「シンジ……」
 なんと言えばいいのだろう?
 なんと否定すればいいのだろう?
 アスカは言葉に迷ってしまった。
「そんなの……でたらめじゃない」
 うん……でたらめだね。
 シンジはそんな風に自分を笑った。
「でもね、アスカに魂がどうのこうのって言われてから考えて、その考えから離れられなくなっちゃったんだよ」
 シンジは両手で顔を覆った。
 泣くように。
「僕が移動するとそこは何一つ動かない気味の悪いことになるのかもしれない。僕が歩いてる場所だけが時が動いてて色があるのかもしれない。それでも僕がただ自分だけが幸せになりたいのなら作れる。作り出せる。それが」
「もういい!」
 アスカはしゃべるのをやめさせた。
 シンジの両手を取って、顔から強引に引きはがさせた。
 泣いているわけではない。だがそんな考えに取り憑かれている顔を見られたくない。
 そんなシンジの心境が嫌だったからだ。
「あんた本当にそれが幸せだって思ってんの!?」
「でも僕はそれが楽しいことだって知ってるんだよ」
「どこが!」
「だって……僕はアスカに嫌われてから、そうやって過ごしてきたんだよ?」
 アスカの息が一瞬止まった。
「僕はアスカに嫌われて、みんなからも馬鹿にされてから、一人で友達とのやり取りを想像して楽しんで来たんだ。こんな風にしゃべって、笑って、わかってもらえて。時々嫌な奴を殴り倒して、勉強で勝って。むなしいことだって言われたらそうだけど、でも僕はそれが楽しかったんだ」
「…………」
「空想だった。でも今の僕にはそれを現実としてやれるだけの力があるのかもしれない。まだ試してないけど」
「やめて……お願い、シンジ」
「独りは嫌だよ……もう戻りたくない。でも」
「やめて!」
「もし……今度むかしみたいになった時には」
 ──僕は引きこもるつもりだよ。
 アスカはシンジの手首を掴んだままで、酷く体を震わせた。


 自分だけが幸せになりたいのなら簡単だ。
 人など誰もいなくていい。
 自分だけがあればいい。
 それなら答えも簡単で、シンジが語ったのはつまるところそのようなことだった。
 ゴリアテは半歩さがってカヲルの後に付いて歩いていた。
「エヴァの可能性については……やはり君の考えは正しい」
「俺ではない。委員会だ」
 そうだったねと、カヲルは頷いた。
「エヴァの可能性については未知数だから、人から外れた方向へと向かい始めているのなら、誰かがそれを封じなければならない。そのために僕は造られた」
「……人工的なエヴァ」
「いや……エヴァそのものについては関係ないね。現代人であれば誰もが可能性を秘めているから。問題はその力の方向性だよ。これを定めることができるかどうかが課題だった」
「そして成功した」
「唯一の成功例……それが僕だよ。でもその僕の力を持ってしてもシンジ君には通じなかった。委員会はだからこそシンジ君に着目した。しかしシンジ君は未だに今にこだわっている。人であることに未練を残している。それではこの世界に悪影響を及ぼす存在だ」
「執着心から、この世にしがみつく……と?」
「うん……そうだね。もし未来に希望を持っている人間ならどうだろう? この世の中に心など残さずに、新たな世界へ羽ばたいていくんじゃないのかな? でもシンジ君のような状態ではその力をこの世界へと向けかねない」
「介入し……改ざんするということか」
「都合好く流れを矯正しかねない。老人たちはそのことを恐れているんだろうね」
「我々としては?」
「意向には従うよ。ただ成功の可否はしらないけどね」
 なるほどとゴリアテは納得した。
 能力者に使われることを前提とされている彼だからこそわかることがあるのだ。
 渚カヲルでは碇シンジを制することはできないと。
(だが人として関わり合う中では御することができる。相手が超越者となり得ない人だからこそ可能な話だ……が)
 それはそれで問題が出る。
 人類は能力発現者すらもてあましているというのに、彼を許容できるのだろうか?
 ゴリアテにはそれに対する答えが、リックに対するもののように浮かばなかった。


「起きたの?」
「うん……」
 そのリックである。
 彼は困惑を浮かべていた。
「どうしたの?」
「いや……別に」
 マリアはくすくすと口元に手を当てて笑った。
「別にって顔じゃないけど?」
 ぽりぽりと後頭部を掻く。
「だってさ……これはないんじゃないかってさ」
 彼は今は監禁されていた。
 ネルフ本部の宿舎にある一室にである。二部屋あって、それとは別にキッチンがある。かなり広い。
「ドアの外には見張りが立ってるって言っても……」
「まるで新婚生活みたいで?」
 からかいの言葉にリックは顔を赤らめた。
「そうだけどさ……」
「みんなが知ってるのよ。茶番だってね」
「そうなんだ?」
「それにリックは転移だってできるんだから。本当は監視員だっていらないのよ」
「でもおいてる?」
「パフォーマンスよ」
 全てがそうなのだと彼女は語る。
「あたしがここに来てるのもそう。あなたは危険人物だからみんな世話を嫌がってる。だから世話係が必要だ……ってね?」
「でもマリアの立場はどうなるんだ?」
「一転してるわ」
「一転?」
「ええ」
 彼女はベッド脇に腰を下ろした。
 半裸のリックに体を預ける。
「亡命を司令に願ったってことは話したけど……あなたについての思惑がずれたのよ」
「どういうこと?」
「米国はあなたじゃなくてあたしを欲しがってる。あなたを奪うのは難しくても、あたしなら」
「そういうこと……」
「そう。その上であたしから情報を引き出すつもりね」
 ヘイトあたりが積極的に工作していると彼女は告げた。
「ほんと……嫌になる」
「マリアはどうしたいの?」
「ここにいたい……」
 彼女はリックの体に腕を回した。
「変かな?」
「変だよ……そういうのは年下の特権だろう?」
「ん、もう! こういう時は気分に酔うものよ!」
「ごめんね。鈍くて」
「まあ冗談はともかくとして、いま向こうに帰ったとしても嫌な気分になるだけよ。根ほり葉ほり聞き出されて、無神経に暴かれて、白い目にさらされて、後ろ指をさされて」
「もう用はないと捨てられて?」
「そういうことになるのが目に見えてるでしょう?」
「……ならここの司令って寛大なんだな」
「さあ? それはどうだか」
「え?」
 彼女はリックの目をのぞき込んで言った。
「寛大なんじゃなくてなにもかもを知ってるのかもしれない。だからあなたのことだって『問題ない』って、大したことだとは思ってないのかもしれない」
「まさか!」
「ううん……あの人にとって大事なのはご子息とか、ファースト、セカンド、サードなんかの、強力な能力者だけなのかもしれない」
 だからあなたのことなどは、歯牙にもかけていないのかもしれないと……。
 彼女はそんな風にリックに語った。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。