シンジの顔からは血の気が引いて、青を通り越し白にまで色が抜けようとしていた。
「まさか……そんな」
 嫌な想像が浮かび上がる。
「アメリカの事故って」
「どうだろうね……」
 カヲルは本当に静かに告げた。
「アメリカの事故が本当に事故であったのかどうかは分からない。誰にも……永遠にね?」
 それは彼らが口にした通りだと告げた。
「誰にも過去を見ることはできない。あるいは綾波さんがもっと広くに目を向けてくれていたのなら、何が起ころうとしているのか、気づくことはできたかもしれない。それでも、あれだけの『眼』を持っている彼女でも、やはり過去をのぞくことだけはできないんだ」
 なぜならとカヲルはレイの力を正確に解説した。
「彼女の力は物質の連鎖反応から、ことの次第と顛末を『感じる』だけのものだからね、すでに確定してしまっていることから、そこまでの流れを読みとることはできないんだよ」
「カヲル君……」
「おかしいかい? 僕だって成長しているんだよ……君と同じようにね」
 君とは違った方法でとカヲルは告白した。
「僕のこの力は力を食うものだ。そうやって成長するものなんだよ。そしてゼーレ……委員会は、一つのとても残酷な決定を下したんだ」
 シンジはごくりと生唾を飲んだ。
「それは……」
 シンジへと酷薄な笑みを見せる。
「用のなくなった者たちの力を喰らい、統合せよ……。無駄にするな。それが僕に下された命令だよ」
「カヲル君!」
「彼らは恐れたのかもしれない。アメリカの施設とチルドレンが失われたことによって出た損失が、彼らに危惧を与えたのかもしれない。本当に君は自分たちが望んでいる人間なんだろうか? 保険を用意する必要はないのかとね」
「僕は誰かのためにこんな風になったわけじゃない!」
「そうだね……そして同じように感じている人物がリックだよ」
「リック君が?」
「ああ……彼の父親は偶然にも前日に会議であの施設を離れていて助かったんだ。すごい偶然だと思わないかい?」
 偶然……果たしてそれで片づけてよいものだろうか?
 誰かが意図して移動させたのかもしれないし、本人がそう画策したのかもしれない。
 そんな具合に悩むシンジに、カヲルはさらなる爆弾を投げつけた。
「そして似ているよね……白き月、南極、セカンドインパクト」
「なんのことなの?」
「その前日に、何人かの人間が南極を離れていたんだよ。ゼーレを構成するメンバーと、そして一人は碇ゲンドウ」
「父さんが!?」
 そうだよと彼は頷いた。
「似た境遇だよね、シンジ君とは」
「そんな」
「そこで……」
 カヲルは口調を改めた。
「ひとつの疑問がわき起こるんだ」
「なんだよ……一体」
「君のことだよ」
 カヲルは表情を消して問いかけた。
「なぜ君はここに居るんだい?」
「なぜって……そんなの」
「彼は自分の父親の動きに疑問を持った。だから中心へと向かっている。君は今を受け入れることであきらめをつけて生きてきたのかもしれない。けれど惣流さんや綾波さんがあれだけの目にあっても取り乱しもしないでこうしている」
「……」
「どうだろう? 僕はそのことを考えた時、とても寒いものを覚えたよ。そしてその想像を止められなくなった。歯止めを無くした考えは、どこまでもふくらんで嫌なものになってしまった」
「カヲル君……」
「そしてその考えは、今は確信へと変わっているよ」
「なんだよ」
 怒鳴り声が発せられる。
「なんだよ……なんのことを言ってるんだよっ、カヲル君!」
「君は本当にシンジ君なのかい?」
 シンジは言葉に詰まると同時に、目を丸くした。


「これは……」
 そのころミサトとリックは、理解不能な場所へと出ていた。
「下がっていてください」
 目にはなにも映らない。ただ闇が先へと続いているだけだ。
 だが二人は何かを感じ取り、進めなくなってしまっていた。
 リックが前へと手をかざし、やや目を細くして集中する。
 不可視の力が凝縮し、一点に加圧をかけた。力が無理矢理空間をもぎ取ろうとする。
 しかし異音が鳴って、空間は……いや、『それ』はその行いを拒絶した。
