──ネルフ本部において、秘密は秘密であって秘密ではない。
 情報漏れというレベルではなく、どこにでものぞき魔がいて、見て、聞いて、知ろうとしているからである。
 そして彼らはとても口が軽かった。
 ……お調子者が、多かった。


「マジかよ……」
「ああ」
 彼らは先日、地下へと赴いた少年たちだった。
 タケシ、コウジ、ユタカの三人である。
 彼らは学校にある視聴覚室に集まっていた。他にもパラパラとたむろしている。
「あれに接触しようってさ」
「無茶だよ。ぜったい」
「なぁ」
 丸刈りの少年が話しかけた。
「それって……そんなにヤバいの?」
「ヤバいってか……なぁ?」
「正気じゃないって思うよ。俺は」
 肩をすくめる。
「こう……さ、山の中にあるでっかい木って、さわるのに抵抗感あるだろう? 病気になりそうだし、手ぇ洗いたくなるしさ……」
「なんだよそれ?」
「それのもっと強烈な感じ……かなぁ? 怖いとかじゃないんだよな。避けたいって感じなんだよ」
「でもサードインパクトの危険があるとかって」
「マジかよ!?」
「いや、でも、それは噂だけだろう?」
「どっちだよ?」
「わかんねぇんだって」
 ──サードインパクト。
 さすがにその単語はみなの注意を惹きつけた。
「だからさ……セカンドインパクトの原因は使徒だってのと南極遺跡の中枢の暴走だってのと、二つの話があるんだよな」
「それ、聞いたことがある」
 三つ編みの子が身を乗り出した。
「南極遺跡の中枢区画でなにかが暴走して大爆発を起こしちゃったんだって話と、防衛起動した使徒が、自爆的なことをしちゃったんだって説と、両方あるんでしょ?」
「偉いさんたちは使徒のせいだって思ってるみたいだけどな」
「じゃあちょっと待てよ? そんなのと戦ってたのか? 碇たちって」
「そうなるんじゃないか?」
「マジかよ……」
 口癖なのだろうか? 絶句するたびに同じ言葉を吐き出す。元々語彙(ごい)が少ないのかもしれない。
「じゃあ俺たちっていつ吹っ飛んでたか……」
「わかんないんだろうな」
「マジ?」
「マジ……まあでもうまくやってくれたってことなんじゃないの? そっちの方はさ」
 でも……ショートカットの女の子が口を挟んだ。
「おかしくない? だったらあの増強ってなんなの? 対使徒兵器の開発って終わってないじゃない」
「技術開発部の方じゃ、新しい予算を取り付けたらしいぜ?」
「でも対使徒兵器っていったって、アメリカの実験事故のこともあるじゃないか」
「なにか……おかしくない?」
「だよなぁ……」

