「敵が来るな」
 ゴリアテは立ち止まると、振り返って口にした。
 視線をミサトの向こう側へと投じている。
「敵?」
「そうだ」
 ミサトは振り返ってぎょっとした。
 青い幽鬼がそこにたたずんでいたからだ。
「れ……レイ、なの?」
 幻に現実が繋がり、揺らいでいた姿が形をくっきりとさせる。
「……できた」
 陽炎であったはずの存在が、ふぅっと息を吐いて顔を上げた。
「なるほど」
 レイのつぶやきが指し示す意味を、ゴリアテは正確に読みとった。
「第三眼と呼ばれているものは加速凝縮された量子の塊だ。複雑に絡み合う分子配列のミニチュアモデルを作成することで近未来のシミュレーションを行い、観察する。しかし無謀だな、加速した量子に乗っての転移は無謀と口にされても仕方のないものだ。セカンドが行う加速移動とは安全性が違う」
「それでも追いつくにはこれしかなかったら……」
 レイはリックへと目を向けた。
「マリアさんが待ってる」
 ビクンとリックは反応した。
「僕は……」
「マリアさんはおじさ……本部に保護を求めたわ。あなたの安全も含めてね」
「……そうか」
「でもどうして? ……ミサトさん」
 レイはじっと上目遣いに責めるようにして見つめた。
「どうしてこんな芝居を」
「あっちゃー……バレてる?」
「バレますよ!」
「そっかぁ……」
 ミサトは苦笑してリックに謝った。
「あなたの気遣い、ムダになったわね」
「そうですね……」
「なに共謀してるんですか!」
「怒んないでよ」
 ふざけた調子でぱたぱたと手を振る。しかしレイがう〜〜〜っと唸るのを見てミサトはごまかすのを諦めた。
「……正直、ちょっと好奇心を刺激されてね」
「好奇心って……」
「あ、勘違いしないでね? 確かにこの先にあるものには興味があったわ……でもね」
 ミサトはリックへと目を向けた。
「あたしが興味を持ったのは、彼なのよ」
「僕ですか?」
「ええ……総じて言えばチルドレンね」
 ミサトはレイへと視線を戻した。
「ちょっとね……わからなくなって来ちゃったのよ。あなたやシンジ君、アスカ……これまでのこと、この間の事件、いくつもの考えを巡らせたわ。けどね? あなたたちがなにをしたいのか、それが見えなくなっちゃったのよね」
「そんなこと……訊いてくれれば」
「よけいにわからなくなるだけよ」
 ミサトははっきりと否定した。
「こればっかりはね……言葉で説明されたって納得できるものじゃないのよ。誰でも良かった。誰かがなにか事を起こしてくれればね? その顛末と結末を見届けることができれば、これからどうするべきか指針がまとまるから」
「でも変ですよ! それだけのためにリック君に脅された芝居をしたんですか? そんなの……」
 リックは失笑を漏らしてしまった。
「なに笑ってるの!」
「別に……」
「別にって」
 リックはこほんと咳払いをして見せた。
「葛城さんも人が悪い……もっとわかりやすく説明することもできるでしょうに」
 顔をしかめたミサトの様子に、レイは嫌な予感をふくらませた。
「どういうこと?」
「簡単なことだよ……君は碇シンジ君をどう思ってる?」
 レイは息を詰まらせた。
「わかっただろう?」
「……」
「どれだけ口に出して気持ちや考えを表してもらったとしても、一抹の不安がぬぐえない。僕は僕の立場に対してそれを感じている。だからマリアがなんと言ってくれても退くことはできないんだ」
「……話はそこまでにしておけ」
「ゴリアテ……」
 ゴリアテは二人とレイとの間に割り入った。
「今に満たされている者は、過去を背負う者や、未来を憂う者の気持ちはわからん」
 レイは露骨に感情に表した。
「またそんな格好をして……」
「心外だな。この姿はわたし本来のものだ」
「それじゃあたしもまるで!」
「同じものだ、そうだろう?」
「違う!」
「作られたものだ……用途に合わせて違う能力を組み込まれている。その仕様の違いが主形態であるかどうかの差を生んでいるに過ぎない」
 レイは右手を振った、どこからともなく赤い槍が伸びて現れる。
 それを構えて口にした。
「今度は邪魔は入らないわ」
「そうだな……俺が邪魔をするわけだからな」
 行けとゴリアテはあごをしゃくった。
「すまない」
「恩に着るわ」
「これも仕事だ」
「仕事?」
「そうだ」
 ゴリアテはレイへと目を向けて、背後の二人に口にした。
「お前たちのどちらかには、無事に戻ってもらわなければならない。そして委員会の査問を受けてもらう。そこになにがあったのか、すべてを証言してもらう」
 ゴリアテの体に異常が起こる。
 皮膚が盛り上がり、また縮小する。それはまるで皮膚の下で気泡がふくらみ弾けているようだった。
 ──体躯が徐々に大きくなる。
 そして肉質が変わっていく。まるでキチン質の甲羅をまとうかのように、表皮を硬化させていく。
 腰骨の外れる音がして、腹部が奇妙に細く伸びた。そして地響きを立てて前に倒れる。
 骨が役に立たなくなったからか、堅い殻を形成し、外骨格へと移行した。
 四つんばいになった化け物は……どこか甲虫に似た作りを持っていた。
「くっ……」
『レイノルズ……馬鹿者だったが、良いことを教えてくれた』
 醜悪だった。
 カミキリムシに似た形状へと変化しているのに、顔だけはゴリアテの……『レイ』の顔を残しているのだ。
 後頭部、延髄の辺りから前へと伸びているあぎとがギチギチと動いて、まるで頬にかかる横髪のような錯覚を引き起こさせた。
『変化はそれを望んだ人間の意志力によって左右されるものであると……再現も限界もない。そして能力の発動に形態は無意味だ』
「だからって……」
 レイはやはりたじろいでしまった。
「そこまで人間やめることないじゃない!」
『わたしには決まった形状などないからな』
「だったら顔も変えたって……」
『インプラントされている形状はあまりない。この姿もその中から作り上げたものに過ぎない』
「インプラントだなんて……」
『お前にも覚えがあるはずだ……。そう、エヴァよりサルベージされたお前は、同じ技術で』
「やめて!」
『同じATフィールドへの焼き付けによってその顔形を得た』
「やめてぇ! 同じだなんて言わないで!」
 レイが認めたくないのも無理はなかった。
(あたしは、碇さんに感謝してるんだから!)
 そう叫びたい心境だった。


 人間としてレイが復元されたのは、多大にゲンドウとユイの意向が存在していた。
 今ここにこうしていられるのは、二人がたくさんの努力をしてくれたからだ。それを、その技術が、こんな化け物を生み出す温床になっているなどと、それは認められることではなかった。


「……もうここからじゃ状況はつかめないわね」
 リツコは後は現場に任せるしかないかと諦めた。
 ふうっと息を吐いて額の汗を腕でぬぐうと、隣からハンカチが差し出された。
「使ってください」
「ありがと」
 ありがたくマヤから受け取る。
 しかし妙に甘ったるい匂いがしたので、リツコは一瞬ためらいを見せた。
(……それだけ女から離れてしまったということね)
 はぁっと今度は嘆息する。
(煙草の匂いが染みついている方が落ち着くなんてね)
 すさんだものだと己の生活を振り返る。
 そんな具合に鬱になってしまったリツコであったが、マヤのあっという驚きに反応し、その視線の先、発令所の入り口へと目を向けた。
「シンジ君!?」
 そこには、シンジを抱きかかえた、渚カヲルが立っていた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。