「今の!?」
 ミサトは仰天しているリックの代わりに口叫んだ。
「ATフィールド!?」
 見えたのはたしかにATフィールドだった。
 高音質な音と共に独特の波紋が広がったのだ。
 金色をした多角形の波紋だった。
「まさか、使徒!?」
「いいえ……違います」
「でも今のは……」
「使徒じゃない……」
 リックは天井や壁へと首を巡らした。
「壁に見えるけど……本当はずっと広く展開されてるんだ」
「なんですって?」
「巨大な球状障壁なんですよ。卵の殻みたいに、中心にある何かがこれを張ってるんだ」
 その証拠に、干渉光は床に垂直に走らず、わずかに角度を持っていたと説明した。
「そんな巨大なATフィールドを、いったいなにが……」
「わからない。けど……もしかすると」
「月の中心が?」
「そうかもしれません」
 ミサトはちっと舌打ちし、二の腕をさすった。
「ここまでなの?」
「大丈夫ですか?」
「鳥肌が治らないのよね……」
 その理由は明白だった。
「ここは似すぎてるわ。あそこに……白き月に」
「行ったことがあるんですよね?」
「ええ……そして生き残ったわ」
 その時のことを思い出すのが辛いのか、ミサトは眉間にしわを寄せた。
「運が良かったと思う?」
「いえ……運だけで生き残れるとは」
「確かに最後は父さんのおかげだったわ。あたしの家庭ね、うまくいってなかったのよ。もしあの時、父さんが本当に身勝手な人だったら。もしあの時、側にエントリープラグの試作品がなかったら。あたしは死んでいたかもしれない」
「あなたをその……エントリープラグとかに放り込んだのがお父さんだったんですね」
「そうよ」
 ふっと笑む。
「エントリープラグ、あれがなんだったのかあたしにはわからないわ。少しは想像できるんだけどね」
「なんですか?」
「あれはエヴァ……いいえ使徒に搭乗するためのものだったのよ」
「使徒に!?」
 驚くリックに、公開資料を読んでいないのかとミサトは確認した。
「エヴァも使徒も同じものよ。作った陣営と、アプローチが違っただけでね。零号機と弐号機……それから3号機もそうだったんだけど、結局エヴァには、コクピットシステムが組み込まれたわ」
「どうしてエントリープラグを……いいえ、エントリープラグってどういうものだったんでしょうね?」
「おそらく……あれは機械を介した神経接合用のものだったのよ。使徒からのフィードバックをデジタル信号に置き換えてパイロットへ中継するような」
「そんなシステムを?」
「結局は直接融合するしかないと判断されたんじゃないかって思うのよね。まあ仮説に仮説を加えてるし、本当のところは分からないわ。あるいは別の理由で封印されたのかもしれないしね」
「なるほど……」
「結局……こんな地位にまで昇ったけど、肝心なところはなにも分かってないのよね。使徒、エヴァ……そしてシンジ君」
「碇シンジ……」
「彼は何者なの? いいえ、何者かは分かってる。生まれも育ちも……分からないのは、彼になにが起こっているのか、そしてなにが彼を変えているのか」
 リックは最後にと問いかけた。
「あなたの目から見ても、彼は異常なんですね?」
「異常よ……性格だけを見てもそれは言えるわ」
 その根幹にある疑念のようなものは、カヲルが感じたものと同じであった。
「分かりました」
 そう首肯し、リックは再び壁へと向き直った。
「なにをするの?」
「破ります」
「できるの?」
「僕にはできませんけどね……」
「槍を使うの?」
「使うのは……」
 槍が伸びる。そしてそのねじれがほどける。
「なっ!?」
 そしてミサトの目前で、驚愕する現象が引き起こされた。
「そんな!?」
 槍は平らな『人型』の板になると、ふくらんで、体毛を生やし、そして本当の人間になった。
「あなた……レイ!?」
 しかし彼女にはレイにない、硬質的な感じがあった。
 彼は綾波レイではなく……死んだはずのゴリアテであった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。