──あなたは、どんな未来が待っていると思っていたの?


「よし!」
 決意と共に電車に乗り込む。
 グレーのパーカーに青いジーンズ。荷物は肩に()げたリュックだけ。
 ちょっとした旅行に発つような出で立ちで、彼女、十四歳のアスカは列車に乗った。
 行く先は第三新東京市。
 新天地となる場所である。
 そこにはこれから自宅となる部屋がある。今日の夕方までに着かなければ、今頃荷造りされている家財道具を、軒先に放置されてしまうことになる。
(大丈夫かな……)
 一応、確認はしておいた。義理の母にあれもいるだろう、これもいるだろうと押しつけられた食器や家具を、そんなにたくさんいらない、置く場所がないからと断って、色々と餞別を重ねて頼んでおいた。
 自分の部屋の荷物についても、必要な物は箱に詰めておいてある。
(ま、なんとかなるか)
 第三新東京市は、何度か遊びに行ったことがあるが、都会だった。
 親に渡されたカードがあるから、下着くらいはどこでも買える。
 そして部屋にシャワーもあるから……。
(布団……ないときついな)
 備え付けのエアコンは、カビが繁殖していないだろうかと、アスカはそんなことを考えた。


 病室の中には相変わらず静かな空気が漂っている。
 ベッドに寝かされているアスカに変化はないのだが、彼女の状態を監視している機械には、多少なりとも反応が見られた。
 脳波計に変動がある……それは夢を見ている証拠であった。


