── 一週間。
 それだけの時間が経った時、そこには落ち込んでいるマリアの像が完成していた。
「潜在的には……よほど嫌われていたということね」
 けだるく愚痴るマリアの様子に、マサラがリックへと答えを求めた。
「どうしたの?」
「陰口をたたかれているらしいよ」
「ああ、あのこと」
 ベッドの縁にはマリアが、そのベッドにはマサラが転がっている。
 リックは机の前、椅子の上に腰掛け、粉を湯で溶かすだけのコーヒーを口に含んでいた。
「でも妙な話だね。今更なことなのに」
「先導したのが誰かは分かっているわ……オルジュよ」
「他に居ない?」
「こんな話を吹き込んで、他の誰が得をするの?」
 苦し紛れにリックは告げた。
「例えばマリアをひがんでいる人たちとか」
 やめてよと手を振るマリアである。
「こう言っちゃなんだけど、あなたくらいの歳の子を手なずけたり、たぶらかしたりするのは簡単なことよ? ちょっと体を餌にすればその気にさせられる」
「まさにそうじゃないのかと疑われているんだろう?」
「どちらが建設的かの話をしているのよ」
「は?」
 マリアは足を組んで体を傾けた。
「いい? わたしをひがむよりも誰か適当な子に唾をつけた方が得をするのよ。うまくやったわね。ならあたしも。それが普通の考え方なの」
「なのに非難に偏っている?」
「そう……つまりひがみから起こっている問題じゃないのよ」
 マサラが狭い範囲で転がり、壁にぺっとりとくっつきながら話した。
「リックのお父さんはここの偉い人……だったらリックはマリアに告げ口してるかもしれない」
「なんだよ、それは」
 憤慨するリックに対して、マリアはそのことは否定できない誤解だと肯定した。
「そう思われることを止めることはできないわ。事実、わたしはリックに不満を口にしているし、リックもわたしに話してくれている」
「だけどそれは!」
「そう取れるというだけで十分なのよ」
 うんうんとマサラ。
「ただワッカンナイのがさぁ……オルジュってこんなのがバレないと思ってんの? 利用されてるって分かってて乗ってるみんなもみんなだけど」
「分かってる?」
「そりゃそうでしょ」
 壁がひんやりとして気持ちいいのか、離れようとしない。
「あたしたちが『ナニ』かってことを忘れてるんじゃない?」
「あ……」
「ピーピングなんて簡単だよ? それにあの分かりやすさ……顔でモロバレだし」
「そうね……」
「マリアの考えもちょーっと外れてると思うんだ。みんなが煽られてるのは不安なんだよね」
「不安? 不満じゃなくて?」
「そう……ほら、ここって檻や監獄と同じじゃない?」
 否定しようとするマリア。リックも微妙な表情をした。
 しかしマサラは反論を許さなかった。
「誰がどう言ったって、そうじゃない? 違うなら、どうして普通の子供は居ないの?」
 日本のことを例に挙げる。
「ナンバーズって『人種』が現れたって、日本はチルドレンをチルドレンとして使ってる。ええと……なんだっけ? そうそう、ここって未来の宇宙船のイメージで作ってあるんでしょう? だったらここってあたしたちみたいなのだけが乗る船ってことなの?」
 それは盲点だったなとリックは考え込む素振りを見せた。
「確かにそうだ……。テストケースだというのなら、混在している方がより望ましい。みんなはそのことを指摘されて、妙な不安に駆られたのかもしれない」
「リックは分かってたんでしょ?」
「マサラは?」
「あたしはそういう場所に放り込まれたんだって思ってたけど?」
 そうだねとリックはひとつ大きな息を吐いた。
「僕は父さんに望まれたからと我慢して来た。それもまた同じ意味だ」
「我慢って?」
「外の状態を考えたなら、ここは天国なわけだからね」
「そうだねぇ〜〜〜」
「ただ……だからって、自由に羽ばたきたいという衝動を抑えきれるものでもない」
「みんなもそうだってことよね」
「マサラも?」
「あたしは楽しければどこでも」
 そこには外は楽しくないのだという思いが見えた。
 辛い目に遭ってきたのだろう。
「監獄なら監獄で良いんだと思うよ? でも居心地が悪くなっちゃ意味ないよね?」
「リックが看守であるわたしに通じているスパイだと?」
「そう見られてもおかしくないじゃない?」
 そうかとリックは手を打った。
「だけど僕たちがそういう人間でないことはみんなが知っているんだ」
