おそるおそる手を触れる。
 ムサシの手は手のひらから手首、肘へと埋まるようにしてエヴァの中へと沈んでいく。
 ムサシは思い切ってエヴァの中へと潜り込んだ……そして起動。
 その様子を後目(しりめ)に、ミサトは詰問口調で問いかけた。
「主役の交代ってどういうこと?」
「さて」
「ごまかさないで!」
 つかみかかるような勢いでミサトは喚いた。
「それはシンジ君のことなの!?」
 ふぅと嘆息し、肩をすくめる。
「シンジ君の時代は終わったってことですよ。それだけです」
「……それはどこの世界の時間?」
「レイ!」
 レイは気が付いたのか、少年の背から降りて、それでも肩を借りて立っていた。
「……この世界の時間の流れの中での役目が終わったってこと?」
「そうさ。君についてもね」
「そう……」
「僕たちは次のステップに進まなければならない。僕たちには僕たちの問題があるからね。それを消化するためにはいつまでもこんなことにかかずりあっている場合じゃないんだ。そうだろう?」
「レイ……?」
 レイは悔しげに唇を噛みしめていた。
 その様子にカヲルは憐憫を含んだ優しい瞳を向けた。
「君は見てしまったんだね……」
「……」
「僕たちは急がなくてはならないんだよ……シンジ君の自覚が足りなかったばかりにのんびりとしすぎていたのさ」
「あたしたちにはあたしたちが生きる世界を作る仕事があるから」
「それがこの世界の上になるのか、それとも別の世界になるのかはわからない……だけど新しい世界でやり直すのなら、『この世界』の肉体はもう必要ないんだよ」
 ちょっと待ってと叫んだのはミサトだった。
「じゃあアスカは!」
「今となってはシンジ君もですよ」
 それがここに来るまでの間に僕が出した結論であると、かなりの確信を込めてカヲルは告げた。


「結局……」
「え?」
 シンジは拾った石を海へと投げた。
「死ぬってなんなのかな?」
 ぽちゃんと小さなしぶきが上がった。
「終わるってことなんじゃないの?」
「なにが?」
「なにって……」
「だってさ」
 立ち上がって尻に付いている砂を払い落とす。
「終わりは死だ。僕たちはそれを目指して生きてる。どんな風に生きて死んだか? そんな満足を求めてる……けどね? それがわかるのは自分だけだし、あるいは共感してくれる人だけなんだよ? 誰にも伝えられることなんてない」
「だから子供とか残すんでしょう?」
「でも僕は父さんのことも母さんのことも知らないよ?」
「そっか……あたしもあんまりママのことなんて知らないな」
「だろ? それに僕たちの母さんはもう死んじゃってるんだよ? 僕たちの生きる意味にどう死ぬかってことがあるんなら、重要なのはゴールを切ることじゃなくて、生きてる過程になるのかな?」
 変よそれはとアスカは否定した。
「過程がどんなによくたって、ひとりぼっちで死ぬようなのは嫌よ」
「だけどもそれでも満足して死んでいく人だっているんだろう? じゃあ生きるってなんだろう……死ぬってどういうことなんだろう?」
 シンジは真っ赤な空を見上げた。
「アスカが話したって人……たぶんの僕の夢の中でも喚いてた人。あの人はその答えを知らずに何かを始めてしまったのかな?」
 シンジはアスカに向かって手をさしのべた。
「帰ろうか」
「え?」
「帰ろうよ……そして思い出しながら考えようよ」
「シンジ……」
「僕たちが付き合う理由も、キスしたいって思う気持ちも必要ないものなのかもしれないけどさ。だからってそうしてはいけない理由もないんだから、好きにしようよ……流されてみてさ」
 アスカはその手に手を重ねながら、これはやっぱり夢かもね? と笑った。
「シンジがそんなにかっこいいこと言えるはずないもん」
「そうだね……夢だと思ってるから言えるのかもね」
 でもとアスカは立ち上がりつつ抱きついた。
「現実に帰りたいな、あたしは」
「どうして?」
「こんなシンジは気持ち悪いから」
 ──わるかったね!
 そんなシンジのふざけた言葉が、目覚めのベルをかき鳴らした。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。