「確かめたからといってどうなるものでもないし……なにかが変わるわけでもない」
 唐突に口にしたリックに対して、ミサトは怪訝そうな目を向けた。
「急に、どうしたの?」
「いえ……なんのためにこんな事をしているのかと思って」
「いまさら?」
「変……ですよね」
「不安なんでしょ?」
「……どうでしょうか?
「不安なのよ、あなたはね? これでなにかが起こるわけではないけれど、でもなにかが劇的に変わるかもしれない。それは肉体的だったり目に見える物であったりするわけじゃなくて、もっとこう……価値観的な変化だったりするかもしれない」
「今までの自分というものがくつがえってしまうくらいに?」
「ええ。今までこれが自分だと信じてきたものが崩壊してしまうかもしれない。考えるまでもないことだと無意識のうちに信じていたものが、実は違った」
「知らなければ良かった……」
「今になってその可能性に気が付いて、足がすくんでる……。でもね、あたしだって同じよ」
「葛城さんもですか?」
「あたしは信じてるわ。レイ、アスカ、シンジ君……みんなをね? でもそれが誤りだったとしたら? あなたたちの人格については信じられるものであったとしても、存在となると話が違って来ちゃうでしょう?」
「存在か……」
 口を挟むように呟いたゴリアテに、リックはなんだと問いかけた。
「どうかしたのか?」
「存在といえば根本……根幹に問題が発生するのではないか? そもそも人間はなんのために作られた?」
「……ものみたいにいうのね、そりゃ発祥は人工的であったものだけど、でも人への進化はあくまでも偶発的な」
「それを信じているのがおめでたい」
「どういう意味よ?」
「インパクトはあったのだから、人は滅んでいてもおかしくはなかった。だが現在も人は人として過ごしている」
「それは……セカンドインパクトのこと?」
「そうだ」
「セカンドインパクトでは、そこにいた人たちが必死に第一使徒からエネルギーをひねり出させたと言うわ。そのおかげでインパクトは本来の何十分の一の規模に収まったって……」
「ならばそのインパクトで失われた魂はどこへ消えた?」
「それは……」
 そうかとリックが口にする。
「南極では人に限らずすべての命がインパクトによって消え去った。その魂が……僕たちの元になっていない可能性はない」
「まさか! あり得ないわ……だってセカンドインパクトの前に生まれた人の中にだって発動者はいるのよ?」
「むろんだ。だがその考えが誤りなのだとしたら? 隔世遺伝というものもある。人はすべからく使徒なのだから」
「……それは」
「使徒だ……そうだろう? 人は使徒まがいのものたちの子孫なのだから」
「だからって……同一視するなんて」
「だが真実だ。ならばインパクトの影響を受けて、人の根幹、魂の波動に変調を(きた)してもおかしくはない」
「その結果、力に目覚めた?」
「ということもあれば、セカンドインパクトによって『アダム』の波動を受けた魂たちが、借り腹として人の腹から生まれ落ちたということもある」
「一つにくくるなと言うのね?」
「そうだ。そして『委員会』はそれを恐れている」
 リックが不思議そうに訊ねた。
「委員会?」
「ネルフを成立させた者たちで構成されている機関のことだ。既存の人類は自分たちと新人類(エヴァリアン)とに区切って世界を見ているが、実は違う。ナンバーズの中にもさらなる分類が存在するのを知っているか? 一つはリック、お前たちのようなアダムの子らだ。二つ目は隔世遺伝者たち……渚カヲルだ」
「カヲルが!?」
「生まれについてはあやふやなものだが、あいつが人の腹に命として宿ったのがセカンドインパクト前であるのは間違いのない事実だからな。そして三つ目が問題になる」
「シンジ君ね……」
「そうだ」
「彼が?」
「そうだ……碇シンジの母親は俺と同じ存在だ。旧世界の遺物……つまりはお前たちの祖であるアダムの力を受け継いでいる直系のものであると言える」
「そこにどんな違いがあるんだ?」
「違いは……ない、はずだった。系統で見れば血の濃さ、遺伝子の作りなどが上げられるが、それは物理面の問題であって魂の形質には関わりがない」
「じゃあシンジ君はあたしたちとは魂から違うものだというの?」
 彼はわからないと正直に告げた。
「碇ユイの息子だということで、彼の魂の形質……ATフィールドの波長については実に多くのデータが取られている」
「そんなことが!?」
「不思議ではあるまい? ユイという女性は過去の人間でありながら現代の科学者だった。自分自身を研究の材料と題材にしていた。不安だったのだろう、この世における自分の立場が」
「だから必死になって価値を求めた?」
「そうだ」
「そしてその時のデータが残っているのね?」
「もちろんネルフには残されていない。すべて委員会に引き上げられている」
「そう……」
「魂の形質はATフィールドを解析することで調べられる。そうして碇ユイも俺も現代の人類となんら変わりない魂を持ち合わせていることが確認されている。あえて違う点を上げるとすれば、それはわれわれはより原始に違い分だけ君たちよりも平坦であることくらいだ」
「作られたものだからか……」
「その後ヒト種として進化発展に基づく変化を重ねたお前たちとはそこが違う」
「じゃあシンジ君はどうだっていうの?」
「そこだ」
 ゴリアテは熱を帯びた声で語った。
「より無垢……白に近いとは言え、ヒト種と交合することで子を宿せば、その子供には俺たち『母胎』の波長と父親の魂の波長とが、まるで合奏を始めるように複雑な音調となって刻み込まれることになる。これは碇シンジのデータからもはっきりとしている」
「つまり片親でもただの人間なら、その子供はただの人間に堕落すると……」
「そのはずだった……」
「でも現実にシンジ君は……」
「だから委員会は迷っている……碇シンジが何者であるのか計りかねている。いかなるプログラムの元で彼が生成されたのか確かめたがっている」
 ミサトは小さく一人ごちた。
「プログラム……ね」
「ただの偶然……偶発的な発生じゃないのか?」
「数々の試練が彼を鍛え上げたしまったのかもしれない。ならば不確定要素として……」
「シンジ君を殺すっていうの!?」
 いいやと否定したのはリックだった。
「その度胸がないんだな? もしなんらかの意志が働いているのなら……それを歪めることは損失に繋がるから」
「一体委員会ってのはなにがしたいのよ……」
 その答えは簡単だと暴露する。
「人類のさらなる飛躍と発展、それだけだ」



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。