「強化人間かと疑いたくなる!」
「あいにくと訓練の結果だよ!」
ゴリアテの槍をかわして、加持はすれ違いざまに彼の脇腹へと銃弾を叩き込んだ。
弾丸の回転力に、ひきつれるようにして肉がねじれる。
しかし貫通どころか、弾痕が穿たれることもなかった。
「ATフィールドなしでも銃は通じないか!」
「元々は戦闘用に作られたものだからな。それもATフィールドを使う使徒に対抗するために生成された俺だ。その程度の武器では急所でも狙わん限り倒せんぞ」
「ご忠告、どうも……ついでにその急所とやらを教えてもらえるとうれしいんだが?」
「脳と心臓」
「なら……眼球から脳の破壊か。あるいは耳からか」
瞬間に加持は、三番目に分類されている使徒の形状を思い出した。
物をがっちりとくわえ込む手、そして突き出される針のような剣。
「使徒と君たちとはしのぎを削り合った仲だというわけだ」
「その通りだ……因縁という。人はよい言葉を作った」
「不思議だったんだが……」
銃を構えたまま、じりじりと下がりながら加持は訊ねた。
「君たちは兵器というには人間くさいな?」
「……」
「その理由は?」
加持に余裕があるのは、ゴリアテの武器が槍であるからだった。その上でゴリアテはまだ人を殺してはいない。
重傷者はいても、致命傷を負っている人間は一人もいない。さらに言えばゴリアテは槍を使うのが下手だった。
(武芸者のような洗練された操り方をしないのは……そんな武器じゃないからなんだろうな)
槍との呼称は、あくまで人類側から見てのものにすぎない。そう見えるだけのことだ。
実際にレイは砲身として使用している。
(大体が使徒だ……体術なんて使う必要のない相手だからな。そういう方向性での進化、学習はなかったってことか)
人の姿をして人の言葉を話すものを、人ではないのだと差別するのには抵抗があったが、加持はその感覚をねじ伏せた。
戦いの場に必要なのは、感傷ではなく冷静な分析であると判断したからだ。
「まさか人の感情が性能以上の力を引き出すからだ……なんて話」
「ではない」
「じゃあなんのために?」
「理由はない……後天的な不随物に過ぎない」
「フズイ?」
「そうだ……エヴァが人を取り込むように、我々もまた人と融合する」
「人としてのものが混ざってるってことか」
「そうだ」
「ならそれに感謝しないといけないな……そうだろう? 純粋な兵器である君とはやりたくないもんだ」
その皮肉り方に、ゴリアテは片目を細くして首を傾げた。
「おかしなことをいう……倫理的なものが働くからこそ、俺とは戦いたくないのではないのか?」
「だが純粋兵器の場合はどうかな? 手加減をしてくれるかい?」
「手加減?」
「ああ……君はどう思っているかは知らないが、本気であるのならこの通路を溶鉱炉に変えることもできるはずだ」
なるほどそれもそうだとゴリアテは納得した。
「確かに」
「だろ?」
「感傷に縛られているのはむしろ俺だということか……面白い。だがふにおちない」
「なんだ?」
「どうしてそこまで抵抗する? 先日はうろたえたあげくにいつの間にか姿を消したのではなかったか?」
加持は薄ら笑いを浮かべた。
「そりゃあ……答えは簡単だ。君の扱いは微妙だからな、勝手な対応はできなかった」
「では今は?」
「事情がわからなかったからな……この間は。しかし方針が定まれば話は変わる」
「で……これがそうか」
「そうだ」
「ならばますますわからなくなる。どんな意味がこれにある? 俺はリックたちを行かせるためにここに残った。手出しをしなければ暴れるつもりはない……そちらが被っている被害については自業自得の代物だ」
「たしかに……」
「お前たちの目的がリックたちを連れ戻すことなら、突破を考えるのが第一のはずだ……なのに」
ゴリアテはのたうち回っている大人や子供へと目を向けた。
「お前は行こうとはしない……まるで目的が」
「君だからさ」
加持は認めた。
「俺は君に興味があってね……」
「この先に行った者たちには興味はないと?」
