「速く走れ!」
「わかってる!」
 ムサシは以前よりもはるかに消耗が激しいと苛立ってしまっていた。
 全力で力を使い続けなければ蛇に捕まってしまう。まるで粘土に穴を空けるかのように身をくねらせて、ムサシが張っている力の中を泳ぎ潜り込んでくる。
(力ってのは気をはるものとは違うって……わかってるけどな!)
 神経を集中させずとも考えるだけで使えてしまうのが力である。まるで腕を振り上げるのと変わらない。
 延々と使ったからといって自覚するほどの疲れが現れることなどはない。事実ユタカが光の球を作って空中に浮遊させ、照明の代わりとしてくれているのだが、なんら疲れたようすは見られないのだ。ならばこの蓄積していくこの疲労感はなんなのだろうか?
(俺がひ弱だってことなんだよ!)
 ムサシは自分を叱咤した。
「この蛇が!」
「やっぱ使徒なんじゃないのか!?」
「これだけの数が相手じゃ」
「この辺りの変な力場のこともあるぜ! これじゃあムサシの力だって削られてる!」
 ユタカはずり落ちるレイの体に四苦八苦して走っていた。だからかとても息が荒くなっていた。
「こっちがもたねぇ!」
「わかってるけど!」
「この蛇に俺たちの力が通じると思うか!?」
「蛇ってより白いナマズかナメクジだろう! ムサシと違って俺たちの力じゃ」
「ムサシの力場(フィールド)の中に俺たちの攻撃を混ぜとけばトラップになるんじゃないのか!? 俺はナメクジってよりヒルかナマコだと思うけどな!」
「どっちにしてもやっといて損はないぜ! このフライフィッシュ野郎!」
 タケシが振り向きざまに両手を交互に突きだした。
 手のひらに生まれた氷柱が次々とムサシの作る場の中へと飛び込んでいく。
「このこのこのこのこの!」
 力場の表面に波紋を作り潜り込んでいく。そして氷柱は空中に限りなく静止に近い状態に動きをゆるめた。
 一面氷の刃によって覆われ、通路が埋まる。
 何本かはつららの尻にぶつかって跳ね返り床を滑っていた。その内の一本がムサシの足に当たる。
「寒い!」
「ムサシ君! コンマ何秒かでいいわ、力を止めて。氷柱があれにぶつかるのを待ってフィールドを再展開。タケシ君は再度攻撃。できる?」
「わかりました!」
「3・2・1」
 ミサトの指揮に対する反応は素早かった。
 ムサシの力が解かれると同時に、数十匹に先端が直撃した。
 貫かれた白いヒルがのけぞりかえる。そして氷柱の側面には皮をはり付けられた者たちが引きずられていた。
 つららがヒルをまとって団子状になる。
 後続の集団の邪魔をする形で彼らは弾かれた。ムサシの力が再び発動して、それらを壁にしてしまう。
 そしてタケシがまたもやはなった。
「いつまで続けるんですかこれ!」
「本当の壁ができあがるまでよ!」
「文句をいうなよ! たまには主役になろうぜ!」
「コウジも手伝え!」
「俺の力は向いてないよ!」
「たまの主役だ! ここでがんばらなきゃ俺たちは永久に碇の脇役だぜ!?」
 えっと驚いた顔をしたのはミサトだった。
「あなたたち……」
「そんな顔しないでくださいよ」
 苦笑しつつムサシは答えた。
「俺たちだって俺たちなりにやらなきゃならないこととあるけど、それでもやっぱりエヴァに乗って使徒と戦ってたあいつらには負けてるって感じがあったんですよ」
「あいつらが使徒と戦ってる間、俺たちは授業を受けて、ゲームセンターに行って」
「くさってどこが違うんだって言ってるしかなかった。このまま逃げたんじゃまた碇とかに任せるしかなくなるぜ? 俺たちは引き立て役じゃないんだってとこを見せるんだよ!」
 誰に? とはミサトは訊ねなかった。
 彼らには彼らの友達や彼女がいるのだろう。家族や仲間があるのだろう。
 そういった者たちからどう比較されてしまっているのか?
 シンジたちから遠ければいい。別の世界のことになるから。しかしこのような時に作戦を申しつけられるほど有能ならばどうだろうか?
 上……トップ、エリートに近いだけに、具体的な比較を受けてしまうだろう。
 それがコンプレックスにならないとは限らない。
「碇に負けてないってとこを見せてやろうぜ!」
「おお!」
(もし……この子たちにエヴァが与えられることになったらどうなるんだろう?)