 ──そして同じような話題で盛り上がっている者たちが別にいた。

「正気じゃない……」
 他の支部からやってきている子供たちだった……多くはアメリカ支部からの人間である。
「セカンドインパクトみたいなのがまた起きるかもしれないってことをやろうってのか?」
 日本とは違うのだ。セカンドインパクトによって荒廃した社会では、強盗、強姦、殺人は当たり前であった。
 幼い彼らはそんな中で、怯えてすくんで育ってきたのだ。日本の子供達と違い、恐怖感は何倍にも強かった。
「なんのために!」
 誰かが叫んだ。
「やることなんてないじゃないか! 使徒は倒したんだし、あとは放っておいてもいいんだろう!?」
「……上の考えがわからないよな」
「お気楽なんだよ! ボケてんじゃないのか? 平和ボケして政治ごっこやろうってんだろ!?」
「だけど……それにしてもだぜ? セカンドインパクトクラスのことが起きそうなら、この街だけじゃなくて、この国だって消し飛びそうなものなのに、避難させようってつもりもない」
「まさか……」
 蒼白になって嫌な考えをこぼす。
「俺たちを消すつもりか?」
「……は?」
「俺たちは……数が多すぎるだろう? 反乱なんて起こされたら止められない。だけど間引きをかけるなら……」
「本部に集められてる今だっていうのかよ?」
「それにしたって……サードインパクトだぜ!?」
 信じられないと口にする。
「また何十億って死ぬかもしれないんだぜ!?」
「それでもだよ。第一、ドイツ支部長とかって碇司令のことを嫌ってるんだろ? でも本部の権限って絶対じゃないか」
「一緒にってことか?」
「そこまでするかぁ!?」
「しなくても……許せば十分ってこともあるだろう?」
 静かに語る。
「実験が失敗したっていいんだ。万が一成功したって、それはそれで危険な実験を強行したってことで追い落とせる」
「どっちでも得するってことか」
「ああ……だったら静観したっておかしくないって」
 ゾッとする。
「本気かよ……」
「どっちにしたって……正気じゃないぜ」
「でもさ、そういうこともあるんじゃないか?」
 これは噂だけどなと口にする。
「渚……カヲル。あいつ、ドイツじゃネオナチの親衛隊みたいなのをはべらしてたらしいぜ?」
「粛清隊か? 聞いたことはあるけど」
「そういうのさ。本当にナチなんじゃないかって」
「冗談!?」
「でもさ、そういう連中で政府高官共の周囲を固めてるんならどうよ? セカンドインパクトっていったって、被害の少なかった土地はやっぱりあるんだ。そういうところでさ、ことか起こる時期がわかってるんなら、ナンバーズに守らせれば生き残れるとか考えてるかもしれないぜ?」
「それで?」
「ニブイなぁ……」
「いいから話せよ!」
「つまりさ! セカンドインパクトじゃおいしいところを逃したけど、今度はうまくやれば第三帝国の再現も夢じゃないって」
「世界征服!?」
「それくらい考えてるところが……そうだな、四つか五つはあるんじゃないか?」
「法王庁とか……中国とかか?」
「当然アメリカもそうだろうし。そう考えるとな」
「でもだからって」
 怯えた目をして少女が口にした。
「あたしたちになにができるの?」
 黒人の女の子だった。髪はくるくると巻いている。
「あたし……あたしの母さんもだけど、肌が黒いからって、あちこちで追い払われたの。あたしが力に目覚めなかったら……」
 鼻白む者、目元をひくつかせる者。あるいは目を伏せる者、さまざまだった。
 同じような境遇を味わった者。または加害者であった者。ここには多様に揃っている。
「それなのに……、それなのに」
「辛気くさいからやめろ!」
 大柄な少年が喚いた。
「それより、どうするかだぜ!」
「だけど……本当にそうだって話じゃないだろう? まだ」
「そうだよ。どうするんだ?」
 どうするんだ。どうするんだ。どうするんだ。
 そんな有象無象の言葉に、少年はキレた。
「碇シンジだよ! 決まってる! ほかにあるか!?」
 なぁっと訊ねる。
「元々が碇シンジの知り合いがどうのこうのって……この間の事件のからみが問題なんだろう? あいつに諦めさせればそれで終わりじゃないか!」
「そう簡単にいくか?」
「いくさ! あいつ以外に接触実験を行えるようなやつがいないってんなら、あいつさえ押さえれば」
「けどあいつは……」
 みないいたいことはわかっていた。
 エヴァンゲリオンにすらなれるシンジは最強といえる。手が出せない。
「難しく考えることはないさ」
 それでもと彼はそそのかした。
「班を分けよう……ネルフの偉いさんたちがなに考えてるのか探る連中と、碇シンジを『説得』する班とにな」
 そして。
「説得のための『材料』を考えようぜ? なにが一番、『説得力』があるかをな」
 彼はいやらしくにぃっと笑った。
 それはよからぬ事を考えている者が見せる、共通している表情であった。



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新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAX の作品です。
この作品は上記の作品を元に創作したお話です。