 そうそうとマサラは頷いた。
 同時にマリアも理解した。
「そっか……この誤解はどうして生まれたのか? その誤解を解くためにはどうすればいいのか?」
「マリアの解雇か……あるいは自粛を求めれば良いという訳か」
「オルジュって人の計算じゃないよね? たんなる偶然の効果だと思うけど、うまく働いてる」
 リックは何度も頷きながらも、正直マサラを見直していた。
 こんなにも鋭く穿った見方をする少女だとは思っていなかったからだ。
(だけど……)
 辛い経験をしてきた人間は、内にこもって複雑な思考を展開するようになる。
 その結論次第では精神が疲弊して立ち直れなくなることもある。だからなにも考えないようになっていく。
 そうして脳天気さを装って、深く物事を追求しないようになっていく。
 マサラの性格もそうしてできあがったものなのかもしれない。リックはそう分析した。
「だけど……そうなると僕たちの手には余るなぁ……」
「そう考えているのは、『お父様』たちも同じなんじゃない?」
 マリアはさらっとお父様などと口にした。


「まったく」
 その『お父様』は、難渋した様子で顔をしかめていた。
「なんとか方針がまとまったとたんにこれか」
「すまん」
「お前が謝るな」
「だが妙なことを吹き込んでしまったのは俺だからな」
 ヘイトは年齢差も考えない口調で、遙かに年上の彼に告げた。
「ああまでオルジュが単細胞だとは思わなかった。どうして彼のような人間がここに居るんだ?」
「癒着の結果だ」
「癒着……」
「この時勢だ、知り合いに頼まれれば、断るのも難しいだろう」
「彼女の親か?」
「それと向こうの親御さんだよ。うちの息子が今度なになにの試験に受かって……よしわかった、それなら。そんなところだ」
「……よく知っているんだな」
「当人から謝罪が来たからな」
「当人? マリアの親父さんからか?」
「君も面識はあったな? どこからここの情報を仕入れているのか分からないが、問題の大きさをよく分かってくれているよ」
「そうだな……」
 ことはすでにマリアとリックの恋愛問題だけでは済まなくなってしまっていた。
「二人を引き離せば、それこそ認めてしまうようなものだ。かといってこの状態を続ければ、強健を発動せざるを得なくなる」
「そうなれば不信感は鬱屈した猜疑心へと変化するだろう。俺たちにそれを止める術はなくなる」
 いや……。ヘイトはかぶりを振って口にした。
「一つだけ方法があるな」
「なんだ?」
「すべてを無に帰す方法だ」
 おい……彼は恐れるように口にした。
「なにを考えているんだ? お前は……」
 ヘイトは表情を消して告げた。
「ここにはあるはずだな? 核が」
 彼は認めた。
「発電用の物がな」
「それは嘘だ」
「どうしてそう思う?」
「235が発電用のウランだというのか?」
 ヘイトは彼を睨むようにして見据えた。
「俺だって『燃料』であるプルトニウムと、『爆発』させるためのプルトニウムの差ぐらいは知っている。そして発電機の中にどちらが納められているかもな」
「……」
「そして周辺地区には、爆発時に対処するマニュアルが配られている。何故だ? 臨界事故を想定しているなら、爆発というのはおかしな話じゃないか。なら答えは一つだ、用意されている核は『爆発』させるつもりで用意されたものだ。違うか?」
 正解だと彼は呻いた。
「だがそれを使うというのは」
「ここはゴミ捨て場だ。誰がなんと言おうともな。扱えるかどうか分からない危険物を納めておくための『ケージ』だ」
「監獄か……」
「そして一括処分するために核が用意されているんだ。俺たちはその最終手段に至らぬように手を打っていかなければならない、違うか?」
「そうだ……」
「だが使う予定も考える必要がある。必要な承認は?」
 彼は迷いながらもヘイトに教えた。
「大統領と……本部のものが必要だ」
「非常時には?」
「使用を認められている」
「すべては灰に返るからな。事後承諾でもかまわんか」
「ああ……誰が、どんなつもりで使ったか、それを知ることは誰にもできない。ナンバーズですら過去を見ることができる人間は居ないからな」
 だが本当に、そういう事態だけは避けたいものだと、彼は呻くように口にした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。