 ミサトはふと……そんなことを考えてしまった。


 レイは特別であった。
 特別であるがためにエヴァを与えられていた。
 シンジもまた特別であった。しかしアスカは違う。彼女はただ皆より目覚めが早かったから、余っていたエヴァを与えられることになっただけの話である。
 それは鈴原トウジも同じであった。
 つまりは発現の順番がエリートであるかどうかを分けていた。
 ……エヴァンゲリオンからの浸食についてはもはや疑う余地がない。長くエヴァに接してきた三人が特異なほどに『能力(エヴァ)』を使いこなすのは当然のことだった。
 エヴァは認識によって形状を変える。それは精神状態や知覚、想像力(イマジネーション)にも左右されるものだからである。
 そしてエヴァンゲリオンは一種の増幅器(ブースター)のようなものだ。ならば搭乗者の認識力そのものを増幅していることになる。それは人間としての常識や理屈を普通ではない領域へと拡大してしまっていることになる。
 これは人間として生きている以上は決して到達できない世界へと住処を移させる行為である。ならばエヴァに乗ることを義務づけられた人間は、文字通りエリートへの道へと乗ったことになる。
 ──体も心も変えられて。
 シンジたちはもう自分たちとは違う理想や概念を持って生活している。
 その範疇すらも推し量ることはできない……が、彼らから見れば単純に英雄(ヒーロー)であり、うらやましいと思える対象となり得るのだろうとミサトは思った。


「え?」
 何か来る。
 何度も繰り返してようやく追っ手を振りきったミサトたちは、今度は前からの音に立ち止まった。
「奴かな?」
「他に居ないだろ……」
「奴って?」
「ゴリアテとかって……」
「……」
 ミサトはどう答えたものだか迷った……が、今は保身を考えている場合ではないなと口にした。
「彼なら大丈夫よ……話が通じるから」
「それはそうでしょうけどね」
「とにかくいきなり攻撃なんてことはやめておいて」
 しかしそんなミサトの期待は裏切られてしまった。
 やってきたのがゴリアテではなかったからである。
「エヴァンゲリオン弐号機!?」
 床を滑るように走ってくる。
 まるでスケートをするように。
 唖然としたのはミサトだけではなかった。暗闇の中に赤い姿が浮かんでいる。そしてそれはユタカが作る照明の届くところまできてよりはっきりとした。
「なんで……」
 三メートルとない天井。エヴァのサイズは二メートル大。あり得ないことだった。
 エヴァも彼女たちを見つけたのか、ゆっくりと足の動きを止めて速度を落とした。
 手前で止まる。
『やあ』
「……誰?」
『ああ……ちょっと待ってください』
 まるで脱皮だった。
 エヴァの背中側が揺らいで、空間の隙間から渚カヲルが身をひねり出した。
「……渚君!?」
 カヲルは自分の足で床の上に立って挨拶をした。
「お久しぶりですね」
「いったい……そのエヴァは」
「ああ……」
 カヲルは面白いでしょうと口にした。
「途中であなたがたが取り付けられたコクピットなどの機械を捨ててしまいましたが……エヴァとは本来こういうものなのですよ」
「こういうものって……」
「スーツなんですよ。エヴァはね。先日の『事件』が語るように、そしてエヴァは増幅器に過ぎないのならば、大きさだって自在に出来る代物だ。形状だって変えられる」
「使徒のように?」
「そうです。機能拡張だって行える」
 カヲルはエヴァの腕をコンと叩くと、彼らを見渡して……ムサシに言った。
「君が乗ってくれ」
「俺が?」
「後ろ……気配がすごいよ? 君の力を増幅すれば彼らの『生命活動』を止められるはずだ」
「ちょっと待って!」
「使徒は無限の命の源であるS機関を持っている……けれども停止させてしまえば無意味となるよ。シンジ君でも僕でも破壊することしかできない。どんなものが追ってきているのかは知らないけど、この波動だと全てを倒したとしても相当のことになるはずだ。なら安全に止めてしまえばいい」
「それを彼にやらせるの?」
「不安なのですか?」
「……正直ね」
「どうしてです?」
「初めてエヴァに乗った人間は大抵暴走を引き起こしているかATフィールドも張れずに右往左往しているか、最悪力に取り憑かれて自分を見失っているからよ」
 ムサシは後半のことについては否定したかったが、前半の指摘については否定できなかったがために口ごもってしまった。
 舌打ちする。
「使徒は……倒すと爆発するんだよな」
「ムサシ君!?」
 カヲルはそうだよと微笑んだ。
「どんな使徒だったんだい?」
「無数のヒルみたいなやつらだよ。サンショウウオとか……ヘビにも見えた。それが空を飛んでくるんだ」
「倒したのかい?」
「冷やして固めた……けど死んだようには見えなかったな?」
 最後のはタケシへの確認だった。
「ああ……」
「それを……俺が?」
「そうだよ」
 カヲルは冷ややかに笑った。
「主役が交代する時が来たのさ」
 ミサトは眉目を酷く歪めた。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。