分があるのか、いたるところに中途半端な仕様が見られる。この食堂もその一つだった。
 多くのベンチがあり、テーブルがある。だが調理室側が問題だった。
 直接料理を出せるようにするのか、あるいはベルトコンベアのようなものに乗せて流すのか。まったく決められていなかった。
 その上、宇宙食なのだからと、自動調理機が設置されている。人工重力の都合であった。これの開発がなされなかった場合、食堂は閉鎖され、この調理機のみが残されることになる。
 それでも今から悩むことではないと、彼女たちは調理人が調理してくれたものをトレイに盛って手に運んでいた。もちろんその内容はいずれ宇宙で食されるもののサンプルである。
「マリアでしょ?」
「リックと婚約だって」
「よくやるぅ」
 食堂の入り口付近で、パックのジュースを口にしてたオルジュが、マリアの名を聞きとめて耳をそばだてた。
「あの子狙ってたのかなぁ?」
「リックを? まさか」
「でも長官のお子さんってのはポイント大きいよねぇ」
 そういって女性は二センチ程度に切り刻まれているパスタをフォークでつつき回した。
「あ〜あ。あたしも誰かにコナかけとこうかなぁ」
「将来のため?」
「うん。だってあの子たちって、将来働く必要ないくらいのお金が支払われることになってるんでしょう? だったら今から手をつけとけば」
「でもあの子たちが解放される頃には、あんたなんておばさんじゃない」
 ばぁかとその女は言った。
「付き合ってたって事実があればいいんじゃない。出てきた後も付き合うことになればそれはそれで良いんだし。だめだったら向こうが裏切ったってことにして慰謝料取れば」
 あはははっと笑い声が上がる。
「そんなこと考えてるようじゃ、相手にされないって」
「あ、やっぱり?」
「マリアってやっぱお嬢さんだし。そういう損得部分すっ飛んでるのよね」
「無欲の勝利かぁ……」
「でもあたしはヤだな。やっぱり……若くてかわいい男の子もいいけどね。何年も待たされるのはね」
 すっとその場を離れると、オルジュは肩を怒らせて通路を急いだ。


「マリア!」
 マリアはあまりの大きな声に、びくんと反応して書類を落としてしまった。
「ちょ、ちょっとオルジュ、なに?」
「お前っ、あのガキと」
 はっとして、マリアは場所を変えようとオルジュを押した。ここは資料室である。好奇の視線があちらこちらから注がれていた。
「まったく」
 マリアは自分のために与えられている事務室へと彼を連れ込んだ。
「なにをそんなに怒ってるの」
 どんとオルジュは背後の壁に拳を叩きつけた。
「オルジュ……」
 はぐらかしたのはまずかったかと、血走った目に嘆息する。
「これはわたしたちの問題よ」
「違う。マリアだけの問題じゃない!」
「じゃあ後は誰の許可が必要だって言うの?」
「それはっ」
「オルジュ」
 マリアはつとめて平静に言い諭した。
「祝福してはくれないの?」
 ぽかんとしてしまったオルジュだったが、徐々に頭のてっぺんまでを真っ赤にして、身を翻して部屋を出て行ってしまった。
「まった……」
 くと続ける前に、どかんと派手な音がした。
 嘆息する。分かったからだ。オルジュが壁か何かに八つ当たりしたことが。
 彼のことは難題ではあるが、いつまでもつきまとわれても困る。下手をすると馬鹿な真似をするかもしれない。
 彼女は実家に頼むかと考えた。長官も味方なのだから、彼一人の配置くらいは替えることができるだろうと践んだのだ。
 そんな具合に逃げようとしているからなのか、彼女が手を付いた机の上の書類には、不吉な来訪者の名前が連ねられていた。
 渚カヲル。
 ゴルゴンジュール。
 それはドイツからのチルドレンであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。