「この先にあるものも含めて、あとで葛城に教えてもらうさ」
「そういう関係か」
「間柄と言って欲しいな」
「下品な……」
「嫌かい?」
「人間らしいと言っている」
「うらやましいのか……」
「違うな。俺は人というものを認めてはいるが理解はしていない。なぜならそういうものだと許すことはできても理不尽なことが多すぎてとても納得できないからだ」
それにとゴリアテは付け加えた。
「みんな生きている」
「なに?」
「生きている……悩み、戦い、迷い、生きている……」
「よくわからないが……」
加持は首を傾げた。
「リックを行かせたことで、生が死に変わる可能性もあるんじゃないのか?」
「その時はその時だ」
「おいおい」
「その時は次を待つ……。ここでお前たちが滅んだとしても、俺はまた次の主に出会えるだろうからな」
「サードインパクトを乗り越えられるというのか?」
「俺は槍だからな……『コツ』は掴んだ。『二度』乗り越えたんだ、三度目も可能だろう」
彼はただと付け加えた。
「人としての意識体を構成している有機成分は、『蒸発』して消えてしまうかもしれないが……」
「そうか」
加持は訊ねた。
「なら……貴重な体験者に訊こう。サードインパクトは起きるのかい?」
「……」
「起きるとして、それはなんのためだ?」
「なんのため?」
「なにが変わる? それが俺にはわからなかった……。綾波レイや君、それに碇ユイといった『人間』の資料を確認するだけでも、さほど『現種人』との間に差があるようには思われなかった……もちろん精神的な意味合いでだよ。じゃあなんのために月は『衝撃』をもたらしたんだ? なんのために」
「その答えを俺に求めるのか?」
「他に訊く相手が居ないからね……タバコ、吸ってもいいかい?」
「好きにしろ」
「どうも」
加持は銃を脇に挟むと、後ろポケットからくしゃくしゃになっている箱を取り出し、その中からタバコを一本口にくわえた。
火をつけて、深く吸い、紫煙を吐き出す。
「ありがとう」
そう言ってから、加持は銃を構え直した。
「さて……」
なにか口にしようとした加持の動きをゴリアテが制した。
「時間稼ぎは終わりか?」
「バレてたか」
加持はムサシに目を向けた。
「立てるか?」
「……」
ムサシは恨めしげに見上げた。はいつくばったままでだ。
そして加持はそんなムサシの感情を意図的に切り捨てた。
「他に動けるようになった奴は……結構」
ムサシに続いて、何人かが立ち上がったが、ナンバーズに登録されている人間だけだった。
一般職員は全員ゴリアテの一撃に昏倒したままとなっている。
ムサシに続いて立ち上がったのは、髪を左右に分けて結んでいる少女だった。コユリという。
「レイカ……立てる?」
「ええ……」
続いて短髪の少女が体を起こした。二人はとてもよく似た顔立ちをしていた。姉妹だった。
「先輩……」
「頼む」
『はい』
コユリとレイカはムサシの短い応答からも、きちんと自分たちの役割を把握した。
『はっ!』
二人が同時に気を吐くと、大気に大きな振動が起こった。
「共振!?」
ゴリアテは驚きに目を見張った。
二人から放たれたものは音波であった。それもまったく同じ波長の音波である。
あげくには共振による増幅現象を引き起こし、彼女たちはそれを武器としてゴリアテを襲った。
「くう!」
荒れ狂う超音波のただ中に立たされることになったゴリアテは、慌てて槍の矛先を音叉として中和しようとしたが、できなかった。
「くっ……」
中和しきれずに釘付けにされる。
「急げ!」
その二人を残して、ムサシは三人の少年を率いて駆けだした。
「っておいおい……ここ、誰が仕切るんだよ」
加持は少女二人のがんばりに賭けて、一歩下がったところに立つことにした。
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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。