「この!」
咄嗟に槍を避雷針にしてレイは避けた。
光が槍によって軌道をねじ曲げられ、壁を床をかきむしる。
光を放ちながらゴリアテは突進を敢行した。押し迫る巨躯に対して、レイに抗じる術はない。
レイは跳ね飛ばされて転がった。
「ここは任せるから」
叫ぶように指示を出して、リツコは発令所から医療棟へと移動した。
元々今回の戦闘配置に関して、彼女の居るべきは場所はない。普段の戦闘であればオブザーバーとして意見を下すこともできるのだが、事態は遠く目の届かないところで進行している。
保安要員の配備や資材の輸送など、実務的な指示だけが必要な現在、彼女が一番暇であった。
……しかしリツコがシンジに付き添ったのは、それだけが理由というわけでもなかった。
「はい……そちらのことはお任せします。こちらは……フィフスですか? 協力的です」
彼女はちらりと、集中治療室の中に入ったシンジの姿をガラス越しに確認した。
その傍らにはカヲルが居るのだ。
医療器材が場所を占めているのだが、それらはいっさい使われていない……使う必要がないからだ。
この部屋は一つの作りになっている。無菌状態を保つための特別の鋼材によって囲まれている。
その中央をガラスによって分け隔て、治療室と、モニター室に分けている。
リツコは報告を続けた。
「はい、彼への事情聴取はわたしが行います。気になることを口にしていましたから……はい、了解しました」
受話器を戻し、計器に目をやる。わざわざ電極を貼り付けるような真似をせずとも、シンジの状態は観察器によって確認されている。
「怨霊が取り憑いているとでもいうの?」
未知なるものがATフィールドなら、怨霊もまたそれによって説明が可能となる。
ATフィールドが人の外殻を形成するというのなら、肉の器を失ったとしても、人の魂はその中で永遠に在り続けることが可能だからだ。
ただし……そうなればATフィールドを発生させる機関は、人の身にではなく、魂の側に存在しているということになってしまうのだが。
リツコはマイクに手を伸ばした。
「渚君」
身をかがめるようにしてマイクに口を寄せる。
「こちらへ来てくれない? 話したいから」
カヲルはわかりましたと答えたようだったが、ガラスが厚すぎて聞こえなかった。
「間に合った!」
ムサシは体から力を抜いた。
跳ね飛ばされたレイが、体を小さくして呻いている。滑らされたために肌をすりむいていたが、それはかすり傷に過ぎなかった。
どれだけ白い肌に目立つ傷でも。
ムサシの背後から保安要員がばらばらと前に出て銃を構える。撃たなかったのは流れ弾がレイに当たってしまう可能性を考えたからだ。
身もだえしていたレイであったが、そのような大勢の気配に薄目を開いた。
「みんな……」
「助けに来たぞ!」
それは違うんじゃないかとレイは思ったが、口にはしなかった。こみ上げてきたおかしさが、傷の痛みを忘れさせてくれたからだ。
ゴリアテが彼らへと振り向く、その様子を見ながらレイは懸命に体を起こそうとした。
(もしムサシ君が力で衝撃をゆるめてくれてなかったら)
飛ばされる前にひしゃげることになっていたかもしれない。レイは自分の想像にゾッとした。
調子に乗っていたと自覚したからだ。槍は万能ではない。
「使徒なのか!? こいつ……」
ムサシの動揺が伝播することを恐れたのか、保安要員の一人が叫んだ。
「発砲!」
途端に白と黒の二色によって空間は塗り分けられてしまった。マズルフラッシュが目を痛め、暗かった世界をよりいっそう暗く感じさせる。
白と黒が交互に切り替わる奇妙な世界は、フィルムの駒落としを見ているように錯覚させた。
その中をレイは背を向けて駆けだした。背中から狼狽する意識を感じたが、それがシンジとの間で交感できる思念のようなものであったのかどうかはわからなかった。
必死だったからだ。
元々レイの目的はリックであって、ミサトや、ましてやゴリアテではないのだ。
足止めしようとするゴリアテをさらに足止めしてくれる者たちが現れたのなら、気にせず本来の職務を全うするのが最善であると……。
レイは自分に言い訳をして、ゴリアテという怪物から逃げ出した。
待てと静止する『声』を振り払って。
「銃声ですね」
「そうね」
そのころ、ミサトとリックの二人は、できる限りの速度を持って走っていた。
力で飛ぶことも考えないではなかったのだが、アポーツは空間や物体を引き寄せる力である。
そして引き寄せた空間に歩を移すことで、空間の復元しようとする力に任せて、運んでもらう。
そういうものだ。
もし先ほどのようなATフィールドの壁があったなら、それにぶつかって衝突死することもあり得る……と思いつき、二人は走りきることを選択した。
「まったく!」
ミサトは派手に毒づいた。
「これで独房行きは決定ね! 査問会の上に更迭。いえ……下手をすれば法廷に立たされることになるかも!」
「僕は収監所送りですかね?」
「たぶんね」
罪を犯した能力者が刑務所などへ送られることはまずありえない。刑務所内では特別な治安が働いているものだからだ。
収容者同士での上下関係などである。
そこでのモラルを厳しくしつけられる……ことになるのだが、能力者がこれに耐えきれなくなった場合にどうなるのか?
