──どうして僕ばっかりがこんな目に遭わなくちゃいけないんだろう?
 ベッドの中で、シンジは一人考え込んでいた。
「僕はただ……アスカと友達でいたいだけなのに」
 トウジの言葉が胸に痛い。
「ほんとはわかってるんだろってなんのことだよ。わかんないよアスカの気持ちなんて」
 本当だろうか?
「好きかどうかって、アスカはきっと僕のことなんて好きじゃないんだよな。でも嫌いでもない」
 でもどうしてもそのことをトウジたちにわかってもらうことができない。
「大体さ、人を好きになったって良いことなんてなにもないんだよ。相手のこと疑ったり、探ったり。心配になったり、不安になったりで。だったらただの友達の方が好いじゃないか」
 それ以上の関係になる必然性がどこにあるのか?
「……言うんじゃなかったな、あんなこと」
 付き合うのも良いかな、なんて思ったと。
 本当はそんなこと、考えもしていなかったのに。
「僕は……」
 自己嫌悪が胸を締め付けた。
「アスカに嫌われるの、何度目かな?」
 早く寝よう。シンジは電灯を消した。しばらくの間は自分で起きなければならないから。きっとアスカは来てくれないから。
(またおじさんたちにからかわれるな。今度はどんなけんかをしたんだって)
 それを思うと、気分が沈んでいくのを避けられなかった。


 ──シンジクン。
(誰?)
 ──シンジクン。
(僕の名前……)
 ──シンジクン。
(どうして……)
 モノクロームの映像が色づく。しかしそれはより強い恐怖感を与えてくれただけだった。
「う、あ、あ……」
 赤い赤い、血の色をした赤い瞳が、自分を見ている。
 じっと瞳孔を揺らすことなく、自分を見ている。
 巨大な赤い瞳が自分を見ている。自分のことをあらゆる角度から覗いている。
 そんな悪夢にうなされて、シンジは最低な朝を迎えた。


「……おはようございます」
「ああ……」
「おはよう」
 もそもそとパンを食べ、行って来ますと覇気なく出かけていった居候に、夫婦揃ってこれは重症だなぁと想いを合わせた。
「よほど手ひどく嫌われたかな?」
「けんかも度を過ぎると……ねぇ?」
「しかしアスカちゃんに嫌われてショックを受けるとは、案外かわいいところがあるじゃないか」
「妙に悟ったところがありますからね、あの子は」
「ああ……けど賢しさから来た落ち着きというものは、現実の事態に直面した時、案外もろく崩れてしまうものだからな。これで少しは子供らしくなるんじゃないか?」
 そんな勝手なことを思われているとは考えずに、シンジは教室に入るなり机に直行し、腰を下ろした。
「はぁ……」
 このため息に、周囲は酷く過敏な反応を示した。
 もちろん、先に来ていたアスカもである。
「アスカ……碇君とけんかしてるんだよね」
「ち、違うってば……そうじゃなくて」
「じゃあどうして今日は一緒に来なかったの?」
「……たまたまよ、たまたま」
「そう?」
「そうよ!」
 しかし裏返った声で否定したものだから、焦りをまるで隠せてはいなかった。
(な、なによシンジのやつ……ちょっと冷たくしてやったくらいでさ)
 少し反省が過ぎるのではないかと思ったのだが、それはそれでうれしさもあった。
(ふふん。なんだかんだ言ったって、あいつ……)
「はぁ……」
 シンジはまたも悩ましげにため息を漏らした。
(あの目……)
 赤い瞳。
(怖かった……でも)
 何故だろうか?
 何かを伝えようとしているように感じられたのは。
 しかし夢の中のことだっただけに、思い出そうとしてもはっきりしない。第一目から伝わってくる感じなどというあやふやなもので、その意志など感じ取ることはできはしない。
(僕にそんな力はないよ)
 だが気になって仕方がない。
「し、シンジ……」
「え?」
「あのさ……」
 シンジはなにを緊張しているんだろうかとアスカを見上げた。
「なに?」
「……なによ?」
「なにって……なんだよ」
「あんたねぇ」
 アスカはこめかみをひくつかせた。
「なによ! ちょっとは反省してるのかと思って声かけてやったってのに!」
「あ……えっと、ごめん」
「謝るんじゃないわよ!」
 怒鳴りつける。
「あんたねぇ! 一体なにぼうっとしてたってのよ!」
「えっと……」
 正直に言わないと殴られるな……シンジは身の危険を感じて口を滑らせた。
「夢を見たんだ」
「夢ぇ?」
「うん……」
 なにを言い出すんだこいつは。
 アスカのみならず、級友たちの視線が集まる。
「赤い目がじっと僕を見てるんだ……あれって、アスカ?」
 アスカはぶるぶるとふるえていた。
 おそるおそる顔をのぞき込むシンジである。
「アスカ、どうしたの?」
 ──パン!
 なぜだかシンジは頬をはたかれた。
「知らない! バカ!」
「え、え、え?」
 みなもどうなっているのかときょとんとした。
 シンジは完全に忘れてしまっていた。
 昨日ぶつかった少女の目が、赤い色をしていたということを。
 そしてその少女のことを、アスカが凝視していたことを。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。