そのことが酷く恐れられていた。
なによりも能力者の大半は子供、あるいは若者なのだ。
彼らは自らの立場をおとなしく享受できるほど我慢強くはない。我慢というものを知らないからだ。
そのために能力者を監視監督できる収監所が作られていた。もしここでも問題を起こすようであれば、暗示能力者や催眠術師の出番となる。
この二者は通常の人間であるのだが、力を発現させるキーとなるものが認識力であるのなら、使えるわけがないのだと暗示をかけることは有効であった。
そして……それすらも通じない時、カヲルのような人間の出番となる。
「でもあなたの場合は、知る権利を行使してるだけなんじゃない? 見せないと決めたのが政治屋なら、反発することは許されるわ」
「それならあなたにだって真実を知る権利はあるでしょう?」
「あたし個人にはね……でも立場としては許されることではないわ。これでは秘密を探るために今の地位にまで登りつめたんだって疑われても仕方ないもの」
「さっきの……彼女に対しては、僕を悪人に仕立て上げて、演技をしておくべきでしたね」
「……そこまで悪役をやらせたいの?」
「付き合ってもらうことに関しては、僕の完全なわがままですからね。それくらいの罪はかぶりますよ」
「どういうこと?」
「だってそうでしょう? 僕は僕たちの行く末の手がかりが欲しくてこんなことをしている……僕がどうなろうとも、それがみんなへの警告になるのなら……なんてことは格好を付けてるだけになるんでしょうね。でも、それが理由ならマリアでも好かったんだ」
「そうね……でもあたしを選んだ。そういうことなの?」
「はい。僕はマリアに、裏切られたと言って国に帰ってくれることを期待しているんですよ。父さんにも母さんにも、僕は狂ってしまったんだと言って嘆いて欲しい。そうすれば僕一人の責任問題になって、みんなには迷惑をかけずにすむから」
「なによりも、心配しないで欲しいから?」
「そうですね……憤慨して切り捨てることを選んで、僕のことなんて忘れて生きていって欲しい」
「独善的ね」
「身勝手なんですよ」
「でも……親が子のことを忘れるなんて、できるわけないでしょう? おなかが大きくなるのを感じながら、それを見守りながら、痛みを伴って産む、その苦しみを間近で分かち合う。そういうことをした記憶なんて、消せるもんじゃないわ」
「でも父さんはどうでしょうか? 僕が産まれそうだったって時に、村で大きな問題が起こって、立ち会えなかったそうですからね……母が苦しんでいた姿を知らない」
「でも愛情を注いでもらえたんでしょう?」
「はい……」
「ならあなたは親のことを見損なっているわね」
「葛城さんはどうなんですか?」
「あたしは……」
ミサトは考えるように間を取ってから、ふっと自嘲気味の笑みを浮かべた。
「人のことなんて言えないか……父さんは仕事仕事で、妊娠していた母さんのことをろく考えもしなかったそうだし、母さんは母さんで、そういう父さんへのあてつけに、あたしの親権を強引に奪って離婚したんだものね」
「大変だったんですね……」
「そうね」
皮肉よねとミサトは笑った。
「今のように余裕のない社会であった方が、お互いを大事にしあって、寄り添いあって……愛し合うってんだから、うらやましいわ」
その間で育ったあたしは中途半端だけれどと、ミサトはその話題を切り上げた。
「急ぎましょう、そろそろ終わりよ」
「わかるんですか?」
「女の感よ」
リックはなぜだかミサトの言葉を信じてしまった。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。